M:A)酔っ払いを追い払う


 女の子は毎日忙しい。
 癒してほしい。甘やかされたい。
 そう思ったって、いいじゃない。


ここのところ忙しくてなかなか会えなかった友人から飲み会のお誘いがあって、仕事をさっさと終わらせてうきうきと出かけた。
女4人が集まって、仕事や恋愛の話に花を咲かせる。途中そのうちの1人の知り合いの男性がたまたま居合わせて、これまたちょうど4人だったことから一緒に飲むことになった。なんだか合コンみたいだなあ、なんて思ったりして。

23時にはお開きになって、これから2次会にというお誘いを断ったわたしは帰途につく。
明日もお仕事なんですもん。座ってるだけとはいえ、ミーティングが入ってる日の前日にオールはちょいときつい。

さて、と。

「深空さん、よかったら送るよ」

「…え?」

さあ帰ろうと思ったら、声をかけられて振り返る。さっきまで一緒に飲んでた……名前は忘れた彼が、立っている。

「あれ、2次会行かないんですか?」

「俺、明日早くてさ。今回はパス」

「そうなんですか、お互い大変ですねえ。それじゃあ駅まで」

肩を並べて歩き出し、いい感じにお酒の入っているわたしは少しふわふわして気持ちがいい。
こっちが近いよと言われ、そうですかあ、とふらふらついていった結果。

「…え、っと…」

気づけば人気のない細い路地。これはあまりよくない雰囲気。たらりと背中を汗が…実際伝ったかはわからないけど、伝ったような気がした。
友だちの友だちの友だちだからなんの警戒もしなかったわたしが悪いのか、もうとりあえずこの男が悪いのか。
…そもそもわたしなんかに手出すなんて、よっぽど飢えてるな。

男の手が伸びて肩を掴まれる。

「い、っ?! 」

思った以上に強い力で壁に押しつけられた。肩からかばんがどさりと落ちる。
これは本当にやばいかも…、股間でも蹴り上げたらどうにかなるだろうか、なんて思ってるあたり冷静だけど。

――ピィィィィ

その音にはっとして視線を巡らせると、路地の入り口に人影が見えた。街灯の逆光でも、荒北さんが驚いて目を見張ったのがわかった。なんだかドラマやまんがみたいな展開だ。

「ッてっっめぇ…ッ!! 」

荒北さんは噛みつくように駆け寄って、男を軽々と引き離す。そしてわたしを背に庇いぱきぱきと指の骨を鳴らすと、怒りをめちゃくちゃ押し殺しているのがわかる低い声でうなった。

「……おい、てめェさっさとうせろ。五体満足で帰れンのは今のうちだぞ」

殺気を放つ荒北さんに、「ひい…!」とショッカーみたいな声を出して、男は這うように逃げて行った。そっち系の人にも見えなくもない荒北さんに、味方でよかったと思う。

「大丈夫か?! 」

くるりと振り向いた荒北さんは、ひどく心配そうだった。さっきまでと同じ人物とは思えない。

「あ、はい、…だいじょうぶです」

「何もされなかったか?」

「はい…すみません」

「なんで蒼が謝ンだよ…」

「え?あー…そうですよね、あはは」

笑うわたしに荒北さんは脱力するも、すぐに眉間にしわが寄った。怖い顔でずいと近寄られ、少し身を引く。

「あははじゃねーよ!」

「…う…」

「もう少し遅かったらどうなってたかわかんねーんだぞ!」

「…すみません…」

視線を足元に落として謝罪する。荒北さんの言う通りだ。
荒北さんは落ちたままのわたしのかばんを拾い上げて、ぱたぱたと砂や埃を払い落とした。

「危ねーと思ったら、すぐ呼べよ」

苦しそうな声に顔を上げると、荒北さんは見てるこっちが痛々しくなるような表情をしていた。
かばんを差し出され、すみませんと受け取る。

「そう思ったときには、もう、あんな感じで…」

「はァ…おめーなァ…」

呆れたとため息をつく荒北さんに、もう1度すみませんと、小さく謝る。ふっと荒北さんがわたしを見て困ったように笑った。

「もうちょっといい女だっつー自覚もてよ」

「え、…い、いや、その…それはちょっと…」

まったく、ピューネくんはこれだから…。

自宅まで1駅。1人で帰る気にも、騒つく人の中に入る気にもなれない。

「荒北さん、」

「あ?」

「あの、…一緒に帰ってもらいたいんですけど…できれば、歩いて…」

そう言うと荒北さんは優しい顔をして、どーせ道わかんねーんだろと、行き先を示した。

「…ちょっと確認なんだけどよ」

少し歩いたところで荒北さんが口を開いた。頭をかいて、少し気まずそうだ。

「さっきのヤツ、追っ払ってよかったんだよな?」

「え?」

「彼氏とか、そーなるかもとかじゃねーよな?」

「え、やだな、違うに決まってるじゃないですか!名前だって覚えてないのに」

「あー…それはそれで、不憫だな…」

そう言いながらもほっと胸を撫で下ろした荒北さんに、今度はこっちが尋ねる。

「わたしもちょっと聞きたいんですけど、股間蹴るって有効ですか?」

「、は?」

「えと、さっきみたいな状況のとき」

「蒼」

「はい?」

「頼むからオレ呼べ?な?」

はあ、と生返事を返し、有効ならやってみたいけどななんて思う。ハ、と空気が震えて荒北さんを見やると、なんだか楽しそうにこちらを見ていた。

「そーいやおめー、初対面ンときオレに箸突きつけたんだったな」

「え、…あー、うー…」

「すげー女だよ、マジで」

「ありましたかねえ、そんなことも…」

肩を並べて歩く道のりは、思いのほか短くて。それでなくても遅いだろうに、いつもより少しゆっくりになるわたしの歩調に合わせてくれている荒北さんに、なんだかくすぐったい気持ちになった。

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