「よいしょっと」
小さなちゃぶ台の上に、小さな箱を一つ置くと、私はふぅと息をついた。今日は私の誕生日。私一人だけで祝う誕生日。別に両親は死んではいないが、去年から海外に仕事で行っている。
1DKの部屋の安っぽいアパートに、女子高生が一人ぽつんと座っているというのはなんだか寂しいものだが、仕方がない。
「えーっと……蝋燭……っと」
付属品としてついてきた蝋燭を3本差す。おっと、火を付けて来なきゃ。よっこいせ、と立ちあがって蝋燭1本を片手にコンロに向かった。……と言っても、2、3歩の距離なんだが。
さーて、火をつけようか、と思った時、ポケットの中でラインの着信をスマホが伝えてきた。
“やっほー!
これからの1年、君が素敵な日々が送れますように”
おおっと、他県に住む友人からやたらと派手なメッセージが……これは照れるなぁ……。一人ぼっちの誕生日だけど、心がぽかぽかしてきた。
返信を打つと、ケーキを持った兎のスタンプが返ってきた。くすり、と笑うと、私は中断していた蝋燭への火付けを再開した。小さなピンク色の蝋の先についた炎が、私の目を和ませてくれる。それと同時に、今まで感じなかった寂しさがふわふわと湧きあがってくる。
はぁ、とため息をついて、ぶんぶんと首を振った。彼氏と誕生日祝えたら、幸せだろうなぁ。あいにく、その彼氏君とやらは部活で遅くなるらしい。……私の誕生日ぐらい一緒にいてくれたっていいのにな。今日ぐらい部活休んじゃえばいいのに。
「何やってるの? 蝋が落ちるよ」
ぼーっと考え事をしていたら、急に後ろから声をかけられた。一気に跳ね上がる心臓を抑えつけながら振り向くと、そこにはさっきまで思っていた京治の姿が。
「え、な、なんでここにいるの?」
「なんでって……今日お前の誕生日だから来てるんだけど……」
不思議そうな顔で京治が言うが、頭が追いついてこない。てっきり、もっと遅れるのかと思ってた。
「俺がいない方が良かった?」
「そんなわけないじゃん!」
思わず大きな声が出てしまった。ハッと口を押さえようとした時、手に持っていた蝋燭がコンロの上に落ちた。あったかな炎がシュン、と悲しそうに消えた。京治が少し慌てたように、私の手首を掴む。
「だから危ないって」
「ご、ごめん……」
「火傷してない?」
「うん」
ちょっとホッとしたような京治の顔に、なんだか胸がむず痒いような感覚になる。
「許可取って、今日は早く帰れるようにしたんだ。連絡できなくて悪かった」
「全然! 凄いサプライズって感じだったし、来てくれて凄く嬉しい」
「そっか」
そんな会話をしながら、改めてケーキに火をともす。部屋の電気を消すと、温かな蝋燭の灯りだけが私と京治を照らした。
「ハッピーバースデー。これからも一緒にいてくれる?」
京治の言葉に、私は大きく頷く。ふーっ、と吹き消すと、一気に部屋の中が真っ暗になった。窓から差し込む淡い金色の月光が、先ほどの炎に取って代わって、私達を冷たく照らす。
「ねぇ」
「……何?」
私がぽそりと呟いた言葉に、部屋の電気をつけようとした京治の動きが止まる。こちらに向いてくる視線を感じながら、私は目の前でしゅるしゅると上へ流れていく蝋燭の煙を見つめた。
「私ね、さっきさ、京治が来る前に『今日ぐらい部活休んじゃえばいいのに』って思ったんだ」
「うん」
「でもね、それ、ごめん」
ぽつりと謝ると、京治はきょとんとした顔で私の前に座った。
「なんで?」
「京治はいつだって部活も勉強も真剣に向かい合ってて、なのに、私……」
「いいよ、別に」
あっさりとした京治の言葉に、悲しいような苦しいような感情に胸が締め付けられる。
「遅れた俺も悪いし……それに、いつも俺の事を応援してくれてるから。それでいいんだ」
目を細めて微笑む京治に、じんわりと目がうるんでくる。なんでこんなことを彼は簡単に言えるんだろ。あぁ、幸せだなぁ。
「それじゃあ、ケーキ食べようか」
「うん」
ふにゃふにゃになった頬を引き締めようにも、戻らない。本当に京治は優しいなぁ。へへ、ともう一度笑った時、ぽんぽんと柔らかく頭を撫でられた。顔を上げると、京治が目を細めて笑っている。真っ暗な部屋で、京治はゆっくりと口を開く。
「本当に、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。俺と出会ってくれて、一緒にいてくれて、ありがとう」
そう言った京治は心の底から嬉しそうに笑う。その笑顔につられてまた笑いながら、胸にそっと手を当てた。本当に、今日は幸せだなぁ。友達にも、大好きな人にもお祝いしてもらって。私って、本当に本当に幸せ者だなぁ。
冷たいと思っていた月の光が、なんだか温かかった。