突然ですが、私は夜勤が好きです。
前にこのことを同僚に告げたら、本当に訳が分からないという顔をされましたし、実際そう口にもされました。

夜のカフェテリアは照明を落としていて、ガラスの向こうにはミッドガルの美しい夜景が広がります。ほんのかすかに聞こえるジャズのBGMが落ち着きとちょっとしたロマンチックさを与えてくれますが、深夜ともなれば人なんて滅多に来くることもありません。それが逆に、一介のカフェ店員がここを独り占めしているような気持ちになって、なんだかとても好きなのです。でも、それだけが理由ではありません。


「こんばんは、お疲れ様です」
「こんばんは」


週の真ん中、二十三時。必ずその人はやってきます。羨ましいほどの艶やかな黒髪を靡かせて、皺ひとつないスーツをぱりっと着こなし颯爽とこちらへ向かってくる、その姿を見つけるたびに胸が高鳴ってしまうのです。ティーンエイジャーでもないのにおかしいと思うでしょう。でも仕方ないのです。それほど彼は、ツォンさんは、私にとって魅力的な男性だったのですから。


「いつもの、ブレンドでよろしいですか?」
「ええ、お願いします」


いつもの。それが通じるほど、よくツォンさんと私は顔を合わせます。ブレンドの真ん中サイズ、通常よりほんの少しだけ温度を下げたものがお気に入り。ここで飲んでいくからマグカップでも良いのだけれど、多忙な彼が動きやすいよう、必ず紙のカップに入れる。彼の為のコーヒーを淹れる手順は、いつの間にか手に染みついてしまいました。


「…随分、煌びやかになりましたね」


コーヒーを受け取ったツォンさんは、閑散としたリフレッシュフロアをぐるりと見回しました。緑と赤、時々白の装飾が散りばめられ、一際大きい木は派手なオーナメントと電飾をいくつもぶら下げて、クリスマスツリーに変身させていました。見るからにクリスマス、いつもは落ち着いた癒しの空間であるリフレッシュフロアは、この時期だけは浮かれています。


「もうすぐクリスマスですからね」
「ああ…そう言えばもうそんな時期か…」


独り言のように呟いて、カップに少し口をつけました。なんとなく浮ついた社内の雰囲気に気付かないほど、きっとツォンさんは多忙なのでしょう。時々、社長や統括と行動を共にしている姿を見ることがあります。それほど彼は地位の高いところにいるのだろう、と想像しました。

本当はこんな、ただのカフェ店員と立ち話をして良いような人ではないのではないか、できるだけ失礼にならないようにしてきたけれど…。怖気づくような不安はありますが、しかし、ツォンさんに恋心を抱く私はこの時間を失いたくないと思っています。


「ツォンさんの、クリスマスのご予定は?」
「仕事ですね」
「そう、ですか」


勇気を出して聞いた声は、何でもないような声色にできていたでしょうか。仕事も予定もない、それはそれで、なんだかおモテになりそうなツォンさんには似合わないけれど。もし万が一そんなラッキーがあれば、お誘いしたいなぁなんて。思ってみたりとかして。

しかしその淡い期待はあっさりと打ち砕かれて、仕事だと返された私は顔に出ないように落胆する。ああ、仕事熱心なところも素敵だなぁ…でも、少し、いやとても残念。


「残念か?」


ツォンさんは、唐突に、壁を隔てたような敬語を取りました。心なしか楽しそうな弾んだ声が私を擽って、まるで私の想いを見透かされているような気持になって、なんだかすごく恥ずかしい。ぼぼぼ、と音がしそうなほど顔が熱くなって、ふいとツォンさんから目を逸らしました。


「か、からかわないでくださいよ!」
「私はいつも真面目だがな」


つるりとしたグローブ越しの指先が、カウンターに置いた私の手に触れました。驚いて顔を上げると、赤茶色の宝石のような瞳が私を射貫きます。私の心を探るような、見透かすような。居たたまれず視線を落としますが、触れ合う手を引っ込めることはできませんでした。


「夜には終わる。ディナーでもいかがかな」


私が抵抗しないと分かると、長い指先が指の間に侵入して絡みつき、ほどけないように力が籠もりました。ぎゅっと心臓が握り込まれるように、痛い。


「ツォン、さ…」
「クリスマスは、夜勤を入れないでいてくれ」


賢くない私でもなんとなく分かります、これはデートのお誘いだと。社員とカフェ店員ではない、これは、男と女の会話。


「期待してもいいんだよね?」


絡んだ指をきゅっと握り返し、同じく私も敬語を外しました。恥ずかしさを押し込めて、再び顔を上げます。背の高いツォンさんと視線を合わせるには、見上げなければなりません。カウンターに吊り下げられた暖色のライトに照らされた瞳は、キラキラとしていました。

少しだけ口角を上げて。指先を解いて手を取り直したツォンさんは、そっと持ち上げて私の手の甲に唇を落とします。紳士的なそれは、あまりにも、ツォンさんに似合いすぎる所作でした。


「お洒落をして待っていろ」