M:A)危険を察知


 女の子は毎日忙しい。
 癒してほしい。甘やかされたい。
 そう思ったって、いいじゃない。


仕事が終わった午後7時。しっかり実働8時間をこなして、疲れた足や肩をほぐすように回していると、事務所に溜め込んでいた紙の山が目についた。深さ30センチと、10センチのダンボール計2つに、不要になった書類やら雑誌やらが詰め込んである。

そろそろ捨てないとと思いに思って今に至る。帰り支度をして、かばんを肩に引っ掛けて一考。

…いけるかも。

試しにダンボール2つを抱えてみる。ちょっと重いけど、いける。どっちかっていうと、肩にかけたかばんが邪魔だ。

「お疲れさまでしたー」

「お疲れ様です、って深空さんそれ」

「ついでに捨ててきちゃいますね」

「でももう上がりなのに」

申し訳なさそうにする同僚に、そっちに寄る用事があるからと、半ば無理やり背を向けた。すみませんと、背中に声がかかる。

ないんだけどね、用事。

そうでも言わないとなんだかんだと気にされてしまう。わたしからしたら、わかっていながら置きっ放しにしてたこっちのほうが申し訳ないのに。

建物のバックヤードは見た目に気を使う必要もないからか寒々しくて、少し気が滅入る。
紙ごみ置き場はビルの1階。いかんせん階段を降りるのが苦手なわたしの足は必然的に遅い。ダンボールを抱えてるせいで前が見えないから、今日は余計に。
エレベーターもあるにはあるけど、名目上は荷物用だ。しかも階段のほうがごみ置き場に近い。比べてるのは階段降り切ったところからとエレベーターからだから、全距離的にはううん…。

やっぱりエレベーターの方が近い?

たくさんの人が働いているはずなのに、この階段を使う人はあまりいないようで、誰ともすれ違わない。
ふらつきながら降りてきて、あと1・2段で2階の踊り場にたどり着くというとき、ヒールがなにかを踏んだ感触がした。

「や、」

…っばい!
踏んだなにかに足を取られて、体が傾ぐ。

――ピィィィィ

「は?! マジか、よッ…!! 」

だれか、と思ったような思ってないような。
とりあえず荒北さんが踊り場に現れて、驚いた表情も束の間、一瞬で状況を察したのかこちらに手を伸ばす。
そして体勢の崩れたわたしを器用にもダンボールごと抱きとめた。

「び、っくりした…」

「それはこっちのセリフだっつの…」

「あは、…ですよね」

ダンボールと、肩からずり落ちた自分のかばんの重さも手伝っていまいち上手く立てないわたしを、荒北さんが支えてくれる。
ダンボールをひょいと奪われて、どうにか体勢を戻したわたしは、かばんを肩へかけ直した。

「すみませんでした…」

「ったく、びびらせンなよ頼むから…」

すがるような声と顔に、すごく心配してくれてるのがわかる。それがなんだかうれしいなんて言ったら怒られるだろうか、なんて。
そんなこと知らない荒北さんは、視線をわたしの頭からつま先へと滑らせる。

「足挫いてねーか?痛いとこは?」

そう聞かれて、足首を回してみたけど、異常なし。特に痛みも感じなければ、血が出てる様子もなし。

「あ、だいじょうぶみたいです」

ふうと、荒北さんは安心したように1つ息を吐いた。

「まさか蒼が降ってくるとは思わなかったぜ」

「…ご迷惑おかけしました」

「いーやァ、なんともなくてよかったな。ンで、どーした?仕事終わったンだろ?階段踏み外したか?」

「いえわたしなんか踏んで…」

辺りを見回すと、小さなごみが落ちている。赤い包装にプリントされたそのロゴは、切れてはいるけど誰もがよく知るキッドカットに間違いない。これに滑ったのかと思うと、なんだか情けない。
とりあえず拾っておこう…。

「それか」

「これですね」

「…くくッ、マンガかよ」

「…ふふ、ほんとに」

2人で笑い合って、ふと荒北さんにダンボールを持たせたままなのに気づく。

「すみません、ダンボール…!」

「蒼は危ねーから持つな」

「だいじょうぶです!持ってくのそこだし」

踊り場のすぐ下を指差すも、荒北さんは首を縦には振ってくれなかった。

「また落ちたらどーすンだ」

しかもけっこー重めーしと、荒北さんはぶつぶつ言ってさっさと歩いて行く。さっきのことがあるからなにも言えず、わたしも後を追った。

「…荒北さんがきてくれてよかったです」

「そのためにいるっつったろ?」

ああ、またそんな優しい顔をする。

「けどまァ誰もいねーとこで助かったな。実体化できなかったらと思ったらこえーよ」

「あ、そっか」

「防犯カメラもなかったからな。ツいてたぜ」

「え、カメラの位置まで把握できるんですか、すごい!」

「あっても大丈夫なときもあるけどな」

…どこまでハイテクなんだ、スマホアプリのくせに。

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