カンパニュラ
放課後になって、30分以上が経過した。
その間部活に向かう者帰宅する者が教室を後にし、残っているのは前の方でしゃべっている数人と、深空の真後ろの席にいる巻島だけだ。
その巻島は机に顔を伏せてすっかり寝入っている。深空はそんな彼を気にしながら、読みかけの本を開いていた。
前後の席になって親しくなった彼に、時には放課後まで寝ていたら起こしてほしいと頼まれることもあったが今日は何も言われていない。とはいえ部活があることは明らかで、深空は起こすべきか否か思案していた。
同じページの同じ文字を頭に入らないまま何度もなぞり、やっぱり声をかけようと本を閉じて体をくるりと後ろへ向けた。
綺麗に手入れされているのがわかる奇抜な色の髪。その髪の隙間からのぞく思春期の男の子とは思えないくらいきめ細かい肌と、目の下と口元のほくろが色気を感じさせる。
困った表情に見せる眉も魅力的だと思うのは、惚れた弱みというやつか。
こんなに間近から彼を見る機会など、めったにないだろう。
「…ん、ぅ…」
観察しているのを咎めるようにもれた吐息に、少しばかりの罪悪感と気まずさを覚え深空は小さく名前を呼んだ。
「まきちゃん…」
「…………」
「…まきちゃーん…」
「……………んん」
1・2度眉間にしわを寄せてから巻島はまぶたを上げて、眩しそうに目を細めた。
自分を見下ろす深空と時間を確認し、あふとあくびをひとつ。
「時間、へいき?」
「ああ、今日は遅めで大丈夫ショ。起こしてくれてありがとな。ちょっと寝すぎた」
残っている数人の楽しそうな話し声がBGMとなって聞こえてくる。
どこか嬉しそうに見える巻島に、深空は首をかしげた。
「なんかうれしそうだね」
「今日のメニューは面白くなりそうなんショ」
1年生が入部してから、巻島は今までよりも楽しそうにしていることが多くなった。周りの人間がどれほどそれに気づいているかは知らないが、少なくとも深空はそんな彼を見る度に自分も嬉しい気分になっている。
「蒼は何してたんだ?」
「え、ああ、本読みながらまきちゃん観察してた」
「……オレなんか観察しても、なんもおもしろくないショ…」
一瞬ぽかんとした巻島は、その長い指で頬を掻きながらそう呟いた。無防備な姿を見られていたことを知ってか、照れたように視線を彷徨わせる。
「肌はきれいだしまつげは長いし、敗北感しかないよ」
言葉とは裏腹に深空は楽しそうに笑う。
思った以上にしっかり観察されていたことがわかるその言葉に、巻島は苦笑するしかなかった。
マイナス面がなかったのか言わないだけか。…できればなかったと思いたいがそれを知る術は巻島にはない。
つっこみどころなどなかったことを祈る巻島の緑の毛束をふいに目の前に掲げて、深空は目を細めた。日の光が髪の毛の間を通り抜ける。
毎月サロンに行く余裕はないので、2回に1回はセルフカラーになる深空と巻島の違いは、やはり経済力の差だろうか。
「まきちゃん髪きれいだね」
他人に髪を触られる感覚がむずがゆい。毛先まで神経が通っているのかと、そんな自分に巻島は内心呆れた。
「蒼も綺麗ショ。それ、地毛…じゃないよな?」
「うん、染めてる」
「怒られないか?」
巻島の言葉に、深空は口元をゆるめた。
「わたしなんかよりもっと奇抜な人がいるおかげで、されても軽い注意だけ」
「…あー…それはやっぱり、オレのことショ」
「いつもありがとうございます」
にこりと微笑んだ深空に「そう思うんなら礼でもしてくれ」と巻島は拗ねたように唇を尖らせた。
「ちゅうでい?」
一際きれいに笑んだ深空とその言葉に、巻島も挑発めいた視線を投げる。
前方に残っていた数人が、話を続けながら帰り支度を始めていた。
「ハッ、できるもんなら、」
ちゅ
「 !!? 」
口の端に寄せられてすぐ離れた想像していた以上に柔らかな感触に、巻島は驚き大きく体を引いた。
教室を後にする彼女らが、椅子の音にちらりと視線を寄こしたがそれも一瞬だった。
「お、おまッ、今口に、」
「あれ、わたしがまきちゃんのこと好きだって知らなかった?」
強気なのは発言だけで、深空の顔も赤く染まっている。その表情に、巻島はすぐに落ち着きを取り戻した。
「そりゃまあ、知ってたような知らなかったような…」
視線が絡まり、巻島は先ほどの柔らかさを求めるように深空の頭を引き寄せた。
手嶋と青八木が巻島を呼びに来るまで、あと5秒。
「巻島さん、機嫌いいな」
「……」(コクリ)
「いいか青八木、さっき見たことは秘密、」
「パーマ先輩、無口先輩、なんの話ですかー!? ナイショ話やったらワイも混ぜてくださーい!」
「「 !? 」」
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Around and around*