既視感のさなか


一緒にどうだと、新商品のチョコレートをエサに新開にお昼に誘われてほいほいついて行った屋上には、彼の連れらしき人物は誰も見当たらなかった。
いい天気とはほど遠い空に、ここでお昼を食べているグループもほとんどない。
部のみんな、とは言わないまでも、福富くらいはいると思っていたわたしは肩透かしをくらう。

「あれ、誰も誘ってないの?福富は?」

「部の予算会議」

どうやら本当に彼と2人きりの昼食になるようだ。
ふーんと返事をして、ふと気になった疑問を投げる。

「そうえいば東堂は誘わなくてよかったの?お昼一緒しようって言われてなかった?」

「……?いいんじゃねェか?」

一瞬考えたあと小首を傾げて適当なことを言う掴みどころのない男に、少し呆れた。
でもまあ、新開がいいと言うならいいんだろう。

適当な場所に腰を下ろしいただきますと手を合わせて、お互いに昼食へと手を伸ばす。奇遇にも2人共パンには変わりなかったが、量は雲泥の差だった。
彼の前には焼きそばパン、コロッケパンを始めとする惣菜パンから、チョココロネやクリームパン等のスイーツパンまで、本当に食べきれるのか疑うくらいの量が勢ぞろいしている。
わたしはというと、野菜たっぷりのローストチキンサンド1つだけだ。お財布には優しくないが、デザートを数日分我慢してもいいと思えるくらいおいしい。

ぱくりとかぶりついてチキンと野菜を噛みしめていると、ふと視線を感じた。顔を上げると新開がまじまじとわたしを……もとい、わたしの手元を見つめている。

「…………」

「………」

「……一口食べる…?」

「いいのか?」

いいのかもなにもほとんど脅迫じゃないかと思いながら、わたしの手の上に自分の手を添えて顔を近づけてくる新開に心拍数が上がった。
綺麗な顔をしてわたしの食べかけのパンに口をつける姿は、なんだかとても淫猥だ。

満足そうに頬張る新開を横目に、これが狙いでお昼に誘ったんじゃないだろうなと訝しみながら、わたしはぼんやりと数日前に見た夢を思い出していた。
内容はほとんど覚えていないが、新開が普段見せない表情をしていたことはおぼろげに覚えている。

「どんな顔、だったかな…」

「何がだ?」

ぽつりと呟いた言葉を耳聡く聞き取った新開が、ポンデケージョを差し出し聞いてくる。もっちりした食感とチーズの香りがクセになるそれを、遠慮なく口に放り込んだ。

「ちょっと前に見た夢で、ある人が普段見せないような顔してたはずなんだけど、思い出せなくて。どんな顔してたんだろうなって、思っただけ」

新開を夢で見たとは気恥ずかしくて言えず、どうということはないと笑って見せた。

「新開はプライベートも今と変わらない?」

「の、つもりだけど、…たぶん周りが思ってるイメージとは違うんじゃないか」

そう言って新開は、メロンパンを口に含み苦笑した。そうとは見せないだけで、色々大変なのかもしれない。


いつの間にかパンの山は姿を消して、代わりにチョコレートの箱が3つ、コンビニの袋から取り出された。封を開けて、どうぞと並べられる。
1つずつ口に入れた新開とわたしは、揃ってその甘さに癒され、ほうとため息をついた。

「……蒼の夢に出てきたヤツって、男か?」

思いの外早いスピードでチョコレートに手を伸ばしていく彼が、珍しく視線をよこさないまま口を開いた。
あなたですとは言えず「まあ、」と曖昧に頷く。

「、そうか…」

伏せられた瞳にかかるまつ毛は長く、ただ綺麗だと思った。
1度唇を結んだ新開が、いつになく真剣な声音でわたしの名前を呼ぶ。

「…なあ蒼、」

顔を上げて今度はまっすぐわたしの目を見た新開は、表情を歪めた。苦しそうにも悲しそうにも見えるその顔が、ぼんやりとした記憶と重なる。

「おめさんの口から男の名前が出るたびに嫉妬してるの、知らないだろう」

「、……」

言葉の出ないわたしと新開との距離が縮まるのをただ見つめていると、彼の大きな両手がわたしの頬を包んだ。
胸がぎゅっと締めつけられるようで、助けを求めるように新開を見つめてもいつもの笑顔が向けられることはない。

「キスしてもいいか?」

低く艶をおびた囁きに、小さく体が反応する。
わたしの答えを待つまでもなく寄せられた口づけは、甘いチョコレートの味がした。


「、そんな顔だったんだ…」

「何がだ?」

「夢で見た、…新開の顔」

「おめさん、かわいいな」

「…、!? 」


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