M:A)絆創膏を貼る
女の子は毎日忙しい。
癒してほしい。甘やかされたい。
そう思ったって、いいじゃない。
事務仕事が残っていたわたしは、職場で1人残業していた。BGMはかかってるけど、閉店後の店内はしんとしている。テナントによって閉店時間はまちまちだから、建物内にはまだまだ人がいるはず。とはわかっていても、事務所からは見えるはずもない。
――カツンッ
「?! ……な、なに?」
突然の音にぐるりと見回すけど、特になにもない。売り場のほうだろうかと、そっとドアを開けて首だけ出してみた。床にPOPが落ちているのを見つけて、ほうと安堵の息が漏れる。
不安定な場所に置いてたのが落ちただけみたいだ。
「あーびっくりした…」
口に出したのは、やっぱりオープン中の店内とは雰囲気が違うからだろうか。
POPを落ちない場所に置き直して、事務所に戻る。パソコンに向かってみるけど、やっぱりなんだか首元がすーすーする気がして落ち着かない。
うーん…。
そっとスマホに手を伸ばして、Pのアプリを開く。
関係ない人を入れるのはだめだけど、人じゃなかったら…。
スタート画面をしばらく見つめた後、そっとボタンを押した。
――ピィィィィ
最近少し慣れたその音とともに、荒北さんが現れる。自分で呼んだはいいけど、なんだか恥ずかしい。
「…す、すみません」
目も合わせられなくて、つい謝罪の言葉が口をついた。
「蒼?」
「は、はい」
「初めてじゃねェ?蒼が自分からオレ呼んだの」
そんなことでそんなうれしそうな顔をされたら、なんだか恥ずかしい。「そうでしたっけ」なんて知らんふりを決め込んでみたけど、顔は熱い気がするし、眉間にもしわが寄ってる気がする。
「カメラもねーな、偉いンじゃねェの?」
わしゃわしゃと頭を撫でられて、眉間のしわがますます深くなる。普段褒められ慣れてないから、うれしいのと恥ずかしいのと、どうしたらいいのかわからないのと。
どうにか気持ちを落ち着かせようと、ふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「も、もしわたしが起動した場所が、荒北さんが突然現れたらだめな場所だったら…どうなるんですか?人のいないとこはできますけど、わたしカメラまで察知は…」
「あー、だよなァ…んー」
「もう出てくるときはそっちで状況判断して出てくる、でいい気もしますね」
「…そりゃそーだ。勝手に出てくるときそれができンなら、呼ばれたときもできンだろ」
ぽんと手を打った荒北さんが、「提案しとく」と笑う。
「で?」
「え、で?」
「なにしてほしい?」
「え?あー…」
「あンだろ?」
そんな期待のこもった眼差しを向けられて、1人はいやだったから、なんて言っても落胆されないだろうか。
「あの、その、たいしたことじゃなくて…」
「ん」
「今残業で事務仕事中なんですけど、1人だとちょっと不安っていうか…えー、と」
「ハ、終わるまでいてやるよ」
呆れたように、でもなんだか喜んでるように荒北さんは笑む。そしてぐるりと周囲を見回した。
「ここが蒼の職場か?」
「そうです、事務所で在庫置場。あのドアの向こうが売り場です」
「ふーん」
物珍しいのか、荒北さんは部屋の中を物色し始めた。わたしはそんな荒北さんに背を向けて、パソコン用めがねをかけてパソコンに向き直る。いつもはすっぴんを隠すめがねだけど、今日は本来の意味での使用だ。
それにしても、人の気配がするってのはそれだけでやっぱり安心する。
「在庫置いてンのにカメラねーんだな」
「あ、ここでちょっとした着替えとかもしてたから、設置しないでもらってるんです。在庫がなくなったりしたら、アウトでしょうけど」
「はーん」
聞いているのかいないのかわからない返事を聞きながら、エグセルデータを立ち上げた。そのデータ入力に必要な書類は、内容別にクリアファイルに入れてボックスの中だ。
詰め込まれたクリアファイルを、がさがさと持ち上げては下ろしてを繰り返し、目当ての書類を漁る。
「いっ、」
指先に痛みが走って左手を見ると、人差し指の腹に線が入り、血がぷっくりと浮かんできていた。半ば力任せだったからか、クリアファイルで切ってしまったらしい。ティッシュを当てがうわたしの元に、荒北さんが近づいた。
「どーかし…っておい!」
ぎょっとした荒北さんに、だいじょうぶだと言ったところであまり効果はなかった。
「大丈夫じゃねーよ!」
「だいじょうぶです、本当に。よくやるんで」
「よくやンなよ」
「ほらほら、ばんそうこう貼ればだいじょうぶですよ」
「ほんとかよ…」
心配そうな顔して、なぜかわたしに宥められてる荒北さんがなんだかかわいい。
「あ、そこに救急箱あるのわかります?」
「ん、これな」
棚に置いてある救急箱を持ってきてくれた荒北さんが、キャスターのついた椅子を引っ張ってきてわたしの前に座った。
「え、っと…?」
「ほら、手出せよ」
「じ、自分でできます…」
「いーからァ」
じとっと見つめられて根負けしたわたしは、おずおずと左手を差し出す。荒北さんの右手がわたしの手を支えて、その感触にどきりとした。
手、おっきい…。
消毒液を染み込ませた綿が指にしみて、その後くるりと絆創膏を巻かれて完成。
「ほんとに大丈夫か?」
「だいじょうぶです、これくらい」
まだ心配そうな荒北さんに、手を握ったり開いたりして見せる。荒北さんはわたしを甘やかしすぎな気がする。
…あ、それがお仕事でした。
「ならいーけど」と呟いた荒北さんは、はたとわたしを見た。
「なんですっぴんじゃねーのにメガネしてンだ?」
「これが本来の使い方なんです。パソコン用のめがねなんで」
「普段はそれをダテにしてるわけな」
頷くわたしに、荒北さんがずいと近寄る。
「な、な、んですか…?」
「前も思ったけど、メイクしてるとまた雰囲気違うンじゃね?大人っぽいっつーかァ」
「え、そ、そうですか?」
「どっちにしてもキレーな顔だけどな」
満足気に笑う荒北さんに、ピューネくんの仕様なんだと、わたしは自分に言い聞かせた。
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Around and around*