M:K)帰宅を迎える


 女の子は毎日忙しい。
 癒してほしい。甘やかされたい。
 そう思ったって、いいじゃない。


店舗の入っている建物の点検とかで、15時に閉店なんて珍しくもうれしいイレギュラーの今日。同僚に誘われて、その子の行きたかったというイタリアンのお店でごはんを食べて、コンビニに寄った帰り道。時計を見るとまだ18時にもなってない。

驚きながら、それにしてもさっきのお店は当たりだったと思い返す。
そこまで派手すぎず、でもきれいで料理もおいしい。スタッフさんもみんないい雰囲気だった。見習わねば。

マンションのエレベーターに乗るころには、回想は同僚との会話に移っていた。仕事のことから始まって、いつのまにか恋愛へ。
その子は年下が好みらしく、熱く語るのを聞いていると、年下もいいかもなんて思ったり。
昔キャリアウーマンのところに年下の男の子が転がり込むドラマがあったっけ。
ざんねんながらわたしにはそんな広い家も財力もないけど。

――ブゥゥゥゥ

そんなことを思っていたら、現実に戻すようにスマホのバイブの音がした。家に入ってから確認しよう。

「そんな非現実より、わたしにはこれかな」

コンビニの袋に入っているバーゲンダッツの重みを確認。小ぶりのバケツ大のそれを、小さめのガラスのお皿に盛ってちまちま食べるのがしあわせだ。
あれ?こう言うとちょっと切ないな。

まあいいかと思いながらかばんからかぎを取り出して回す。ドアを開けると玄関の電気がついていた。

「あ、消し忘れてた?」

いつもの行動だからか、消した記憶もなければ消さなかった記憶もない。気をつけないとと思っていると、リビングに続くドアが開いた。
…え、開いた?

「おかえりなさい」

「………」

廊下に出てきた銀?白?はたまたグレー?の髪の男の子に出迎えられ、脱ぎかけたくつのまま玄関のドアを閉めて、部屋番号を確認する。
うん、間違いなくわたしの家のはず。そもそも他人の家ならかぎ開かないし、1歩入ればわかるはずだ。

もう1度ドアを開けて、玄関に立つ彼と対峙する。

「蒼さん?」

「はい…」

「おかえり」

邪気のない笑顔を向けられて、天使か?なんてありえないことを思う。
この状況はやっぱりあれ、だよねとは思うけど、スパンが短すぎるから確信が持てない。

「…どちらさまですか…」

「黒田雪成。いつも頑張ってる蒼さんに、癒しと潤い持って来ました」

「えっと、やっぱりあなたもピューネくん?」

そうなんだろうなと思いながら尋ねると、黒田くんはにこりと笑う。
きれいな外見に似合わず、少し生意気そうな笑顔がわたし好みだ、なんて。

「そうす。年下担当っつーことで」

「年下…」

なんとまあタイミングのいい…。
もしかしてさっきわたしが年下もいいかもなんて思ったから?いや、でもそんなすぐに準備できないか。今の今だもんね。

「入らないんすか?」

立ち尽くすわたしに、黒田くんが首をかしげる。自分の家のはずなのに、他人にそう聞かれるなんて、なんだか変な気分だ。
とりあえずドアの内かぎを閉めて、今度はちゃんとくつを脱ぐ。

くるりと振り返れば、わたしを見る黒田くん。

「なにか…?」

「脱ぎ方きれいすね」

「え?」

「くつ」

「あ、ああ、ありがとう」

なんだかずっと視線は感じていたけど、くつの脱ぎ方を褒められるとは。なんだか照れて、彼から視線を外す。とりあえずきちんと育ててくれた親には感謝しよう。

「蒼さん」

呼ばれた名前に、緩む口元を押さえて視線を黒田くんへ戻す。

「おかえりなさい」

「あ…」

3度目のおかえり。そういえばわたし、1度も返事してなかった。それなのにこの子は、嫌な顔一つせず声をかけてくれる。

「ただいま、黒田くん。ただいまって言うの、遅くなってごめんね」

そう返すと、黒田くんは本当にうれしそうにくしゃりと笑った。
ぐ、やばいかわいい。
自分の手に握られたレジ袋が、がさりと音を立てた。自然に力が入ってしまったらしい。

「黒田くん、アイス!アイス一緒に食べよ」

「いいんすか?!雪兎だいふくあります?」

「んーん、ない」

「えー、ないんすか」

唇を尖らせた彼がとても微笑ましい。
雪兎だいふくが好きとか、その態度とか年下キャラ完璧だな。わたし好みの。

「今度は買ってくるね」

「絶対すよ!」

なんだこのかわいい生き物は。

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