設定を変更してみましょう


 女の子は毎日忙しい。
 癒してほしい。甘やかされたい。
 そう思ったって、いいじゃない。


このままだとまた独り言になりそうだから、もう1度実体化ボタンをオンにする。またもやシャラシャラの音。
見た目にはなにも変わらないのに、技術的にはとんでもないことが起こっているなんてなかなか信じられない。けど実際触ってたしかめたわけだし。

「あれ、でも実体化してないときにベンチに座れるってのは…?」

「そーいうのは考えたら負けな。歩いてんのもなんでだって話になンだろ?」

「あー…。どっちにしてもわたしには見えるから、あんまり違いはないですよね」

「まァな、触りでもしねー限りわかんねーわな」

「なんでこんな機能あるんですか?」

「あー…たとえばァ」

空を見上げて荒北さんが考える素振りを見せる。つられて空を見上げれば、気持ちのいい青空が広がっていた。

「結婚してて子供もいたとする。家でも1人の時間なんざほぼない。そんなヤツがマスターだったら、オレの出る幕ねーだろ」

「うーん、そうですね…旦那さんとか嫌がりそうだし、子ども的にもあんまりよくなさそう」

「優しー言葉かけてほしいって思ったって、オレは手も足も出ねー」

「その人にしか見えなかったら、荒北さんがなにを言おうと問題ない?」

「そーいうこったろーな。それでいいのかは別として」

主婦じゃなくても、家族と同居でもしていれば荒北さんが見えるか見えないか選べるのはメリットなのかもしれない。荒北さんが言うようにそれでいいのかは別として。
それから、そもそもこのアプリ自体を受け入れてくれるのかも別として。

「あとはァ…学生で、」

授業中、と言う荒北さんの声に沿って想像する。懐かしいな、学生時代。

「すっげー辛いことがあって、誰かにわかってほしいのに誰にも言えなくて、しかも授業中だからどうしようもねーときとか」

「自分にしか見えないなら、そばにいてもらえるわけだ…授業とか関係なく…」

そういう状況、ないわけじゃないだろう。にしても、例えが具体的すぎない?

「まァ、まずどこで最初に起動させられるかわかんねーってのが1番の理由だろーけどな」

「あ、それはたしかに」

わたしは一人暮らしの家の中だったらからよかったけど、アプリ開けて人が出てくるなんて誰も思わないから、電車の中とかで起動する危険もあったわけか。それはまず想定しないとだめよね。

「あ、蒼にもいっこ機能説明」

「はい」

「四角の左」

「あ、ノートとえんぴつマーク?」

「そこに書き込めばオレに伝わる」

試しに押すと、ノートが開く。次にえんぴつに触れるとキーボードが現れて文字を打ち込めるようになった。周りに知られずに意思疎通できるなんて、すごい気づかい。さっきの状況とかにはめちゃくちゃ役に立つだろう。

「実体化って、毎回オンにしないとだめなんですか?」

「いや、設定変えりゃいける」

設定、と言われて画面を見ると、右上の歯車のマークに気がついた。これは最初からあった気がする。
それを押すと、登録情報変更や実体化変更の文字が並ぶ。

「ここですよね?」

実体化変更の横に起動時on・起動時offとあって、今はoffになっている。

「そー。オンにしときゃ最初から人に見えるけど、今日みたいなのは気をつけろよ」

「ですね、気をつけます」

「まァまだ試作だからな。これから色々変更すっかもだけど、そんときゃまたそんときに」

メシ食っちまえよと言われて、手に持ったままでほとんど口をつけてないパンを思い出す。お腹すいてたんだったとかぶりつき、むぐむぐと咀嚼するわたしに、荒北さんが野菜ジュースを渡してくれた。

「オレは蒼でよかったと思ってンぜ」

「んん?」

「他の誰でもなくな」

「ど、どーも…」

だから、そういうのはやめてください…とアプリを落とした。
ピューネくんがそういうものだってことはなんとなくわかってきたけど、なんだかこうむずがゆい。せっかく言ってくれた言葉にもうまく返せないから余計かもしれない。
なんて思いながらも、お昼休憩が終わって仕事に戻る足は軽かった。

まさか同僚がコンビニでのわたしの姿を見て、心配してくれているとは思わなかったけど。

「深空さん、さっきコンビニで独り言言ってませんでした?お疲れですか?」

「え?!で、電話してたんだと思うのですが…」

「あ、イヤホンで。あーびっくりした。私まだ慣れないんですよね、イヤホンで電話してる人」

「わ、わたしも…」

本当に気をつけないと、変な人だと思われる。

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