「だって、この間まで“そんなそぶり”ちっとも見せなかったのに」

自身の背中に顔を預け、わんわんと大きな声で喚いているみみを見るのはもう何回目だろうか。シャツのボタンをひとつだけ外し、エスティニアンは深いため息をついた。

「聞くだけ聞いてやる。今回は何があった」

ずるずると鼻を啜って(エスティニアンは背中でかみやがったな、と心の中で悪態をついた)みみはしゃっくりをあげながらボソボソと説明を始めた。エスティニアンはしばらくみみの話に耳を傾けていたのだが、代わり映えのしない内容に痺れを切らせて横槍を入れた。

「つまり、ただの浮気相手だったと」

「そんなはっきり言わなくても!」

「事実だろ」

みみから伸びる細い腕は、エスティニアンの腹にしっかりと絡みついている。エスティニアンはみみの手の中に握られているウイスキーグラスを取り上げて、ベッドサイドに置いてあったミネラルウォーターを握らせた。ベコ、と音を立てて柔らかいペットボトルが凹んだ。

みみがエスティニアンの部屋に押し入って、喚き騒ぐのはこれが初めてではない。前回は確か1ヶ月程前だったな、とエスティニアンは思考を巡らせた。よくもまあ、この短期間に男と別れ、付き合って、また別れることが出来るものだ。ある種の感心を覚えつつ、エスティニアンは取り上げたグラスに口をつけ、氷が溶けて薄くなったウイスキーを一口飲んだ。みみはエスティニアンの脇腹あたりに顔を押し付けて、ぐすぐすと鼻を鳴らしている。エスティニアンは伸ばした自身の長い髪がみみの顔に当たらぬよう、そっと前へ流し寄せた。そしてグラスをサイドボードに置いて、エスティニアンはみみの方へと振り返る。

「顔を見せてみろ。怪我はしていないか?」

〇〇

イシュガルドの戦後—エスティニアンとみみが出会ったのはもう少し前だが—から2人は互いの部屋を行き来するような仲になった。とはいえ、恋人同士などではない。みみはエスティニアンのことを“気の合う異性”または“相棒”程度にしか思っておらず、2人の間に甘い空気が流れることは殆ど無かった。ただ、暁に所属するエスティニアンには友人と呼べる友人が少なく、同じ所属で気軽に接することの出来るみみは、彼にとって気の置けない貴重な存在のひとりだった。

初めての恋人が出来た、と浮き足立って告げるみみの顔をエスティニアンはよく覚えている。彼女は恥ずかしそうに頬を桃色に染めて、幸せそうに両目を細くしながら、「エスティニアンには1番最初に教えたかった」のだと、残酷に告げた。チクリと刺さる胸の痛みには気付かないふりをして、エスティニアンは平静を装った。みみが幸せならば、それが1番良いことだ。そう自分に言い聞かせて、エスティニアンは「よかったじゃないか」とみみに祝福をしたのだ。上手く笑えていたかどうかは、今になってもわからない。


幸か不幸か、みみの幸せはそう長くは続かなかった。

みみがエスティニアンから離れておよそ数ヶ月ほど経ったある夜のことだった。任務を終えて帰宅をしたエスティニアンは、自身の部屋の前で小さく蹲る黒い影を見つけた。

「相棒?」

エスティニアンは、両膝を抱え込むようにしゃがみ込んで俯いている姿を、見違えることは無いと言い切ることが出来た。慌てて駆け寄って、目線が同じ高さになるよう腰を下ろした。エスティニアンよりもだいぶん小さいみみは、縮こまっているせいで余計に小さくなったように見えた。決して顔を上げようとしないみみに、エスティニアンは優しく声をかけた。

「どうした、何があったんだ?」

ぐず、と鼻を啜る音がして、エスティニアンは彼女が泣いているということを知った。ぶるぶると小刻みに震える肩をさすってやろうとして手を伸ばすと、みみの肩は大きく震えた。

「や、やめて!」

弾かれたように顔を上げたみみを見て、エスティニアンは息を飲んだ。彼女の右目蓋は、真っ赤に腫れ上がり、そのまわりには大きな青い痣が痛々しく広がっている。強い力で何度も殴られたのだろう。形の良い唇は切れて、真っ赤な血が口元を汚していた。エスティニアンが大きく目を見開いたのに気が付いて、彼女は再び顔を膝に埋めた。

「誰にやられた」

みみは顔を振った。誰がやったなど、聞かなくても分かりきったことだった。怒りに震える手をぎゅっと強く握りしめて、エスティニアンは鞄の中を弄った。そして慣れた手つきで鍵を出す。とにかく彼女を部屋の中に入れよう。そして治療をしなくては。話を聞くのはその後でも十分だ。泣いたまま動かないみみをそっと抱えて、エスティニアンは部屋の中へと彼女を運んだ。黒革のカウチに座らせると、サイドボードの中に仕舞ってあったハイポーションを取り出して手渡した。顔の炎症はすっかり治ったが、みみの両目からは大粒の涙が流れ続けていた。

「痛みは引いたか?」

みみがひとつ、頷いた。エスティニアンは根掘り葉掘り聞きたい気持ちを必死に押さえて、彼女にミネラルウォーターを差し出した。延夏水と書かれたラベルが、静かな部屋にガサガサとした音を立てている。

ほどなくして顔を上げた彼女は、ぽつりぽつりと事情を話した。数週間前から突然、彼が声を荒げるようになったこと。みみは浮気など一度もしたことが無いのに、毎日のように浮気を疑われているということ。そして、1番みみを苦しめていたのは、みみが彼の望む通りの答えを出さなければ、彼女は殴られるようになってしまったということだった。タンクジョブをする彼女はその力強さから反撃をせず、それがかえって彼の暴力を助長していたらしい。

エスティニアンは決して口を挟むことなく、時々相槌を打ちながら話を聞いていた。今すぐにそいつの元へ行って、自身の槍でブチ抜いてしまいたい衝動に駆られたが、それを相棒が望んでいないということも分かっていた。

その日、エスティニアンはみみが落ち着いて眠れるまで優しく手を握ってやっていた。

〇〇

みみが殴られて顔を腫らしたあの日から、もう2年もの歳月が流れていたが、彼女が悲しいこと、とりわけ男にこっぴどくフラれた後にエスティニアンの部屋でひとしきり泣いて、慰めることはすっかり習慣となっていた。エスティニアンはぴったりと背にひっついている彼女の顔をそっと持ち上げて、真っ赤になった彼女の顔を隅々まで調べる。良かった、今回は怪我をしていない。くすぐったそうに身をよじる彼女の顔は、あの日と違って傷ひとつない。今日はサイドボードに仕舞われているハイポーションの出番は無いようだった。

「お前は本当に男を見る目がない」

「知ってる」

頬を膨らませた彼女が、ミネラルウォーターを口に含んだ。ごくん、と飲み込んだのを、背中越しに感じて心臓が跳ねる。誤魔化すように、エスティニアンはクガネの酒を口に含んだ。

気を抜くとこうやって芽を伸ばそうとする感情を、エスティニアンは毎回毎回飽きもせず、ひとつひとつ丁寧に摘み取ってきた。摘みきれなかった若い芽は、エスティニアンの目を掻い潜って、はち切れんばかりに膨らんでいる。たとえば、空気を入れすぎた風船のように。あるいは、決壊を控えるダムのように。

「エスティニアンはさ、」

自身で押さえつけられなくなった感情は、いつしかどろどろと溢れてエスティニアンを呑み込んだ。それでもエスティニアンは見ぬ振りをして、淡い気持ちに蓋をし続けた。

時折訪れる感情の奔流は、逆流する胃酸のようにエスティニアンを焼いた。今、ここで。みみの隣にいるのは自分だ。有事の際に頼られるのも、自分だ。何度も何度もそう言い聞かせて、エスティニアンは自身を戒めた。けれど、今日は違った。

「好きな人いないの?」

みみの他人然とした物言いに、ぷちん、と何かが千切れる音がした。それは洋服の縫い合わせから解れて飛び出た糸屑を、乱暴に引き千切ったかのような音だった。

エスティニアンはそれを、どこか遠くの方で聞いていた。


〇〇


エスティニアンのいつも適当にかけられているシャツのボタンは、既に無造作に外されていた。普段巻いているストールは、今はみみの手首から自由を奪っている。

彼女の泣き腫らして真っ赤になった瞳には、エスティニアンの顔が映っていた。それをなるべく見ないように、エスティニアンはみみの首筋に顔を埋めた。

むせ返るような甘い香りに誘われて、柔らかい皮膚に歯を立てると、みみの体はひくんと動いた。揺れる瞳から流れ落ちた涙がエスティニアンの頬を伝い、湿った道を作っている。

「泣くなよ」

やめろ、やめてくれと男が遠くの方で声を上げている。随分聞き覚えのあるその声は、はたして誰の声だったろうか。エスティニアンはぶるぶると震える白い頸に舌を這わせた。下着の類はとうに無い。縛られたまま、ぴんと伸びて自身を拒否する腕の間へ無理矢理に顔を突っ込んで、エスティニアンはより近くみみを感じようとした。

それは決して縋るような状況で無いにも関わらず、縛られて自由が効かないみみの腕がエスティニアンの首元を引き寄せているせいで、みみがエスティニアンに縋っているようにも見えた。

太い腕がみみの太腿をゆるりと摩った。ほどよい筋肉と傷痕の残る、柔い肌だった。

「やだ、ねえ、エスティニアン」

「みみ」

みみの口から、引きつった呼吸が漏れる。それは愛撫を受けて徐々に甘いものへと変わっていった。自己防衛の本能かもしれない。混乱を極めた彼女の脳が、恐怖を快楽に変換しようとしているだけ。けれどそれでも構わないと思うくらいには、エスティニアンもおかしくなっていた。

指は無遠慮に進んでゆく。組み伏せられたみみは、身を捩って振り払おうとしたが、力の強いエスティニアンを前にして、抵抗は大した意味を持たなかった。

「あっ、んん…ッ、」

涙まじりの嬌声は、エスティニアンの感情を激しく揺さぶる。堪えるように唇を閉じて、みみはきゅうと目を瞑った。

浅く呼吸を繰り返す唇に噛み付いて、荒々しく貪る。吐息ひとつ溢すことを許さない口付けは、みみの脳から酸素を奪った。

「あっ、は…、んん、んん…っ」

濡れてぐちゃぐちゃになったソコを、エスティニアンの長い指が無遠慮に掻き回した。お腹の内側の、ざらりとしたところにぎゅうと力を込めると、みみは一際高く鳴いて、大きく身を捩った。

ジタジタと暴れる聞き分けのない体を、エスティニアンはぐっと体重をかけることで抑え込んだ。

「感じてるんだろ、ゆっくり味わえ」

「ひっ、ああ…!うう、やあ…!」

一本だけだった指は、みみのソコが解れると共に二本、三本と増えてゆく。増えるたびにみみの声は高くなる。唇を噛み締めて、快楽に抗おうとするみみは可愛らしい。それでも尚否定するように「いやだ」「やめて」と繰り返し、合間にエスティニアンの名を呼んだ。

もっと、もっと名前を呼んで欲しい。その一心でエスティニアンは指を増やし、彼女の泣き所を探った。ゆるく曲げた指先は、くりくりとみみの内側を広げて、混ぜて、暴く。

みみの泣き所は、存外直ぐに見つかった。そこを指が掠めると、みみの目が大きく見開いた。みみの甲高い声が、弾けるように飛び出した。

「やぁ、エスティニアン、そこ、そこはやだあ!」

腰を引くようにしてエスティニアンの体から逃れようとしたが、許してもらうことはできず、逃げた罰だとばかりにみみの泣き所は重点的に責められている。足をぴんと伸ばして、つま先にきゅうと力が入った。

「そうか」

いやも、やめても聞き入れられない。ああ、そう。気持ちいいんだな、良かったな。くらいの軽々しい返事しか得られず、みみはひどく絶望していた。達してしまう、そう思った時にはもう、頭の中は真っ白で。

「イっても構わないが、終わらないぞ」

残酷にそう告げたエスティニアンを、みみはひ、ひ、としゃっくり混じりの鳴き声で非難した。にやりと口角を歪めたエスティニアンは、まるでみみの知らない人間のようだ。ぐったりと力が抜けたみみの腕の間からそろそろと抜け出て、エスティニアンはみみを見下ろした。

みみは頬を赤く染めて、縛られたままの両手で顔を隠した。汗と涙で濡れた髪の毛が、赤い頬に張り付いていた。エスティニアンはそれを優しく払ってやろうとすると、みみの肩が大きく跳ねた。エスティニアンの指がピタリと止まる。みみの目が、怯えるような色を含んでエスティニアンをじっと見つめた。

「怖いか」

当たり前だろうな。エスティニアンは心の中で自嘲した。怖くないわけがない。けれどブレーキを失ったエスティニアンは、最早行為を止めることも出来なかった。

顔を覆う腕を取り払って、みみの吐息を呑み込んだ。重なる舌が、ぬるぬると体温を分け合っている。エスティニアンは逃げようとする小さな舌を捕らえて、ぐちゃぐちゃと音がするほどに激しく嬲った。目尻を伝った涙を舌で拭って、エスティニアンはみみの足首を掴んだ。

「まって、エスティニアン」

「待たない」

正しくは“待てない”だった。ぷちんという音とともに、無理矢理堰き止めていた感情のダムは決壊し、エスティニアンの行動を意のままに操っている。

再び無遠慮に突き立てられた指は、みみの中をぐちゃぐちゃと掻き回した。大袈裟に跳ねる腰を片手で押さえつけて、エスティニアンは指を二本に増やす。柔らかい芽を親指で引っ掻くようにしてぐりぐり責めると、すぐに湿った音が辺りに響いた。

「ひっ、あ…っんん、やめ…!」

「止めない。何度も言わないぞ」

「んっ、…!なんで、待って、おねがい」

なんで、とこの状況で問われるのか。俺は。はは、と乾いた笑いが口から溢れた。どちらのものか分からない唾液でべたべたになっていたはずの唇は、いつの間にか乾いていた。カサついた唇から漏れる自身の声は、随分と久しぶりに聞いたように感じて。

「挿れるぞ」

そう告げて、それだけ告げて、エスティニアンはみみに有無も言わさずぐっと腰を押し進めた。やわらかい恥肉が、まるで優しく抱擁するかのようにエスティニアンの陰茎に絡み付いた。

ずぐ、と深く打ち付けては、ずるりと限界付近まで抜く。決して激しい動きではない。けれど、膣をぞりぞりと刮ぐような動きに、みみは足をばたつかせた。緩やかに快楽を叩きつけるような動きは、確実にみみを追い詰める。エスティニアンはみみの手首を戒めているストールはそのままに、みみの手に自身の手を重ね合わせた。快楽から耐えて、縋るものを求める指先は、夢中でエスティニアンの指に絡んだ。

「あっ、う…!エスティニアン、ひあ゛、あっ」

「みみ、」

あつい吐息が、みみの前髪を揺らした。エスティニアンの唇はみみの瞼に優しく触れている。そのままゆるりと頬を舐め、真っ赤になったそれを喰んだ。引き締まった肉体の溝に、何滴もの汗が小さな滝を作っている。それはぽたりぽたりと滴って、みみの腹を伝って落ちた。

みみ。彼女の名を呼んだ後に、俺は何を言おうとしたんだ。「好きだ」たった一言を伝えたくて、けれど言えずにここまで来た。今の俺は何だ。あの日、彼女を殴った男とそう変わらないじゃないか。逆らえないほどの力で彼女を屈して、そして自分都合で組み敷いている。再び乾いた笑い声が溢れた。何度お前が他所の男に尻尾を振っても、俺はここで待っている。俺だけがここで、お前のことを慰められる存在なのだと。長い間、そう言い聞かせていた。

みみが俺に向けている感情の大きさも、その向きでさえも。自身のものとはまるで違うというのに。

目を真っ赤に腫らせて泣き喚くみみはいつも見ていたし、新鮮という感情すら芽生えなかった。ただ、自分が原因で泣くみみを見るのは初めてだった。罪悪感を踏み潰してエスティニアンは彼女の口を塞いだ。逃げる舌を吸い出し、乱暴に口内を掻き回す。上も、下もぐちゃぐちゃになってしまえ。もう戻れない、戻りたいとも思わない。行為が始まった時には、そう思いながら衝動に身を任せたはずだった。

エスティニアンの顔は泣きそうに歪んだ。みみはまさか彼が泣いているのかと思って、その涼やかな目元に指を這わせようとした。自身の方に伸ばされた腕を見て、エスティニアンはゆっくりストールを解いた。手首は擦れて赤くなっている。みみはそれを気にもかけずに、エスティニアンの目元をそっとなぞった。

エスティニアンの目は、耐えるように瞑られた。目元は乾いている。ただ、ぽたり、とこめかみから滴った汗は、まるで涙のようだった。

口付けは、もう二度と唇には降りてこなかった。

射精を促す抽送は、うって変わって激しいものになった。みみの腰が引けるたび、エスティニアンは逃さないとばかりに引き寄せて、先より強い力で奥を穿った。ゆるりと背に回ったみみの指先が、エスティニアンの背中を引っ掻いた。振動に耐えるように浅く爪を立てる指先が、心地よい。エスティニアンは、もっと深く傷をつけて欲しいとさえ思った。赤い血を滴り流すような、決して消えないような傷を。

「あっ、ひう、ううあ゛ぁ…ッ、」

「…っく、…う…」

低い唸り声が、みみの鼓膜を震わせた。びゅる、と勢いよく出たあたたかい精液が、みみの腹にじわりと染み込む。出して初めて、エスティニアンはスキンを着けることすら忘れていたことに気が付いた。短い呼吸を2、3度繰り返して、エスティニアンはようやく顔を上げた。

まだ呼吸を整えることに必死なみみは、けれど身体を起き上がらせた。そして白いシーツを頭から被って、エスティニアンの視界から消えようとした。

小さなシーツの塊になってしまったみみを、布越しに強く抱きしめて、エスティニアンは重たい口を開いた。

「俺の鞄のピルケース、31番はアフターピルだ。飲むといい」

みみの体が大きく震える。行為が始まってからというものの、みみはずっと怯えている。

吹き出した感情の芽は、悪魔のように大きく育っていた。恋と呼べる時期はとうに過ぎ、愛と呼ぶには重くて暗い。執着心と成り果てた悪魔を、エスティニアンはずっとずっと昔から気付かぬふりをして飼っていた。

「お前の大剣で、俺を斬ってくれ」

みみはいつか自身の手から離れてゆく。彼女の知らぬ冷たい場所で、エスティニアンは1人で死ぬのだろう。任務に成功しても、失敗しても、エスティニアンのそばにみみはいない。みみはもう、エスティニアンの隣に座ることはない。

好きだ、愛している。そう告げれば何かが変わったのだろうか。みみは知らない。ハイポーションは、エスティニアンがみみのために時間を割いてデミールの錬金術師から作り方を教わったということも。みみがエスティニアンに恋愛相談を持ちかけるたび、エスティニアンの心に深い影が落ちていたことも。

みみは小さく首を振った。彼女はシーツの中で、エスティニアンに大人しく抱きしめられている。

「好きだ、ずっと前から。相棒ではなく、お前が好きだ」

だから。あたたかい色を持っていたはずのこの感情を、早く殺してくれないか。水に沈めて、重りをつけて。二度と浮き上がってなど来ないように。

みみが欲しい。喉から手が出るほど。

ふたり笑い合う日々が欲しくて欲しくて、俺は堪らなかったんだよ。

だのに、壊してしまった。衝動に任せて、ぐちゃぐちゃにしてしまった。それでもいいと、ほんの一瞬でも思ってしまった。エスティニアンの目元からは一滴の涙が落ちた。とうに枯れたと思っていたのに。エスティニアンはそんな自分が滑稽でおかしくて、少し笑った。

独りよがりのこの気持ちは、もうお前無しでは死を待つのみなんだ。冷たく息絶えるのならば、いっそみみの手で葬って欲しいと願った。



















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2年前のある日、月も出ない、暗い夜。雲霧街のとある裏路地にエスティニアンは居た。そうだ、あの日も良く似た夜だった。みみが泣いていた、あの夜も。みみの初彼だったあの男は、“運悪く”俺の仕事場に居合わせてしまった。ターゲットへエスティニアンが放った竜槍は、“たまたま”そこを通りがかった男の胸を貫通した。音もなく、倒れる死体がふたつ。エスティニアンは運悪く民間人が巻き込まれてしまったことを上司に告げ、また上司もそれを認めた。“彼は運が悪かったのだ”と。


「お前は男を見る目が、本当に無いな」