蒸し蒸しとした夜の日だった。エアコンが不調のせいで、窓を全開にして眠りにつこうとしたが、やはり無理だった。眠気と不快感を戦わせながら、何とか眠ろうとするものの、どうにも上手くいかない。

 こんなときに、金城君がいてくれたら。きっと彼なら困ったように笑って、私と一緒に横になって背中を撫でてくれるだろう。もしかしたら、最近あったことを話してくれるかもしれない。「凜」って、あの低くて優しい声で私の名前を耳元で呼んでくれるかもしれない。あぁ、もう彼に会えなくなってから、どれくらいの日数が経ってしまったのだろう。

「……はぁ」

 一人、熱の逃げない部屋の中でため息をついてしまった。冷蔵庫にしまっておいた麦茶を飲むが、体の火照りは静まりそうになかった。
 金城君は今ヨーロッパへ行っている。彼の所属している研究所の手伝いだそうだ。彼がそのグループの中で最年少だということで、テレビにも映っていた。そんな彼が私の恋人だなんて、もう胸がいっぱいだけれど、寂しくないかといわれれば、そんなことはなかった。
 きっと今月いっぱいは会えない。寂しいな。

「金城君……」

 携帯電話に手を伸ばすと、金城君が伝えてくれた電話番号をゆっくりと押す。きっとあちらは午後だろう。もしかしたら、金城君は忙しくて出てくれないかもしれない。
 一向にやむことのないコール音に、僅かな期待が消えていくのを感じた。けれど、通話をやめることもできずに、携帯を耳に当て続けることしかできない。
 また一つ、ため息が口をついて出た。肩を落として、通話を切ろうとしたとき、ピタリとコール音が止まった。慌てて耳に当てると、耳元に低い声が流れてきた。

『……もしもし』
「か、金城……君」

 あの優しい彼の声だ。聴いているだけで、心が不思議と落ち着いてく金城君の声だ。

『凜……急にどうしたんだ。何かあったのか?』

 驚きの中に不安を入り混ぜた彼の声に、ぽろりと涙が一粒こぼれ落ちる。手首で目もとの涙を拭きとると、私はベッドに身を倒れさせた。

「ううん。何もないよ。ただ、金城君の声が聞きたかっただけ」
『そうか。ならいいんだ』
「そっちは大丈夫?」
『あぁ。色々と学ぶことが多い。まだまだ俺も未熟だと痛感させられるよ』

 そうやって、研究の成果ついてだとか滞在中の地元が良かったとか、今度一緒に行きたいだとか、そんな他愛もない話をしているうちに、笑みがあふれてきた。

「えへへ」
『何かおかしいことでもあったか』
「んー、金城君に会いたいなぁ、って」

 何だか恥ずかしくなって、携帯を耳に当てながら、枕に顔を押し付ける。いつも一緒にいてくれた彼に無性に会いたい。でも、こうやって何でもない話をしているだけでも、幸せな気持ちになってしまうのだから、本当に私は単純だ。

『そんなことで笑うのか』
「変かな……?」
『いや。俺も凜に会いたい』

 自分が先ほど金城君に言った言葉なのに、それだけでも体の熱が急上昇してしまう。気だるい暑さなんかじゃない。心の奥まで燃えたぎるような熱さだ。
 ふと時計を見てみると、もう零時を過ぎていた。明日……っていうか、今日は早く起きなければならない。

「金城君、私もう寝なくちゃ」
『あぁ、そっちは夜中だったな』
「うん」

 名残惜しくて、通話を切れない私に、金城君が困ったように笑った。

『ほら。もう寝た方がいい』
「うん、でも……」
『また電話するから』
「本当?」
『あぁ。約束する』

 その言葉を聞いた途端、不思議と眠気がゆっくりと押し寄せてきた。半分目を閉じながら、金城君に「おやすみ」と囁いた。

『おやすみ、凜』

 その言葉を最後に、私は通話を切ると、枕に頭をつけて目を閉じた。低くて甘い声が、頭の中を優しく包み込む。
 不快な暑さはいつのまにか感じなくなり、心地よい眠りに私は身を任せた。
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