1.再会


二十数名がざわざわと騒ぐ居酒屋の個室で、部屋の外の声に気づいたのは偶然だった。「こちらです」と案内してきたらしい店員に頭を下げた彼女の瞳が少なからず大きくなったのは、オレと目が合ったからだろう。
バイカラーのワンピースに身を包んだ彼女は学生時代とは違う大人の色香が漂い、自分も彼女と同じような表情をしているのかもしれないとふと思う。

イギリスに拠点を置く兄の会社で正式に働くこと早数年。今回日本に帰ってきたのは、あるコンペのためだった。
少々ゆっくりした日程だったので、久しぶりに旧友と連絡を取り飲みに出かけたのだが、友人の顔の広さかあっと言う間にちょっとした同窓会になってしまっていた。

「蒼、こっちこっちー!」

「!あ、うん」

見つめ合うことしばし、女友達に名前を呼ばれ我に返った彼女が腰を下ろしたのは、オレの斜め前だった。
「遅かったね」とかけられた言葉に、仕事が思いの外長引いてしまったのだと弁解する深空の声を、耳が勝手に拾っていく。
ビールをあおりグラスを空にしつつ、横目で彼女を盗み見る。ずっと会っていなかったその横顔は随分大人っぽくなり、時の流れを感じながらも昔の甘酸っぱい想いが胸に広がった。

「あ、巻島くんも何か飲む?」

空になった手元に気づいた深空が、オレにメニューを差し出した。その呼び名に違和感を感じるが、オレが彼女を呼ぶときもきっと同じ呼び方をするのだから文句を言う筋合いはないのだろう。

「あ、――」

「おい巻島!飲んでるか?食ってるか?」

口を開いたタイミングで、別のテーブルへ行っていた田所っちが、ビールの大ジョッキ片手にバシバシとオレの背を叩いた。「痛ェよ」と振り返ったオレの手元を見た田所っちは、呆れた顔で呟いた。

「なんだよ、空じゃねェか」

視線を動かした田所っちの目にとまったのは、セルフオーダーの機械を操作する深空だった。

「蒼、注文すンなら、巻島にも生!大ジョッキな!」

「え、あ、おっけ」

「あ?そういやお前今来たのか?遅かったな」

「仕事がね、ちょっと長引いちゃって」

「そりゃ大変だな。食えるだけ食って飲めるだけ飲んでけよ!」

「そうする、ありがと」

目の前を飛び交う親し気なやり取りをただ黙って見ていると、また別のテーブルから田所っちを呼ぶ声がした。「おう」とそちらへ向かう背中を視線で追いながら、変わらない友を嬉しく思うと同時に、羨ましくもあった。

「巻島くん」

「うん?」

深空はオーダーの手を止めて、迷ったようにこちらを見ていた。

「ビール、普通サイズにしようか?」

「…助かるっショ」

顔を見合わせ笑い合ったのはその一時だけで、すぐに深空は友達との会話へ戻っていった。

あの時日本に残っていれば、オレと彼女の関係は何か違ったのだろうか?
田所っちが昔と変わらない関係を彼女と築いているように、少なくともオレも同じ距離のままでいられたのだろうか。
そんなこと、考えても意味はないのだが――。

「巻島」

早々に届いたビールグラスを店員から受け取ったところで、金城が隣から声をかけてきた。

「深空とは、連絡とってなかったのか?」

「ああ、見ての通りショ」

「そうか」

自嘲気味に笑ったオレに、金城はそれ以上何も聞いてこなかった。
ただもう一言。

「今日は彼女を家まで送ってやったらどうだ?」

お前がとっているホテルの近くに住んでいるらしいぞ、とそう言った。

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