「山城くんも来なよー」
20メートル先でくるくると回っている青井に、俺は返答をするのも面倒に感じ空を仰いだ。ビーチパラソル越しに降り注ぐ太陽光が鬱陶しい。
「山城くんは泳がないの?」
「日焼けしたくないから」
「日焼け止めクリームあるよ?」
「そういう問題じゃない」
青と白のツートンカラーの傘の下で、俺はスポーツドリンクを喉に流し込む。普段は甘ったるくて好きじゃない味だが、汗を多めにかいたのか今日は悪くない味だった。
海に行きたいと青井が駄々をこねたのが昨日のこと。普段、自分の意見なんてろくに言わない青いが我儘をいうことが珍しくて一緒に来てしまったが、今となっては激しく後悔している。
この浜辺はいわゆる穴場らしく、人らしい人は俺と青井しかいない。一応、友人の井上もついてきているが、ここから大分離れたコンビニで昼ごはんを買いに行っている。
「わっ」
ばしゃばしゃと海水を蹴っていた青井が、バランスを崩して尻もちをつく。淡い水色をベースとしたワンピース型の水着は、やけに青井に似合っている。
「転んじゃった」
バツの悪そうな顔で青井がこちらにくる。俺の隣に座ると、ペットボトルを新しく取り出して、一気に半分ほど飲みほした。
「あれ、井上くんは?」
たった今、井上がいないことに気付いたらしい。
「昼ごはん買いに行ってるよ。あと15分もすれば戻ってくるんじゃない」
「そうなんだ。井上くんに悪いことしちゃったな」
「何が?」
「私がお弁当作り忘れちゃったから、井上くんが買いに行くことになったんだよね。私も一緒にいけばよかったな」
井上のことで落ち込んでいる青井に一瞬苛立ちが湧いてしまい、俺は彼女の頭を胸に引き寄せた。青井からはシャンプーの香りじゃなくて塩水の香りがした。
「お前の水着、悪くないよ」
「ありがとう。頑張って選んだかいがあったよ。山城くんの体は綺麗だね」
「俺も男だし、綺麗とか言われてもそんなに嬉しくないけど、まあ褒め言葉として受け取っておくよ」
「だって私より肌白いよ。羨ましいなぁ」
確かに青井より俺の方が肌が白い。元々日に焼けにくい体質で、こういう強い日光が苦手だから余計に肌が焼けにくいのだろう。前世は吸血鬼だったのだろうか、なんて馬鹿なことを考え始めたので、そろそろ熱に頭がやられてきたのかもしれないな。
「別に白ければいいってもんじゃないだろ」
「でも、山城くんがちょっとうらやましいなあ」
俺から離れて、またドリンクを飲む青井を見ていると、井上が両手にビニール袋をたくさん持って帰ってきた。
「ああ、遅かったね」
「この灼熱地獄を往復30分かけて買いに行ってやったのに、いたわりの言葉もないのかよ」
「井上くん、お疲れ様。ごめんね、暑い中行かせちゃって」
「いいんだよ、どうせ暇だったしな」
井上が買ってきた弁当やおにぎり、飲み物、それから少々の菓子を3人で食べ合うと、青井が麦わら帽子をかぶってまた海の方へと走り出していった。
「相変わらず青井は元気だな」
「井上も行けば?」
「嫌に決まってんだろ。灼熱地獄の中わざわざ弁当を買いに行って、こっちはもう体力使ったんだよ。休憩させてくれ」
横になって目を閉じた井上に構うことをやめ、俺は青井の動きを目で追った。一人で飽きもせずに波を追いかけたり、逆に追いかけられたり、砂で小さな山を作ったかと思えば少し遠くまで泳ぎに行ったり、青井の動きがめまぐるしく変わる。
「山城くんもおいでよ」
膝まで海につかった青井が、俺に向かって手を振る。少しだけならいいか、そう思い太陽の下に体を出した。途端に肌を焼きつけてくる光と、汗を湧き出させる気温に余裕がなくなりそうになった。でも、青井にからかわれないように平静なふりをする。
「そういえば聞き忘れたけどさ」
「どうしたの?」
「何で急に海に行きたいとか言い出したんだよ。俺が行きたくない、って言ったらお前はすねるし」
「えー」
バツが悪そうにはにかみながら、青井は麦わら帽子のつばを控えめに引っ張った。
「夏の思い出作りのつもりだったんだけど、おかしいかな?」
「お前らしくていいんじゃない」
「えへへ」
そのとき、青井の麦わら帽子が風邪にあおられて、真っ白な砂の上に落ちてしまった。
「わっ」
青井が慌てて海から上がった。帽子を拾い上げ、また被りなおした青井は目にいたずらっ気を浮かばせながら、くすくすと笑った。
「鬼ごっこしようよ、山城くん」
俺に向かって大胆な挑戦を言い放った青井は砂浜を走り出した。でも慣れない砂に足をもつれさせ、呆気なく尻もちをつく。
「はいはい。容赦しないから覚悟しろよ」
鬼ごっこなんて子どもっぽい遊びは、普段絶対にしないのに、今日は何となく乗り気になってしまうのは夏のせいだからなのか。
前方を駆けて行く青井に俺は大股で走り寄ると、彼女の二の腕を掴んだ。
「ほら、捕まえた」
「わっ!?」
「俺の方が運動が得意なんだから、俺が勝つのは当たり前だろ」
「確かにそうだったね」
照れくさそうに俺を見た青井を後ろから抱き締める。潮風にあたり少し乾いた彼女の髪に顔をうずめた。後ろからした井上の冷やかし、もとい呆れ声は黙殺することにした。