0.5:How do you do


田所サンから連絡が入ったのは、彼と初めて会ったあの日から、大して日にちの経っていない水曜の午後だった。
次の日曜こちらに来る予定があるから、お昼でも一緒にどうかというお誘いを断る理由はなかった。学校も始まっていないこの時期。知り合いもいなければ馴染みのある場所もないわたしにとっては、うれしいお誘いでしかない。
とはいえ、いいご飯屋さんを知っているわけもなく、とりあえず駅前のファミレスで待ち合わせることになって当日に至る。

昨日の夜からしっかり準備していた服に、地味にも派手にもなりすぎないよう気をつけたメイク。ああ、なんだかわたしったら浮かれてるなと思いながら着いたのは、約束の10分前だった。
店内を見渡すが田所サンの姿はなく、待たせていなくてよかったと胸をなで下ろした。奥の窓際の席を陣取ってメニューを前にし、先になにか頼んでしまおうか、それとももう少し待とうかと思案する。

なんとなく空を見上げた視線を下げると、うっすらガラスに映った自分が見えて、メイクも髪もうまくできていると安堵した。出かけるときはなぜかうまくできないのが定石になりつつあるが、今日はそれを打破したようだ。
ふと自分の後ろに誰かが映り、振り向くと知らない男が立っていた。

「深空さん?」

「え?」

「違った?」

「いえ、そうですけど…」

垂れた瞳を細めて笑った端正な顔立ちの彼は、わたしの向かいの席を指差し、「ここ、いい?」とのたまった。

「、は…?」

いいもなにも、なんで空席も点在する今の状態で相席なんかしないといけないのか。イケメンはなにをしてもいい、はわたしは反対だ。
あれ、その前にこの人今わたしの名前…。
眉間にしわを寄せるわたしに、彼は首を傾げた。

「迅くんから聞いてない?」

「…じんくん…?」

じんくんが田所サンのことだとわかったときには、彼はテーブルをはさんだ向かいにさっさと座っていた。

「あの、なにも聞いてないんですけど、どういうことですか?」

「それは困ったな…」

困ったと言いながらメニューを捲っていく彼が、全く困ったように見えないのはわたしの思い過ごしだろうか。
手持ち無沙汰になってしまったわたしも、彼に倣ってメニューを開く。途端に空腹感に襲われた。

「「(お)腹へった…」」

声が見事に重なって、わたしたちはお互い顔を見合わせた。
腹が減ってはなんとやら。話は食べながらゆっくり聞かせてもらおう。


× × ×


「あ?あれ、新開じゃねェか」

「おー…ッ?!! 」

「ちょ、東堂さん!」

お好きな席へ、とのスタッフの言葉に店内を見まわした荒北と東堂。見知った顔に腕を上げた瞬間、横から伸びた手に口をふさがれて東堂は目を白黒させた。
ぎょっとした荒北と東堂を無理やりテーブルに着かせたのは、彼らの部の後輩2人だった。

「黒田泉田ァ、てめェらふざけたことしてンじゃねェぞ!! 」

「荒北さんアンタ声がでかい!」

「すみません荒北さん東堂さん、理由はご説明しますから!」

口の前で人差し指を立てる後輩2人に、荒北と東堂は眉間の皴を深くして首を傾げた。手招きされて顔を突き合わせる。泉田が後ろの席を指さした。

「あそこに新開さんがいます」

「わァってんだよンなこた」

今更なんだと言わんばかりの荒北に、泉田はつけ加えた。

「女性と一緒です」

がばりとテーブルから通路へ顔を出した荒北と東堂は、新開の後ろ頭の向こうに確かに見える女の姿を確認し、静かに体勢を戻した。

「なななななぜ隼人が、じょじょじょじょ女子と一緒なのだ?! 」

「動揺しすぎだバァカ」

「バババカではないな!」

「でもまァアイツに彼女いたなんて初めて聞いたぜ」

ソファに背を預けた荒北は、もう興味はないとメニューを捲りだした。そんな荒北を他所に、3人の会話は続く。

「それが、彼女ってわけでもなさそうなんすよね」

「なに?どういうことだ?」

「ここからでは会話まで聞き取れないので、よくわからないんですが…」

「どうやら初対面みたいで」

「は?どういう関係だというのだ…?」

わからないと頭を悩ませる3人を尻目に、荒北はボタンに手をかけた。

「まァなんでもいいんじゃねェのォ?とりあえず頼もうぜ」

「お前はもう少し気にしたらどうだ!」

「そうですよ!新開さんに彼女、新開さんに彼女、新開さんに…」

「塔一郎、お前ちょっと怖ェ…。でもきれいな人だよな」

そんな黒田の言葉につられ荒北が顔を上げた瞬間、目が合った。言わずもがな、新開の向かいに座る女とだ。小さく頭を下げたその女に荒北がヤベエと思った矢先、新開がくるりとこちらを振り向いた。

「靖友?」

新開の声は届かなかったが、その口が確実に自分の名前を呼んだのだと、荒北は理解した。


× × ×


今わたしの前には、男の人が5人座っている。1人は新開サン。そして新開サンの部活仲間だという、荒北サン、東堂サン、泉田クン、黒田クンの計5人だ。
新開サンがみんなを呼びに行っている間に、田所サンからラインがあった。

『悪い!どうしても抜けられない用事ができちまった!箱根学園の新開ってヤツが代わりに、つーかもともと新開を紹介しようとしてたんだが…後で電話すっからとりあえず頼んだぜ』

うん、田所サン、これじゃあよくわかりません。なにを頼まれたんですかわたし。そしてできればもうちょっと早く連絡がほしかったです…。
とまあそんなことを思ってもしょうがないので、ひとまず店員サンにテーブルをくっつける許可をもらって彼らとランチをとることになった。

「あの、それで、新開さんと深空さんは、その、どういったご関係なのでしょうか…?」

泉田クンが恐る恐るといった様子で、わたしと新開サンを見比べる。

「どういうって…えーっと…」

「オレは総北の迅くんから、遠い親戚がこっちで一人暮らしするからよろしく頼むって聞いて…」

「あ、そういうことだったんですね」

なぜか4人と一緒に納得したわたしに、新開サンは苦笑した。残り少なくなった、目の前のグラスを意味もなく回しながら、わたしはなんとなく複雑な気持ちになる。
田所サンが近くに知り合いのいないわたしを案じてくれたのは、素直にうれしい。ただ、それが彼らの負担になりはしないかと、そしてそれがわたし自身の重荷になりはしないだろうか、と。

「そういうわけだから蒼ちゃん、連絡先交換しようか」

「あ、はい、よろしくお願いします」

微笑みとともにナチュラルに名前を呼ばれて、少々面食らう。イケメンって恐ろしい。
すぐにオレもボクもと、連絡先の交換が始まって、その賑やかさに知らず笑いがこみ上げた。そんな様子を見ながら、ネガティブなことも今なら軽く言えそうだと、わたしは口を開いた。

「あの、わたし去年両親を亡くして、奨学金をもらえるこっちの学校に通うために、1人で引っ越してきました。近くに知り合いもいないので、仲良くしてもらえるとうれしいです。あ、でも全然大丈夫だから、あんまり気を遣わないでくださいね!」

こんなことを言うのは逆に気を遣ってくれと言っているようでずるいだろうか。
今ならと思ったこの状況でさえも、みんななんと言えばいいのか迷っているように視線を彷徨わせている。

「すみません、後々知ったときに気まずくなるくらいなら、今言っておこうと思ったんですけど…」

失敗したかなと思ったのとほぼ同時に、新開サンとはまたタイプの違うイケメンである東堂サンが勢いよく立ち上がった。

「よし、今日はオレが蒼ちゃんをもてなそうではないか!」

「え?」

「オレのおすすめは」「それだと栄養が」とまたテーブルが賑やかになる。
す、と立ち上がった荒北サンが、空になったわたしのグラスを見て声をかけた。

「蒼チャンなに飲む?」

「え、と?」

機嫌が悪いのかとも取れる表情と言葉のギャップについていけず戸惑っていると、「持ってきてくれるってさ。靖友は見た目ほど悪いヤツじゃないんだ」と新開サンが囁いた。

「あ、フルーツティーお願いします!」

「うるせェ」と悪態をつきながら軽く手をあげた荒北サンと、ぎゃいぎゃいと続く東堂サン、泉田クン、黒田クン、それを微笑ましげに見守る新開サンに、なぜだか鼻の奥がつんとした。

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