好きだと言ったら笑われた。それは馬鹿にするようなものではなく、なにかを堪えるような、吐息を溢すだけのちいさな笑い。触れている唇同士はそっと離れて、音が乗らない掠れた息が「俺もだ」と呟いた。私は今とてつもなく幸せなのかもしれない。綻ぶ顔をそのままに、私はまた唇を寄せた。

ルードが訪ねてきたのは二時間前。「たまたま早く終わった」と、仕事用のダークスーツを着たままの彼は少し疲れた表情をしていた。「おかえり」そう言って抱き着こうと伸ばした腕は力強く引っ張られ、玄関先で抱き上げられて、気が付けば私たちはベッドの上。私しか使わないはずだったシングルベッドは、私よりもずっと大きな彼の体も支えて、ギッと大きく悲鳴をあげた。

コントラストの強いオレンジが七畳のワンルームを明るくしている。換気のためにと開けた窓からは少しだけ冷たい風が流れ込み、視界の隅でレースカーテンが揺れていた。風と一緒に入ってくるのは、どこかの家の夕ご飯のにおい、子供たちが「バイバーイ」と別れる声、帰宅するであろう車の音。


「なんか、寒い」
「ほら」


ルードは厚めの布団を持ち上げて、自分と私の体にかけた。ぴたりとくっつく素肌同士。風に冷やされていた二つのそれは、布団とお互いの体温によって熱を帯びる。抱き込まれるようになっていた身を捩って髭の生え揃った顎にキスをすると、ブラウンに見下ろされて、降ってくる唇。ちゅ、ちゅ、と二度軽く吸い付いて、少し離れて、もう一度。


「夕ごはん、何にしよっか」
「……お前」
「っん、真面目に、聞いてるのに」
「俺だって真剣だ」


陽が落ちる。室内のオレンジがだんだん青く、灰色く、そして黒くなっていく。眩しいくらいの夕焼けの時間が終わっても、私たちは離れることができなかった。