OBはお兄サマ


まず最初に、これだけは言っておきたい。
俺は断じて不審者ではない。

当たり前だが一週間ぶりの日曜。
暖冬だと言われているが、冬なんだからそれなりに寒い今日、友だちとカラオケに繰り出そうとしていた俺は、駅前で待ちぼうけを食らっていた。ケータイから「すまん、今起きた」と寝ぼけ声を聞いてから1分も経っていない。
彼女とデートと言えない上にヤロウにまで待たされるなんてなんて不憫なんだとしゃがみ込んだ矢先、目の前を絶対領域が通り過ぎた。
細すぎず太すぎず張りがあってでも柔らかそうなそれを目で追い、尻から背中と視線を上げて行く。

…はて、なにやら見覚えが…。

と、それがはっきりしたところで、なんの変哲もないはずの日曜が突如変貌した。

「ごめん待たせた?」

「いや、今来たところだよ」

数メートル前でカップルお約束の会話を繰り広げているのは、あろうことか俺の妹。相手はその妹と同学年で俺の高校時代の後輩でもある新開隼人だった。
ちょっと待て、お前らいつの間に付き合ったりなんかしてたんだ?いやいやいやいや、まだ付き合ってると決まったわけではないな!付き合うのは…ほらそらあれだあのー…買い物!そう買い物とか!

「うそでしょ、鼻の頭赤くなってる」

「バレちまったか」

「寒いの苦手なんだからそんなに早く来なくていいのに。待つならどっかお店に入っててよ」

「蒼がちょっと慌てて走ってくるの好きなんだ」

おいおい、なんだよその100点満点のセリフは…!あー、俺も1度でいいから言ってみてー…。
いや、ちょっと待て、俺が言ったらキモいだけか?イケメンに限るってやつか?

その前に新開、俺の妹を呼び捨てにするとは何事だ。もともと仲がいいのは知ってたさ、ああ知ってたさ。でもそれは新開に限ったことじゃなかったはずだ。福富も東堂も荒北もみーんな仲良いオトモダチだったはずじゃないか。誰も蒼を呼び捨てになんかしてなかっただろ?え、してなかったよな?
まさか俺の前だけだったりしないよな?

「寒ィからどっか入らねェ?」

「やっぱり寒いんじゃん」

あははうふふと笑っているようにしか見えない2人の後を追うと決めるのに、時間は1秒もかからなかった。
さらりと自然に蒼の手をさらう新開に、驚きより怒りより尊敬と敗北の念が浮かんだのは内緒だ。
そして少し照れたような我が妹に、言葉にできない微妙な感情が湧いたのも内緒だ。
え、それよりこれってやっぱ付き合ってんじゃね?


× × ×


2人が入ったのはカフェというより喫茶店といったほうが似合う、シックな店だった。
そこまで大きくない店内には、若者から大人から外国人から多様な人が各々の時間を楽しんでいる。窓ガラス越しに奥の席に通された2人を確認。
はてさてどうしようかとコートのポケットに手を突っ込むと、くしゃりと潰れたマスクが入っていた。
これ幸いとぱんと伸ばすと装着していざ店内へ。
奥の2人が客が入ってきたのをいちいちチェックするとは思えないが、それでもバレないかとドキドキしているとかわいいお姉さんが俺の前に立った。

「いらっしゃませ。お一人様ですか?」

「あ、ああはいそうです」

どうせ俺は寂しいお一人様ですよ、それにしてもお姉さんかわいいな。え、待ってマジでモロ俺好みなんだけど!どうにかお近づきに…ケータイ番号とか渡してみるか?キモがられて終わるのがオチ?いや、でも…。

「あの…お客様…?」

「え、いやまだ俺はなにも!」

「その…お席、こちらです…」

困惑を通り越して関わりたくないと言わんばかりの視線を寄越された。終わった…。

いや、そんなことはどうでもいい!今日の俺の任務はそんなことではない!まずはこの入り口近くの席を変えてもらわねば。そう告げると、お姉さんは「お好きな席へどうぞ」とだけ言って逃げるように去って行った。


「その格好寒くないのか?」

こっそり様子を伺える席を陣取り、ひと仕事やり終えたと座り心地のいい椅子に背を預けたところで、新開の声が聞こえた。そっと視線を向けると、コートを脱いだ蒼が目に入る。
肩口の大きく開いたニットからは、ご丁寧にも交差されたブラ紐までが覗いていた。見せていいやつなんだろうけど!もちろんそうに決まってるだろうけど!わかっていても男はバカな生き物なのだ。
そうだ、蒼の前に座ってるその爽やかイケメンだって所詮は男。エロ本だって読むしAVだって観るんだからな!部内で貸し借りが行われているのだって公然の事実だ。なんてったって俺もその一員だったんだから間違いない。
まあ、俺らの代は…だけど。

「大丈夫。年取って寒さが堪えるようになったらやりたくてもできないんだから、今のうちにやっとかないと」

「それはまたなんだか現実的な意見だな」

「それにヒートテックのキャミ着てるからむしろちょっと暑いよ。極暖初めて着たけどこれすごい!」

そういや母さんが数日前蒼に無理やり渡していたのはそれだったか。そんな格好するならとりあえずこれだけは着ておきなさい、とかなんとか。俺はもうずっと前から愛用者だ。
無邪気に笑う蒼を、新開が楽しそうに眺めているのが目に入る。その垂れた目尻を更に柔らかく下げた表情は、さながら我が子を見る親のような。

それにしても3年になって新開のやつ雰囲気変わったな。なんか妙に色気が…なんかあったか?
……は!あったのか、ナニか…俺が卒業したたった1年の間に…。あーあーあーあー、やめよう、おかしな想像しかできん。

「そういえば弟くんうち受けるの?」

「悠人?そうだと思うけど、あんまり話してなくてさ」

「そうなんだ、それはちょっと寂しいね」

「昔はオレの後ろよくついてきてたんだけどな」

寂しそうな色の混ざった新開の声に、半ば強制的にいかがわしい想像を振り払いわかるぞと強く頷いた。昔は蒼もお兄ちゃんお兄ちゃんっていっつも付いて回ってかわいかったよなあ…今もかわいいっちゃかわいいけど…うん、なんか、なんか、な…。

お待たせしました、と置かれたカフェラテにはクマが描かれ、なんだか余計寂しくなった。
ちなみに持ってきてくれたのはさっきとは違うお姉さんだ。あ、この人もきれいだ。

「新開兄弟って、2人ともできる感あるよね。うちとは大違い」

「そうか?」

「そうだよ。わたしなんてふっつーだし、お兄ちゃんなんてあんなだし」

え、なんだよあんなって。俺だって、俺だって…と、とりあえずがんばって生きてる、んだ、ぞ…。う、泣きたい…。

「いい先輩じゃないか。後輩思いで真面目で」

し、新開…!まさかお前にそんなふうに言ってもらえる日が来ようとは…!「それに蒼は…」と会話は続いていたが今の俺はそれどころじゃない。
そうだよな、弟にするなら誰かっつったら新開だよな。福富は厳しいし東堂はうるさいし荒北は怖いし……ちょっと待て、いかん、結婚となるとまた話が違う!

あ、誰も結婚の話なんかしてなかったとやっと気づいた頃、蒼と新開は席を立った。
俺も慌てて後を追う。どれだけいい奴だろうと、それとこれとはまた別だ。


「君、ちょっと話聞かせてもらえるかな」

「え…」

バレないように壁や柱に身を隠しながら進むこと5分弱。背中からかけられた声に振り向くと、そこにはお巡りさんの姿。
職質、の2文字が駆け巡る。

「ちょ、え、ちが、俺はただ妹を…」

「ちょっと話聞くだけだから」

「ふ、不審者じゃないんですー!」

妹ともう彼氏と認めざるを得ない新開の背中が小さくなるのを見つめながら、俺は1人寒空に叫んだ。


「お兄ちゃんがついてきてたの知ってたでしょ」

「まあな…」

「お世辞なんて言わなくてよかったのに」

「本当に後輩思いで真面目ないい人だぞ」

「感情がダダ漏れで色々バレバレだよ?」

「はは、それは否定できないな」


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