チュートリアルへようこそ
女の子は毎日忙しい。
癒してほしい。甘やかされたい。
そう思ったって、いいじゃない。
「昼メシか?」
「ひいっ…!」
お昼休みにコンビニの端で飲み物を選んでいると、荒北さん突然の出現。小さくあげた悲鳴は、店内のBGMにかき消された。
「び、っくりした…やめてくださいよ」
「いや、おめーが起動させたんだろーが」
「え、」
いつの間についたのか手に持っているスマホの画面は明るく光り、ピューネくんアプリが映し出されている。
「あ」
「まァ、不本意だったってのは蒼の反応で分かった」
指紋認証も考えものだな、危ない。電源ボタンで画面を消して、前回勝手に終了させたのにまったく気にもしていない様子の荒北さんに少し安心する。
外で見ると普通の人にしか見えないな。あ、けっこう背高い?
「どーした?」
「あ、いえいえなんでも。ジュースを選ぼうとしてたんでしたわたし」
「今日も仕事か?」
「そうですよー、今日もがんばってます」
そう言いながら腰を屈めて飲み物を物色する。
荒北さんは飲み物なにが好きなんだろう?と思って聞こうとした途端、別の疑問が浮かんだ。それが火急を要することだったものだから、慌てて店内を見回す。棚の向こうの人と目が合ったものの、特にこれといっておかしなことはない。
1歩荒北さんに近寄って声をひそめる。
「荒北さんあんな突然出てきたら危なくないですか?誰かに見られたら、」
「蒼にしか見えてねーぞ」
「え、……え?」
それはどういうことでしょう。
「わたしにしか見えてない…?」
「おー」
「声も聞こえない?」
「声だけ聞こえてたら逆にこえーだろ」
そりゃそうだ。なんだわたしにしか見えないのか。てかそんなことまでできるんだ、最強だな。
「それならそうと早く教えてくださいよう」
「そんな時間なかったんだよ、悪ィな」
悪いのは勝手にアプリを終了させたわたしのはずなのに、荒北さんはちらともそんなふうには思わないらしい。これもピューネくんだから、なんだろうか。
と、ここで変な引っかかりを覚えた。
「…わたしにしか見えないって言いましたよね?」
「おー」
「今、わたし独り言ですかもしかして」
「あー…」
もうそれはいえすと言っている荒北さんの表情に、わたしは飲み物を適当に引っつかむとお会計を済ませて逃げるように店を出た。
建物の裏手に設置されたベンチに腰掛けて、人気がないことを確認してふうと一息つく。荒北さんもわたしのとなりに腰かけた。
「悪かったな」
「悪かったって思ってる顔ですかそれが」
どう見ても楽しんでいるようにしか見えない。いや、男前ですけどね。
「なァ、まだ時間あるか?」
「はい、ありますよ。あ、ごはん食べながらでもいいですか?」
「おー」
がさごそと野菜ジュースにストローをさして横に置いてから、顔くらいあるでかいコロッケパンを取り出す。これはうちの店舗の下の階にあるベーカリーの人気商品だ。
「いただきまーす」
「おめー、それ顔よりでけーんじゃね?」
一口頬張ってもごもごやっているわたしを見て、クツクツと荒北さんが笑う。こうしてると他の人からは見えてないってことをすっかり忘れちゃうじゃないか。
「わたしにしか見えないって、ちょっと困る…」
呟いたわたしに荒北さんの口元が緩んだ。
「そのまま話聞けンだろ?チュートリアルすンぞ」
「チュートリアル?」
「使い方の説明だな」
「あ、ぜひ」
スマホを取り出し指をかざしても反応しない。なぜだ、開かなくていいときは開くくせに。
仕方なくパスワードを打ち込む。さっきそのままにしていたアプリ画面が表示された。
「そこの四角の横に星マーク出てンだろ」
荒北さんの名前の入った水色の四角の右側に、同じ大きさの星がたしかにある。中にoffの字の入ったグレーのそれは今まではなかったような。
「これ、最初からありましたっけ?」
「いーや、初回説明時に出てくる仕様」
「へー」
「それが、実体化のオンオフボタンな」
ぽちりと押すと、シャラシャラと流れるような微かな音がして、色のなかった星が黄色に光った。中の文字はonに変わっている。けど、特になにが変わった様子もない。
「これ、なにが変わったんですか?」
「人から見えるようになった」
「え…わかりにくい」
ふ、と笑った荒北さんはわたしの手を掴むと自分の胸元にぴたりと当てた。
「な?」
「なななな、なに、なにしてるんですか…?」
「してンだろ、実体化」
わたしは慌てて手を引っ込める。…ん?まてよ、ということは。
再度星の光を消してシャラシャラという音を聞きながら、荒北さんに手を伸ばす。胸は恥ずかしいから腕辺りに。触れると思ったわたしの手は、でもその瞬間荒北さんをするりとすり抜けた。投影された映像に触ったみたいに。
≪
Around and around*