その日も特別何かが変わっている日ではなかった。人気の少ない通学路、退屈な歴史の授業、おしゃべりなクラスメイト――何一つ普通で変わり映えのない毎日だ。
「今日も作ってきたんだよ」
昼休み。給水塔の下で、鞄の中から弁当箱を2つ出しながら、にこにこと彼女の歩美が言った。これもいつもと同じ。毎日毎日、歩美は俺と自分の分の弁当をかかさず作ってくる。
それにしても、11月始めの空気はからりと寒い。歩美はふー、と手に息を吐きかけながら、空を見上げた。
「寒いねぇ、立花くん」
「お前は寒がりだね」
「立花くんは寒くないの?」
「お前ほど寒がってはないだろ」
「そっか」
弁当箱を開けると、中には卵焼き、ウィンナー、からあげとプチトマトが入っていた。小学生の弁当かよ、とツッコミたくなるが、きらきらとした目で歩美が俺を見上げてくるものだから、何も言わずに卵焼きを箸で取った。
「この卵焼き、友だちと一緒に作ったんだ」
「ふーん」
程よい焼き目のついた卵焼きを口に放り込む。ほんのりとした甘さを飲みくだす。この微妙な味加減は歩美だからこそできるワザだ。種類が子どもっぽいということを除けば、完全に俺の好みの弁当だ。
「立花くん、放課後どうする?」
「んー、図書館にでも行こうかと思ってる」
「私も行っていい?」
「別にいいよ」
「えへへ、ありがとう。……あっ、ナプキンが」
ひゅう、と吹きこんだ秋風に煽られ歩美のスカートとナプキンが舞う。歩美が慌てて立ち上がり、ひらひら宙を泳ぐナプキンを追いかけていった。
「やっと捕まえた。ゴミになっちゃうからね」
別にナプキンが1枚くらい落ちていたって、誰も気にしないだろうに、こういうところは真面目な歩美らしい。
「あれ立花くん、もう食べ終わったんだ」
「まあ、大した量は入ってなかったし。お前も早く食べろよ」
「うん」
弁当を食べ終わり、後片付けをした歩美は立ち上がると、耳の後ろに髪をかけながら秋空を見上げた。ぽかぽかと能天気な笑みを浮かべる彼女に、秋風が吹きつける。ふわりとめくれそうでめくれないスカートを抑えもせずに、歩美は指先を握ったり開いたりしている。何となく彼女の手を握ると、驚いた顔をされてしまった。こんなに冷たくなるまで放っておくなんて、こいつは自分のことに関してはとんと無関心すぎる。今度、手袋を買ってあげよう。
歩美がにっこりと笑って、空から俺の方を見た。
「早く春が来ればいいねぇ、立花くん。春になったらお花見しようね」
まだ何カ月も先の話をしては、楽しそうに笑う歩美に、俺は呆れすらも通り越してしまった。その前に、お前の手袋を買わなきゃいけないんだけど。
「……春、ね」
それに春なんて、もうここにあるじゃないか。お前のその笑顔が春そのものだろう?
その言葉をのみこんで、彼女の腕を引き顔を寄せ口づける。ひんやりとした彼女の唇からは、ほのかに陽だまりの味がした。