ミーティングフロアの一室。副社長、ハイデッカー氏、治安維持部門の職員さん3名が席に着き、ガチガチに緊張した職員さんの反神羅グループの動向に関する報告を聞いている。早い話が「鋭意調査中」なのだが、それを長たらしい言い訳を交えた遠回しな内容で伝えてくる。おまけに頻繁にハイデッカー氏が口を挟んで職員さんを叱責しているのも手伝って、全く訳が分からない。


『時間の無駄だ』
『ですね』
『聞くに堪えん』
『お気持ちは分かります』
『スイカ』
『観察』


完全に本件への興味を失った副社長が端末で私にメッセージを送ってくる。飽きすぎてしりとりを仕掛けてくる始末。しかし、それはそうなるよねと思わざるを得ない。現に今もハイデッカー氏は職員さんを恫喝していて、これはもはやパワハラなのでは?と思うほどだ。止めに入る隙も無いほどの剣幕でまくしたてていて、職員さんは半泣きだし、副社長はため息をついているし、私は「はやく終わらないかな…仕事たまってるんだけどな…」などと上の空だった。

最初はごく簡単な仕事しかなかったけれど、あれよあれよという間に私の仕事は増えていっている。スケジュール管理、関係各所との調整、書類作成、身の回りのあれこれ…副社長の手をムダに煩わせるタスクを奪った結果の激務。副社長は他の仕事に専念できるし、私は「なんか秘書っぽ〜!」と思っているのでWIN-WINだ。手持無沙汰のままお給料だけ頂くほうが申し訳なくて余程つらいし。話が逸れた。


『ツォンに、俺に電話しろと伝えてくれ』
『この場を強制終了ですね?ラジャー』


腕時計とバインダーの書類を交互に見て、あわただしいフリをしながら端末片手に外へ。ツォンさんに電話をすると、相変わらず仕事熱心な元先輩はワンコールで出た。


「ツォンだ。どうした?」
「お疲れ様です、なまえです。コード100、よろしくお願いします。」
「…またか、分かった。」


コード100、それは「副社長に緊急の用件のようなフェイク電話をかける」ミッションの通称だ。今回のような無駄な会議や会合、望まぬ来客などの場合に発動することが多い。ツォンさんも私も慣れたものだ。「ルーファウス坊ちゃんの我儘」に見えなくも無いが、彼は利益もしくは損失、コネクションに繋がるか否か、重要度や緊急度などをを判断した上でこれを指示してくる。近くにいるからこそ分かる、これは我儘などではなく、むしろ忙しない副社長業務を効率的に行うための策だった。

通話を切り、会議室内に戻る。副社長がちらりと視線だけこちらに寄越すので、彼にだけ見えるようバインダーで手元を隠しながらピースした。その直後、副社長の端末が鳴る。十中八九相手がツォンさんのその電話を副社長が取ると、嘘みたいにハイデッカー氏も職員さんたちも押し黙って静かになった。


「…あぁ。ふむ、そうか、分かった。すぐ向かう。」


眉間に皺を寄せてそれっぽい相槌を打つ副社長。心配そうに副社長を見る秘書の私。会議を中断せざるを得ないほどの重大事項が発生したように見えるだろう。副社長は通話を切ってすぐに立ち上がった。


「すまないが急ぎの別件が入った。私は失礼する。」
「は!で、ではこの続きは次週…」
「なまえ」
「はい、次週ですと木曜13時から13時10分の間が調整可能でございます。」


ハイデッカー氏が次回の予定を取り付けようとするので、遮るように副社長が私の名前を呼び、彼は振り返ることもせず会議室を出て行った。私はハイデッカー氏に向き合い、スケジュールを伝える。本当はまだまだ時間は取れるけれど、こんな用件のために10分すら割くのが惜しいというのが副社長の意思だろう。それに不満を持ったハイデッカー氏が怒りの矛先を職員さんから私に向けてきた。


「10分!?短すぎる、何とかならんのか!」
「申し訳ございません。しかし副社長はご多忙ですのでこれ以上の調整はできかねます。」
「重要な議題だぞ!優先して頂くべき内容だと思うが!?」
「そう仰られましても…」


こんなムダ会議が優先されるわけないだろう。ハイデッカー氏は徐々にヒートアップし、私に詰め寄ってくる。唾飛ばしてくるのマジで無理、生理的に無理。部下の職員さんたちはいつもこんな目に遭っているのか…。可哀想で、心の中で合掌した。


「優先順位も付けられんのか!無能な秘書だ!まったく使えん!」
「…申し訳ございません。」
「フン、秘書というのは顔とカラダが良いだけでは務まらんぞ!」
「なっ…!」


ひどい暴言とセクハラまがいの言葉に怒りを覚えた。職員さんの報告が気に入らなくてもともと苛立ちが積もっていたのだろう、頭に血が昇りきったハイデッカー氏は椅子を蹴って怒っている。しかし、怒りのせいで彼は大事なことを忘れている。私が神羅カンパニー天下の副社長の秘書であり、その秘書を思いきり罵倒していること。そして、自分の声がバカみたいに大きいことを。私への発言が外まで筒抜けていたのだろう、副社長が室内に戻ってきた。髪で隠れたこめかみが一瞬見えて、青筋が出ているのが分かった。相当お怒りだ。


「彼女への暴言や侮辱は、そのまま私への言葉と受け取るがよいな?」
「ふ、副社長!」
「なまえはそこらの人間よりも余程できた秘書だ。金輪際、彼女を軽んじる発言はやめていただこう。」
「……し、承知しました。」


吐き捨てるように言い、私の腰に手を優しく回してドアのほうへ促す。顔だけで後ろを向いて、「メールで報告書を頂ければ目を通しますので!」と言えば、職員さんたちは心なしかほっとした様子で頷いた。





*





「親父が奴を買っている理由がまったく分からん。」
「ほんとに!なんて失礼!きー!」
「…気持ちは分かるが少し落ち着け。」


ところ変わり、副社長室。副社長用と自分用にコーヒーを淹れて、応接用のローテーブルに置く。会議は無駄だったし、ハイデッカー氏には失礼なこと怒鳴られるし、散々だった。「行かなきゃよかった〜」とぼやきながら、副社長の向かいのソファにぼふんと座った。目の前の彼は長い足を組んで背もたれに上半身を預けている。砂糖とミルクをたっぷり入れたカフェオレを一口飲めば、幾分か落ち着いた。

副社長の傍についてから、そこそこの時間が経つ。私ができるサポートはしてきたつもりだし、彼に恥をかかせない振舞いを演じてきたつもりだった。だから、正直怒りよりもショックだった。他人にはともかく、社長の側近(みたいな人)の印象を図らずも聞き、しかもそれが良くないものだった。そうか、私は顔とカラダだけが良く見える無能…。これまでやってきたことが私の全力、だから、これ以上どうしていいやら分からなかった。


「以前から思っていたことだが、」


マグカップの揺れるベージュをぼうっと眺めていたら、副社長が目の前から私の隣に移動してきていた。ギッと座面が揺れ、上品な香水とコーヒーの匂いをすぐ近くに感じる。…近くない?ちらと彼のほうを見ると、彼はこちらを見ずまっすぐ前を向いていた。


「無理に取り繕わなくても、お前は良くやってるぞ。」
「それは、慰めてくれてるんですか?」
「事実だ。」


私のものと交わらない色素の薄いブルーが、夕日のオレンジと混ざってキラキラしている。持っていたマグカップをテーブルに置き、相変わらずこちらを見ないまま私の頭にその大きな手を置いた。クシャクシャにすることなく、毛の流れに沿って撫でるその手が優しくて、少し目頭が熱くなった。


「奴の言葉など気にするな。お前の働きぶりは俺が知っていれば十分だ。」
「う…ふくしゃちょ…」
「ふん、泣き虫め。」


鼻で笑うくせに、やっとこちらを見たその瞳も手もすごく優しい。頭を撫でていた手が肩に回って緩い力で引き寄せられれば、あっという間に彼の香水の匂いに包まれた。広い胸がとても頼もしくて、立場もわきまえずぎゅっとしがみついてしまう。彼はまた、ふっと笑って肩の手の力を強くした。


「まぁ、なまえは確かに顔も良い…しかしカラダがどうかは分からないな。」
「は?」


私の感動を返してほしい。彼への包容力に感動し、忠誠を誓っていたというのに。今の副社長は、私の太ももをスカート越しに撫でている。「細いな。もっと食え。」と言いながらツツツ、と手を滑らせる彼は心底楽しそうだ。逃げようと身を捩れば肩の手で押さえられ、太ももの手を制止しようと掴めば、逆に捕らわれて指を絡められる。手の甲を優しく撫でる親指がくすぐったい。


「ちょ、ちょちょ、副社長!」
「なんだ?」
「なんだ、じゃないです!手がハレンチ!」
「元気が出たようで何よりだ。」


ちゅ、とこめかみにキスをされた。一瞬のできごとだったのに、その瞬間の唇の感触も吐息も、私の顔に少しかかった彼の金髪のくすぐったさも、鮮明にゆっくり感じた。耳から顔全体が熱い。副社長は満足したようにま不敵に笑った。


「今更こんなことで恥ずかしがるな。熱いキスをした仲だろ。」
「あ、あの日のことはもう忘れてくださいってば!」
「無理だな。さて、仕事だ。」


きゅ、と一度絡みあった手と握って、名残惜しそうにゆるやかに離した。立ち上がって私も同じくするよう手を差し伸べられる。その手を取って立ち上がれば、彼は口角だけ上げて笑い、自分のデスクへ歩いて行った。