M:S)タオルを渡す


 女の子は毎日忙しい。
 癒してほしい。甘やかされたい。
 そう思ったって、いいじゃない。


…バスタオル忘れた。
そう思ったのはシャワーが終わって、いつもタオルを置いてる場所に手を伸ばしたときだった。お風呂入るときに持って行こうと、途中まで持ってた記憶はあるのに。すっかりどこかに置き忘れたらしい。

――ボォォォォ

水でも入ったのか、耳の奥で低い音がして、とんとんと耳を叩く。バスマットで足を拭いて、とりあえずこれでタオルを取りに行く準備はできた。
こういうとき1人暮らしは楽だ。素っ裸だってだれに気兼ねすることもない。ベランダのカーテンも開けてないはずだし、さっさと取ってこようと、脱衣所のドアを開けて1歩踏み出した。

――ふわり

「っ…?! 」

踏み出したと同時に、柔らかなものに包まれる。慌てて顔を上げると、まさかまさかの知らない男の腕の中。

「ひ、…!! 」

息を吸っただけなのか悲鳴なのか自分でもよくわからない音が出て、わたしはその男の胸を押すと、今来たばかりの後ろのドアの中に舞い戻った。ちゃちいかぎをかけてしばらくノブを押さえていたけど、なんの反応もない。誰だあの人、優しそうな爽やかそうなちょっとホストに見えなくもないような。

荒北さん…!

と祈ったところで、スマホは部屋に置いてきてしまっている。わたしの感情を数値化してどうこう言ってたけど、あれはスマホが手元にないと意味ないんだろうか。

ふと洗面台の鏡に映った自分の姿が目について、あれ?と思う。わたしを包んでいるバスタオルが、ちょうどお風呂前に準備していたそれだったからだ。とりあえず服を着ようとようやく思い至り、早く早くと焦りながら体を動かしていく。
着替えは、これといってなにごともなく、むしろ拍子抜けするほどあたりまえに終わった。

普段ならすぐ部屋に戻るところだけど、さっきの男がいるのかと思うと悩む。
あれが荒北さんだったら問題はなかった。……ないことはないけど。あるけど。むしろ大ありだけど。
でも、あれはどう見ても荒北さんじゃなかった。ちらっとしか見てないっていったって、見間違えようもないほど別人だったことは間違いない。

ええい、ここでうじうじ考えてたって、どうにかなるわけじゃなし。
タオルを頭からかぶって、いざ。

「…、……」

ドアを開けた目の前に、さっきの男が立っていた。

「え、…ず、ずっと、そこにいたんですか…」

男はふわりと微笑んだ。状況が状況ならうっかり惚れちゃうくらいの笑顔だ。

「ああ。待ってたんだ、蒼ちゃんを」

「え、わたし…?」

自分の顔を指差すと、男は頷く。

「そ。がんばってる蒼ちゃんに癒しと潤いを届けに、なんてな」

…ん?なんかそれどっかで。とちらと思ったけど、それより男のウインクに動揺する。

「初めまして。オレは新開隼人、よろしく」

「え、あ、ご丁寧にどうも…深空蒼です」

よく考えたらわたしの名前はご存知のようだったから、名乗る必要はなかったのかもしれない。でもせっかく自己紹介してくれたんだから、こっちもするのが礼儀だろう。

「………」

「………」

「……あの、それで、どちらさまでしょうか…」

「ああ。ピューネくん、でわかる?」

「え、あ、わかる、ような…え、でも」

ピューネくんとは荒北さんのことじゃなかったんだろうかと、わたしが思ったのがわかったのか、この新開さんとやらは口を開く。

「もう1人の、って言った方がいいかな。蒼ちゃんのメインが靖友なのは変わらないよ」

「もう、ひとり…」

「違うタイプもたまにはいいだろ?」

「え、うーん、そう、ですか、ね…」

たしかにこの人は荒北さんとは違うタイプの男前だ。まあ、ドラマでもまんがでもゲームでもなんでも登場人物は何人か出てくるし、そういうことだろうか。
そういえば、さっき脱衣所で鳴った低い音は耳に水が入ったんじゃなくて、もしかしてこの人の出てくるときの音?

無意識にタオルを口元にあてたところで、思い出した。

「、あ、あの」

「ん?」

「…えと、その、さっき」

「さっき?」

「み、…見ました…?」

「見た?」

「だから、その、さっき、タオルを渡してくれたとき…」

どんどん小さくなる声と、せわしなく彷徨う視線。新開さんはそれでなにかを察したようで。

「、ああ。ほとんど見えなかったよ」

ほとんど見えなかったってのは、逆に言うとちょっとは見えたってことなんじゃないだろうか。と、少し困ったように微笑む新開さんに聞けるわけはないし、もうなかったことにしてしまうのが1番なのはわかるけど。わかるけど。悲しいけどそう簡単に割り切れるものでもないし。もっとスタイルよかったらよかったのに。

なんでこう、このアプリの男前たちは初対面が最悪なんだ。
荒北さんにはすっぴんさらし……すっ、ぴん!

「ちょ、ちょっと失礼します!」

だっと部屋へ戻り、いつものだてめがねをかける。ふうと安心したところで、後ろからついてきた新開さんが声をかけてきた。

「眼鏡?」

「すっぴんは、恥ずかしいので…」

裸見せたくせになにを言ってるんだろうと自分でも思いながらぼそぼそ呟くと、新開さんは首をかしげた。

「どうしてだ?かわいいのに」

「、だ、だから、そんなことないんですって…」

荒北さんといい新開さんといい、その優しい顔はやめてください。

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