3.拘束


オレはぼんやりと天井を見つめていた。

…さて、どうしたもんか――。

左手首には手錠がかけられ、そこから続く鉄の鎖は自分が寝ているベッドへと繋がれている。その手錠や鎖は安っぽいが、ちょっとやそっとで抜けられるほどではなさそうだった。
残念ながらスマホは手の届かないテーブルの上だ。

目が覚めたのはほんの少し前で、多少頭は冴えたものの今の異常な状況を飲み込むにはまだ時間がかかりそうだ。
視線だけで部屋の様子を観察する。
小綺麗に整理されたワンルーム。家具や小物はシックにまとめられている。ベッドの頭側は遮光カーテンがひかれ、奥はベランダのようだ。ベッドの向かいの壁にも出窓があり、こちらにも同じ柄のカーテンがかかっていた。
ここへ来たときと変わりはない。
足元のドアを開けるとキッチンにトイレとバスルーム、そして玄関…だったはずだ。

ベッドの前に置かれたゆったりとした座椅子に体を預けて眠っている女と、テーブルの上の空き缶や瓶を見ながら、何時間か前の出来事を思い起こす。


オレは今回、あるコンペのために日本に帰ってきていた。
壁の時計が現在午前4時を指しているので、ほぼ同窓会と化した飲み会に参加したのが昨日の夜。初めはたった3人の飲み会が、すぐに二十数人に膨れ上がるなんざ、アイツらの人脈はどうなってるんだと改めて思う。

そこで久しぶりに再会したのが、そこで眠っている深空だった。

送って行くから飲み直さないかという、普段の自分からは想像もできないセリフを言おうとしたのは、相手が深空だったからに他ならない。学生時代、仲がよかったオレたちは、お互い言葉にしないだけで同じ気持ちだったはずだ。友達よりも近くて遠いその関係は、オレの留学で何より遠いものになった。後悔はしていない。ただ、宙に浮いた想いを、オレはこんなにもずるずると引きずってきたのかと驚きを通り越して呆れてしまっただけだ。
結局その一言は挫かれてしまったものの、なんだかんだで飲み直すことになり、コンビニで酒とつまみを買って深空の家へ足を踏み入れたのだ。

家に着くとすぐ、深空は今着ているTシャツとショートパンツに着替え、「あーやっと足広げられる」と笑ったのだった。

大人っぽいワンピースもよかったけど、やっぱりその格好のほうが深空らしいっショ。

違う違う、とオレは頭を振った。ある意味現実逃避したくなる状況ではあるが、頬を緩めている場合ではない。
オレと深空しかいない部屋で、オレは繋がれ深空は何事もなく眠っている。万が一強盗が入ったのだとしても、オレだけ繋がれているのはおかしな状況だ。考えたくはなかったが――。

深空、だよなァ…。

こんなことをする理由はさっぱりわからないが、この状態を作ったのは深空しか考えられなかった。それにしても手錠なんて、SM趣味でもあったのかと斜め上の考えが浮かぶ。

「ん…」

ゆっくりと目を開けた深空に、手錠のかかった左手を掲げ「よお」と声をかけると、その瞳が揺れた。

「こんなことになってる理由、もちろん教えてくれるんだろ?」

「…さっきわたしがしたお願い、覚えてる?」

「お願い――」

質問を重ねる深空に記憶を手繰り寄せ、それらしき言葉を探すが思い出せない。深空は椅子から背を離して、オレが横になるベッドに両ひじを置いた。

「巻島くん、ほとんど寝てたからね」

困ったように眉を下げて、深空は続けた。

「今日1日、巻島くんの時間をわたしにちょうだい」

「…は……?」

「ふ、大丈夫。大事な予定があるって、さっきちゃんと断られたから」

そう言われれば、薄れる意識の中そんな会話をしたような気がしなくもない。悲しそうにも見える笑顔を浮かべた深空は、立ち上がるとキッチンへと歩いて行った。
どうして深空はそんなことを言うのだろうかと、その背中を眺めながらオレは体を起こし壁にもたれかかった。左手の鎖がじゃらりと音を立てた。

水のペットボトルを2本持って戻った深空は、「ストローいる?」と尋ね、左右に首を振るオレに1本渡すともう1本のキャップを外し喉へと流した。

「さっきの、どういう意味ショ」

「今日のコンペ欠席してほしい。ってことかな」

ボトルのキャップを閉めながら呟く深空に、オレは眉根を寄せた。
手錠の意味は分かった。オレが深空の『お願い』をきけないから、ここに監禁するつもりなのだ。
だがオレとは全く業種の違うOLの深空が、仕事だとしか話していないにも関わらずなぜ今日コンペがあることを知っているのか。そして、なぜオレを行かせたくないのか。

それは、火を見るよりも明らかではあるのだが――。

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