M:A)髪を乾かす
女の子は毎日忙しい。
癒してほしい。甘やかされたい。
そう思ったって、いいじゃない。
明日は仕事が休みだからと、録画していた番組を見るべくレコーダーの電源を入れた。
お風呂もすませたし、今からゆーっくりできる時間だ。タオルを頭に引っかけて鼻歌なんか歌ってみたりして。
それにしても髪乾かすのめんどいな。かと言ってどうせいつかはしないといけないんだけど。傷むのもやだし。
――ピィィィィ
「お?」
「ご機嫌だな」
ここで荒北さん登場。今日はたまたまパソコン用のめがねかけててよかった。
そういえばやっぱりあの音って。
「ぴーって小さい高い音、荒北さんが出たり入ったりするときの音ですか?」
「おー、ちなみに聞こえるのおめーだけな」
「あ、やはり。コンビニでも聞こえた気がしたんですよね、荒北さん出てくるとき」
出てくるとき…と手元を見るけど、スマホはない。あれどこにと探すと、テーブルの足元に無造作に転がっていた。もちろんアプリをつけた覚えもない。間違ってついた形跡もない。
「連絡事項」
「は、はい、なんでしょう?」
「なんで出てきたんだって、思っただろ」
「え、あ、だってわたし触ってないですもん」
床に投げ出されているスマホを目で示す。
「更新情報な」
「?」
「蒼の希望願望欲望を感知したら、勝手に出てくる仕様になった」
「え、」
「状況を把握してそんときの実体化のオンオフはこっちでやる」
それはなんとも頼もしい。じゃなくて。
「…わたしの希望って、どうやってわかるんですか?」
「なんつったかな、感情を数値化してどーとか」
「心を読むとか?」
「まさかンなことできねーよ」
そう荒北さんは笑うけど、本当だろうか。これだけのことができてるんだから、心を読めたっておかしくない気もする。思ってることつつぬけだったら生きていけないけど。
そもそもその感情をどうやって知るのかっては、あまり聞かない方がいいんだろうか。
「でも、そんなほいほい出てこられたら、その、いろいろと…」
「TPOは考えられてるはずだから問題ねーと思うけどなァ?今だって家だったから出てきたわけだし」
「んー…そう、ですか?」
そのTPOはそちら側の主観でなんとでもなりそうだけど、本当に大丈夫だろうか。まあ、人前で見える状態で突然出てくることはないだろうから、とりあえずいい、のかな。
「ンで?ご要望は?」
「え?…あー、…いや、その、ない、です」
「あ?」
「だってそんな要望って言うほどのものでもないし」
「なんかあンだろ」
荒北さんが出てくる前に思ったことといえば、髪乾かすのめんどくさいな、だったんだけど。別に荒北さんに頼むほどのことじゃないし…。
「本当に、その」
「ねーの?」
「う…」
なぜそんな悲しそうな困ったような顔をするんだ。わざわざ出てきてもらってそりゃちょっと申し訳ないなとは思うけど。
「髪、乾かすのめんどくさいな、って思っただけなんで、その」
いたたまれなくなって呟くと、荒北さんはふ、と笑った。なんだ、その嬉しそうな顔は…。
「ドライヤーは?」
「あ、そこに…」
こてやらスプレーやらワックスやらがごちゃごちゃと入ったバスケットを示すと、荒北さんはその中からドライヤーを持ち上げる。コンセントが刺さっているのを確認してコードを伸ばすと、わたしの後ろに回った。
そう、なるよね。
「乾かす前になんかつけたりすンの?」
そう言われて、朝使ってテーブルの隅に置きっ放しのヘアオイルの存在を思い出し、手を伸ばしてそれを取る。
「あの、これを適当に」
「おー」
茶色の小ビンがわたしの手から荒北さんの手に渡り、非日常になんだか緊張した。
プシュプシュと数回プッシュして、くちゅりと両手のひらにオイルを分けるのを横目で見る。そのまま髪の毛に優しく馴染ませるように、荒北さんの両手が動いた。毛先は特に念入りに。
…なんだこれ、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい!
「こんなんでいーか?」
「へ、?!あ、だい、じょうぶ、です」
「熱かったら言えよ」
ブウゥゥンとドライヤーが音を上げ、荒北さんの手が髪をすいていく。すぐ壊れちゃう大事なものを触るみたいに丁寧に。
いつからか、テレビは起動したレコーダーの録画一覧を映していた。意識をテレビへ向けようと、リモコンを操作してこれから見る番組を精査していく。
く、と引っかかった指に少し頭を引かれると同時に、荒北さんが焦った声を出した。
「悪ィ!」
「い、いえ!こちらこそあんまりきれいじゃなくてすみません…!」
「いや、フツーにキレーだろ。…痛くなかったか?」
「全然!ぜんぜん、だいじょうぶです」
ならよかったと、優しい声が落ちる。温風冷風を使い分け、最後にくしで梳かされた髪は、自分のじゃないくらいきれいに見えた。
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Around and around*