「さらさらだな」
「ツォンさんには負けるよ」


ツォンさんは寝転がって手で頭を支え持ち上げて、私の髪を撫でている。頭頂部からひと房すくって、毛先に向かって滑らせる。それがくすぐったくて首を竦めると、ツォンさんは口角を少しだけ上げた。

1人暮らしの私の部屋。当然女一人が暮らす想定しかないからベッドもシングル。そこにツォンさんと並んで寝ているせいで密着せざるを得なくて、ぺったり貼りつくお互いの肌が恥ずかしい。なぜぺったりかといえば、直前まで愛し合っていたわけで、そして今は裸のままなわけで、ちょっと汗かいたりもしてるし…。布団の隙間から見えるツォンさんの鍛え上げられた体が眩しい。

顔を上げれば目と鼻の先にツォンさんの顔がある。涼しげだけど強い意思を感じる瞳、通った鼻筋、形の良いすこしふっくらした唇。見惚れるほどに完璧な造形の彼が、目を細めて愛おしそうに見つめてくる。その眼差しがすべてを見透かしているようで恥ずかしくて、彼の首元、鎖骨のあたりに顔を埋めた。


「何を今更恥ずかしがる?」
「慣れないこんなの…」


ぐりぐりと頭を押し付けると、ツォンさんはくすぐったそうに笑って「やめろ」と言った。そうは言っても、優しく頭を撫でる彼の手は止まらない。制止させたいのか、そうでないのか分からないけれど、彼が上機嫌であることは容易に推し測ることができた。


「ツォンさん、明日はまた早い?」
「…そうだな。」
「そっかぁ…。」


彼は忙しい人だ。あの天下の神羅カンパニーの、タークスの主任。タークスってあまりいい噂は聞かないし、彼も仕事の話を私とはしないから真相は知らないけれど、彼はいつもいつも戦っているらしい。それは物理的なものも、政治や言葉の駆け引きも含めて。彼の体にはたくさんの傷跡があり、その数だけ心も傷つけられてきたのだろうか。


「寂しくさせるな。」
「いいんだよ。」


私は覚悟を決めてツォンさんと恋人になった。彼が危険な仕事に就いていることも、ゆっくり愛し合う時間が取れないことも、いつ彼と永遠の別れになってもおかしくないということも。すべて理解して、それでも彼と一緒にいたかった。私のこの気持ちを伝えたときの、ツォンさんの言葉と表情はきっと一生忘れないだろう。彼はあのとき少し嬉しそうに言ったのだ。「将来苦しめない為と我慢するくらいなら、今の1分1秒を幸せに生きるほうが賢明だな」と。それは私を幸せにしてくれる決意だったのか、彼自身が幸せになるという意味だったのかは分からないけれど、その時私は全力で彼を幸せにしたいと思った。


「ね、ツォンさん、好きだよ。」
「あぁ。」
「大好き。」
「態度で分かる。」
「バレてたか〜、あっ」


髪で遊んでいたツォンさんが、それらを私の後ろによけるように梳いて首筋をむき出しにさせる。そしてそこに唇を寄せてきた。突然の彼の行動に動揺して体が固まるけれど、舌の熱い感触がすぐに私を弛緩させる。しばらくそこを舐めて、やがて強く吸い付いてきた。刺激に耐えられなくて、広い背中に腕を回してぎゅっとしがみつく。私の強い力に呼応するように、彼も抱きしめる力を強めた。ちょっと苦しいけど、それも嬉しい。


「俺のなまえ」


じゅ、と音を立てて離れる。所有物の証をいくつか付けて満足そうに笑った。そんなツォンさんが愛おしくて、ずっとこのままでいたくて、危険なところに行ってほしくなくて、泣きそうだった。決めたはずの覚悟がぼろぼろと崩れていきそうなのを、必死にこらえる。きっと、思いのまま言葉にしたらきっと彼は困ってしまう。

せめて彼に、私がどれだけ貴方を想っているかを伝えたかった。ツォンさんの目をしっかりと見て口を開こうとしたら、し、と口元に人差し指をあてて彼は私を制した。私を仰向けに転がして、その上に圧し掛かって、覆いかぶさるように抱きしめられる。彼自身の香りが鼻腔いっぱいに広がった。


「愛している」


低く色っぽく、そして切なさを滲ませた声。私が伝えようとしていた言葉は彼にお見通しだった。嬉しさと悔しさと愛おしさが私の心で混ざり合う。「私のほうがツォンさんを愛してる」と言えば、彼は息を詰めて、「そうか。」と一言呟いた。

2人分の重さを乗せたベッドがギッと悲鳴をあげる。どちらからともなくまた唇を合わせて、お互いの体に触れて、息を荒げながら、一生離れられないくらい抱きしめあった。このまま二人で溶けて混ざっちゃったらいいのに。そんなことは星に還るまでできないのだけれど。