みみの両手首は、とても上質な生地のネクタイでひとつに纏められている。
 拒絶の意味で股座を貪る男の頭に両手を添えたが、それは抵抗の気配を感じて彼女を見上げ、硝子玉のような瞳を細めた。鋭い光が差し、一層みみの好いところを舌で押し潰すようにして丹念に舐る。
 限界が近く、もうこれ以上は、という意味で抵抗したみみにとってそれは自身を絶頂へと追い遣るトドメの一撃となった。腿に力が入って、もう止めて欲しいと思っているはずなのに、絶頂時の身体の緊張は言うことを聞いてくれない。彼の存在をそこに留めるかのように、金色の頭を白い内腿で挟み込んでしまう。柔い唇に挟まれた肉芽は腫れ切って、じんじんと痺れるような快感を送り続けてくる。挙句そこに甘く歯など立てられてしまうものだから、みみは大きくのけ反った。柔らかな革張りのソファの背もたれに身体が沈む。

「ふ、ぁ…あぁッ…!!」

 咆哮にも似たその嬌声を聞きながら、ルーファウスは白い腿を無理やりに押し退け、彼女の反応など見もしないで唇と舌を蠢かし続ける。己の唾液ではない甘酸っぱい露を舌先で絡め、ひくひく動く真っ赤な芯に塗りたくってやる。細い腰が浮いて、悲鳴のような甘い声が響いた。

 みみは真白くはじけ飛んだ思考で、こうなってしまった経緯を手繰る。私はこの男のことが好きだった。手に入れたいだけだった。こんな、拷問じみた夜を迎えるつもりではなかった。でも、このすべてが自己責任であることも分かっている。


 時は、数時間前までさかのぼる。


 * * * * *


 ルーファウス神羅は、欲しい言葉だけは絶対にくれない男だった。他の女には向けないような柔和な笑みでみみを社長室に迎え入れ、その指先で悪戯に触れる。みみがやめてくださいだとか言えば笑みを崩さずに肩を竦め、つれないな、なんて子供のようなことを言う。

 みみはここ最近ずっと、社長室を訪れるたびにまるで学生時代に戻ってしまったかのような、曖昧なのに明らかな気持ちのやりとりをルーファウス神羅と繰り返していた。社長はじりつくような恋の駆け引きが好きなのかもしれない。もしくは私から踏み込んで来るのを待っているのかもしれない。でもそう思えるのはみみの心の調子が良い時だけで、毎日の大部分は“もてあそばれているだけだ”という仄暗い気持ちを引きずって過ごしていた。神羅カンパニーを統べる眉目秀麗で才色兼備なあの人が、私のような凡庸な女に構うなんて気まぐれでしかない。そうに決まっている。

 だから、昨夜のみみには魔が差してしまった。
 適度にお酒を飲んで、見た目の悪くない男に絡まれて、ついつい接近を許した。アルコールが香る口付けの間、これはすべてルーファウス神羅が悪い、とさえ思った。けれど首筋に吸い付かれては冷静な思考が戻り、みみは男を突き飛ばしてその場を逃れた。

 首筋にくっきりと刻まれた痕は、朝になると紫色を帯びてその存在感を更に顕著なものにした。みみは洗面台で鏡を覗き込み、何度確かめたところで一向に薄くなどならないその痕に指先を当てる。それから、あの人以外に触られることにこんな嫌悪感が伴うなんて、と絶望を覚えた。口付けまでは酔っていたので記憶も曖昧だが、首筋に触れる生温さにははっきりと慄いた。咄嗟にルーファウスの指先の感触を、微笑みを、そして日差しを弾く月のような金糸の髪を思い出し、罪悪感にすら駆られてしまった。ルーファウスに気まずいと思うような関係ですら、ない癖に。
 もう、諦めようと思ってどうにかなるような恋ではなくなっている。自覚してしまえば二日酔いが一層重たくなった。冷水を顔に打ち付けたが、気持ちは1ミリも晴れてはくれなかった。

 その日、みみが社長室に行く用事はひとつもなかった。会議室フロアの廊下で一度、タークスのツォンを引き連れて颯爽と歩く社長に会釈をした際に首筋の痕を思い出して少々蒼褪めたが、彼は足を止めもしなかったし、こちらに一瞥をくれたかも怪しい。一瞬でも気にした自分が惨めに思えて、気が付いたらどんな顔をしてくれたかな、なんて到底有り得ない、もしものことを思った。

 ツォンがオフィスまでみみを迎えに来たのはその晩のことだった。一度その前を通り過ぎようとしたら名を呼ばれ、みみは耳を疑った。

「社長がお呼びですので、お連れしたいのですが」

 わざわざタークスを迎えに寄越すような用事って?後ろ寒くなり、みみは従順に頷いた。ツォンはそれを見留め、ついて来てください、とだけ言うと踵を返す。黒く長い髪はふわふわと柔らかくなびき、この男の印象とは真反対だな、と思いながらみみはその後ろをついて歩いた。
 てっきり社長室に行くものと思ったがその黒い背中はエレベーターを降り、黒塗りの車へとみみをエスコートする。滑らかに走行を始めたそれはできたての高速道路を暫く走行し、きらきらとした夜景をしばらく見送っているうちに、ある建物のエントランスの前で止まった。
 そこはみみが日ごろ景色の一つとしてしか見ていなかった、高層マンションだった。

「…社長の…ご自宅…?」
「こちらへ」

 スルーは肯定、ということなのか。ツォンは相変わらず無感情なまま、手慣れた様子で厳重なセキュリティをひとつひとつ解いてみみを高層階へと案内する。みみは大理石張りのエレベーターに足を踏み入れた時、嗅ぎなれた香水が香ってぎくりとした。それはルーファウスが纏うものに間違いなく、これから向かう先にあの男がいて、しかも自分は自宅に招き入れられているらしいという予感を現実に変えてしまった。緊張と不安と、わずかな期待で心が落ち着かない。

 そうこうしている間に、エレベーターは彼が住まうだろう居住フロアに到着してしまった。心の準備が間に合わず、ツォンにちょっと待ってくださいと声を掛けたいところだったが、そんな隙はひとつもくれないまま、彼の革手袋に包まれた無機質な手は無情にもリビングルームへの扉を押し開いてしまう。

 気圧で廊下に空気が流れ込み、あの男の香りがエレベーターの比じゃない濃さと明瞭さをもって運ばれてくる。この部屋に、ルーファウスがいる。みみはそう確信して一歩踏み込んだが、広く閑散としたリビングルームに人の姿は無かった。白を基調としたインテリアはシンプルで、部屋の中央に置かれているガラス製のローテーブルと、3人は座れるだろう白い革張りの大きなソファが目を惹く。

「六番街のバーで出会った男と路地裏で、しけこんだ、と聞いているが」

 その声は真後ろから降りかかってきた。みみは驚きに首を竦ませ、声の発生源を確かめようと身を捩るが大きな掌と長い腕がそれを許さない。悲鳴を上げる間もなく後ろから抱きすくめられるも、少女漫画のように頬を赤らめたり胸をときめかせることは出来なかった。今、ルーファウスは、なんて?それが自分と相手の男しか知りえない筈の情報だと理解した途端、冷水が背筋を伝い落ちる心地がした。
 生温い吐息が首筋に触れ、みみの背筋には緊張が走った。何度も後悔の念と共に鏡で確認したあの痕を、覗き込まれている。

「…見たところ、本当らしいな」

 わざとらしく落胆した声が、唇が耳に触れてしまいそうな距離で鳴った。路地裏で“しけこんだ”というのは、タークスか誰かから聞いた報告をそのまま引用したのだろう。まさか、私に尾行を?全身が総毛立ち、彼と言う人間の立場を、そして使役可能な権力の強大さを、凍えきった思考で再認識する。

「自覚が足りないようだ」

 ぽつりと付け足されたその一言に、みみの中で渦巻いていた自責の念が立ち止まり、はて、と首を傾げた。自覚とは、あの社長室で繰り返してきたやりとりに僅かに滲んでいた恋慕の匂いのことを言っているのだろうか。確かな言葉なんてひとつもくれていないのに、この局面で彼氏面なんてムシが良すぎる。つまりそもそも私には、この人に責められる理由がない。

「ひとつも、くれたことなんてないでしょう」

 そう言うぐらいなら自覚できるような言葉が欲しい。それだけのことなのに、みみは捻くれた言い方をしてしまった。それがどれだけ、十分に愛情を注いできたと思い込んでいた男の胸中に、暗雲をもたらすとも知らずに。

「そうか。…残念だよ」

 ルーファウスは背中越しでも分かるように大げさに肩を落とし、項垂れるフリをしてみみの首筋に唇を落とした。白く滑らかなそれが、自分以外の手に渡ろうとした。否、一度は渡ってしまった。心に灯った失望の念はとっくに、怒りへとその姿を変えている。

「分からせてやろう」

 その声はルーファウス本人が思っている以上に低く、そして感情が籠っていた。
 それを聴覚で感知した瞬間、みみの体温が一気に下がる。ルーファウス神羅を怒らせてしまった。動きは封じられ、この場は彼の自宅。背後にあった筈のタークスの気配も、いつの間にか消え去っている。何をされても、誰にも、助けを求めることができない――最悪、殺されそうになったとしても。
 肩が緊張し、背筋が凍り、心臓が悪い意味でばくばくと逸り始める。

 不意に、手首を冷たい指がなぞった。

「やっ…!」

 みみのその反応は脊椎によるものだった。拒絶を口にしながら右腕が瞬発的に動き、思いきり彼の手を弾いてしまう。殺されるかもしれない、という危機感がそうさせたのだが、緩く触れただけで拒絶を示された男の方はそんなことを知る由もない。

 ルーファウスは弾かれた手をすぐさまみみの肩へと当てるとグルリと立ち位置を交換するようにして身体を反転させ、彼女の華奢な体を乱暴に壁へと押し付けた。全く以って無意味だと思っていた社交ダンスのレッスンがここで活きようとは。尤も、ダンスというにはあまりにも独りよがりだが。

 みみは漸く正面から見上げることのできたその端正な顔に、素直に怯えた。眉を顰め、目を細め、そうして目元には怒りを湛えているのに、形の良い唇は弧を描いている。いつだって涼しい顔で、敵襲にだって好戦的に立ち向かうこの人が。私にだけ、今にも噛みつきそうな、昏い感情を向けている。

「誰でもいいなら、私でも構わないな」

 そう吐き捨てて、ルーファウスはみみの唇に噛み付いた。それはみみが幾度か妄想した甘やかな邂逅ではなく、読んで字の如く歯を立てた、噛み付くようなキスだった。


 * * * * *


「ひぁっ…!?」

 じゅる、と汚い音を立てて吸い上げられ、どこかに飛び去ろうとしていたみみの意識は無理やり現実へと引き戻された。記憶を手繰りながら気をやりそうになっていたことに気が付くと同時に、肉芽にもたらされ続ける快感もまた大きな波となってみみの身体に襲い掛かる。もう何度目かもわからない絶頂の予感に恐怖を覚え、首を横に振った。ルーファウスはそれを、やはり見ようともしない。

 生まれたままの姿で大きなソファに座らされているみみは、床に両膝を突いて淡々とみみに快楽を送り続けるルーファウスの頭を見下ろしている。この男に膝を突かせることのできる人間がどれだけいようかと想像すれば優越感さえ覚えてしまいそうな状況だが、みみにはもう、そんな余裕など欠片も残っていない。

「あ、っイ…ッ!!…あっ、あぁっ…あっ…」

 絶頂に身を硬直させ、込み上げる快楽に抗おうとする。けれどその波を乗り越えてもルーファウスの舌は止まらないどころか、彼の指先がぬるぬると入り口に触れ始めるのでみみは更なる快感を予期して身震いした。だらしなく開いたままの口からは断続的に啼き声が漏れ続け、ずくり、と指が蜜濡れの膣穴へと沈めば首をのけ反らせる。息継ぎも休憩もできない。もうどれだけイカされたかも分からない。

 侵入した指は迷わず奥へと進み、肉芽のちょうど裏側あたりをすりすりと撫でるように押し込む。的確すぎるGスポットへの刺激に腰が浮いた。快感から逃げたくて浮かしたのに、気持ち良さでびくびくと揺らす様はおねだりのようにしか見えない。そう、そうやってぐりぐりと押されるのが一番スキなのを、どうしてこの男は知っているのか。腰をソファへ落とせば、愛液と唾液の混ざった水溜まりがぴちゃりと鳴った。指先を動かしたまま、彼の桜色の唇が肉芽をやわやわと挟む。

「む、りぃ…あッ!い、…イ…っく…!」

 内と外への容赦ない快感が濁流となり、すぐさま絶頂へと追い立てられた。ソファの上に立てた膝が震え、全身が痙攣して足の爪先が反り返る。薄らと微笑みながら顔を上げるルーファウスの舌先からは銀色の糸が垂れていた。彼の親指が、ぬかるみのなかで赤ら顔を主張する肉芽を擦る。膣の中にある指がぐいと曲がる感触で、みみの情緒は限界を迎えた。眉尻が下がり、っふ、という嗚咽を皮切りにして大粒の涙が溢れ、真っ赤に熟れた頬を伝った。

「は、…ぁ…うッ…も、…やだ、ぁ…っ!」

 泣いても責め苦は終わらない。くちゃくちゃ控えめな水音を立てながら、大好きなところを遠慮なく責め立てられる。尿意に似た感覚で肌が粟立ち、みみの顔が強張った。うそ、こんなときに…。ただでさえ怒りを買っているのに、社長室で粗相なんてした日にはきっと、明日の朝日も拝めない。

「ゃ、だぁ…っ!あっ、やだ、…っいや、…でちゃ…っ、!」
「我慢もできないのか」

 耳に届いたのは心底呆れた声なのに、指先の動きは激しくなっている。子宮のあたりがきゅうと張り詰めて、ひくひく動き出した肉壁でそれを締め付けてしまえば次の絶頂は呆気なく訪れた。強く目を瞑り、縛られたままの両手を顔の前にかざしながら、身体を縮めるようにして震わせ、みみは果てた。下腹部に力が籠り、びしゃりと派手な水音が鳴る。排尿とは違うその感覚に違和感を覚え、そろそろと瞼を開いた。
 ガラス張りのローテーブルの上に、透明な水たまりができている。アダルトビデオで見たことのあるその光景に、潮だ、と朦朧とする頭でみみは思った。膣から引き抜かれたルーファウスの指からもまた、同じ液体がぱたぱたと滴っている。

「最低だな」

 低い声にみみの肩が震え、身を縮めて畏縮する。排泄物でないにしろ、彼の居住スペースを濡らし、汚してしまった。絶頂の連続で心臓は逸り続け、息も切れ、甘やかな余韻で蕩けてしまいそうなのに、意識のなかではっきりと恐怖を覚える。

「ごめ、…なさ…」

 潮吹きに詫びればいいのか、そもそもどうすればルーファウスの気が晴れるのか。昨夜ちょっと別の男になびいてしまっただけで、こんなにひどくされるなんて思ってなかった。潮吹きで一瞬引っ込んだ涙が、またも涙腺から顔を出す。

「やれやれ、泣きたいのは私の方だ。お前がまさか、ここまで淫猥な女だとは。…昨日の男もそうやって、熱を込めた瞳で誘ったのか?」

 ルーファウスは片膝をソファに乗せて身を乗り出し、ぬめったままの指先でみみの顎を掬い、顔を上げさせた。みみの唇は空回る。圧を込めた眼差しでこちらを見下げるアクアマリンに、言い訳は愚か、昨夜の状況説明なんて出来る筈もない。

「…ひ、ぅ…ごめん、なさ…」

 瞳に水の膜が張り、そう詫びながらも視界が滲んで、ルーファウスの姿は捉えられなくなった。

「私が、いつ、詫びろと言った?」

 けれど耳に突き刺さる凍てつくようなテノールボイスに、みみは彼の怒りが微塵も解消されていないことを知った。だって、ごめんなさい以外の言葉を発せられるような状況じゃないのに。こうしたのは貴方の方なのに。言いたいことは全部呑んで、泣くばかりではこの場が収まらないことを再認識する。詫びてもだめ。なら、この場から私が逃げ出すためには――彼の欲を満たすことで、使用済みコンドームのように捨てて貰うしかないのではないか。

 ルーファウスのスラックスに触れようと両手を伸べるも、それはすぐに攫われた。頭の上まで持ち上げられ、好戦的な表情を浮かべた端正な容姿を目の前に突き付けられる。さらりと金色の髪が撫でる彼の頬にも、額にも、汗ひとつ滲んでいない。

「言ってみろ」

 何をしようとしたのか。彼の言葉の意図を読み、みみはごくりと唾を飲む。この発言が裏目に出ることはきっとないだろうが、平々凡々とした性生活しか経験のない自分が言うには、少々勇気が要る。

「社長の…を、ください…」

 涙と臆病風を引っ込めながら懸命に声に乗せたが、震えてしまった上に“ソレ”の名称を呼ぶ勇気までは持てなかった。もちろんその欠落をルーファウス神羅が見落とす筈もない。ふん、と鼻で笑われ、羞恥のあまりみみは目を背けた。

「指か?」

 その回答はあまりにも白々しかった。まさか、と縋るような思いで視線をルーファウスへと戻せば、そこにあったのは愉悦で煌々とする瞳と、狂おしいまでに吊り上がった口角だった。笑っている。可笑しそうに。先程までの止めどない責め苦を思い、みみは必死に首を横に振った。もうあんな、快楽が苦しみへと変貌するようなことをされるのは絶対に嫌だ。

「…ぺにす、を、いれて…ください」

 言った瞬間、顔中に熱が溢れた。恥ずかしい。なんて無様な。身体だけでなく、心まで恥辱でぐちゃぐちゃになる感覚。けれどそうして屈服の姿勢を見せたことは、少なからず事態を動かしたようだった。恥じる顔が気に入ったのか、舌ったらずな物言いが気に入ったのか。どちらにせよ、ハハッ!と高笑いした彼の表情に、みみは安堵してしまった。

 掴まれた手首を乱暴に横に振られ、みみはバランスを崩してソファの上に身体を投げ出した。熱を持った肌に革の感触は冷たく、脚や腕に鳥肌が立つ。
 ルーファウスはみみの脚の間に割り込み、見せつけるようにベルトを外し始めた。かちゃ、という金属音すら官能的で、みみはついつい生唾を呑み込み、その手つきを凝視してしまう。

「お望みのものをくれてやる」

 まるで演説の一幕だった。雄弁を振るう彼の物言い通り、黒いボクサーパンツから顔を覗かせたのはヘソにつきそうなほどに隆起した、恐ろしく立派な雄だった。その長さも太さも、血管の浮き出る様も、みみが見てきた男性器と呼ばれるものの上位互換と言っても過言ではない。それをこれから埋められる、と思うとはしたなく子宮口が疼いた。私の本能が、この男の遺伝子を欲しがっているとさえ思ってしまった。

 ルーファウスの片手がみみの腰を掴み、そしてもう片方の手を自身へと添える。ぬる、とその裏筋でとろけきった入り口と勃起した肉芽をなぞられれば、みみの口からは吐息が漏れた。あんなにイって、もう感じたくないとすら思ったのに、挿入を期待して心臓が深く鼓動している。先端でちゅくちゅくと入り口の浅瀬を遊ばれ、呼吸が乱れ始める。もう、わかったから、はやく。

 心の声が聞こえてしまったかと思うようなタイミングで、ルーファウスが視線を上げる。薄い唇の端に赤い舌がちらつき、その笑みを暴虐性が滲むものへと彩った。

「喜べ」
「――ッ、ああっ!」

 圧倒的な質量を沈められていく感覚に、みみは腰を弓のようにしならせた。ほぐれ、潤い、ふやけてふわふわになった肉壁は柔らかくも強くルーファウス自身を締め付け、奥へ奥へと咀嚼するように蠢く。スキンなしのその体温と刺激はルーファウスの眉間に深い皴を刻んだが、みみもまた、もたらされた快感を脳で処理しきれず、彼の表情の変化には気付くことなく瞼をぎゅっと閉じてこの波を乗り越えようとした。けれど抵抗も空しく、膨れ切ったGスポットに傘が届いてしまえばすぐさま瞼の裏で白が弾け、腰が大きく震える。

「イ…っ、もお、…あぁ…っ!」

 中が強烈に締まり、ルーファウスは息を吐いた。

「…っはは…挿れただけでイったのか」
「っう、…あ、…はぁ…っ」

 嘲れば、みみはその両手で顔を隠してしまう。隠し切れない耳がそのふちまで赤く染まるのをどこか愛しい想いで観察しながら、ルーファウスは絶頂直後の弛緩した体に己を奥まで捻じ込んだ。突き当りのこりこりした部分を鈴口で押し上げるように腰を遣ると、腕の中の、薄桃色の肢体が面白いほどにびくんと跳ねる。
 届いちゃいけないところにまで侵入される深い感覚に、みみは戸惑って両手を上へとずらし、自分の下肢へと視線を下ろした。外側からでは何が起きているか伺い知ることは出来ない。けれどルーファウスが腰を引き、ぬめついた凶器を僅かに見せつけてからゆっくりと挿入する様を食い入るように見つめてしまっては、内側の感覚が更に尖って奥歯を噛んだ。いま、ルーファウス神羅に、おかされている。
 感触を確かめるように奥を押し上げていたそれが、やがてとんとんと子宮口を叩き始めた。ちゅ、ちゅく、と接合部から漏れ出す音は控えめなのに、与えられる快楽のえげつなさにみみの首筋が反った。

「ひっ…!あ、ふ、ぁ…んっ…あぁ…っ」
「ほう、奥で感じるのか。誰に教わった?」

 ポルチオと呼称されるそこは開発して漸く快楽を得られるところだ。初めから悦がるとは、見かけによらず余程の好色者か。ルーファウスは蔑むようにしてそれを非難するつもりだったが、戸惑いに眉を顰め、まるで溺れるように喘ぐその姿に認識を改めた。

「ちが…っ、あっ、や、…っう、んっ」

 みみは首を横に振る。揺さぶられながら、泣きそうな顔でルーファウスを見上げる。

「こん、なの、ぉ…知らな…っあ…」

 身体の相性が、あまりにもよすぎる。滑りの良さが増し、中の感触が一層窮屈になる。みみが締めたのか、ルーファウスのそれが質量を増したのか。恐らく後者だろうなとは思いつつも表情には一切出さず、ルーファウスはクッと喉を鳴らした。昨夜の男ではきっとみみのこんな顔を引きずり出せなかった。これは、俺しか知らない。

「そうか」

 少々上機嫌になってしまったその声音を誤魔化すように、後ろを向け、と冷たい声で付け足した。狭い穴からゆっくりと自身を引き抜くと、具体的にそう指示したわけでもないのに、みみは緩慢とした動作で尻をこちらに向けて四つん這いになった。彼女の真っ赤な蕾が、部屋の明かりの下で無防備に晒される。ひく、と蠢いた口からたらりと泡立った蜜がこぼれ、白い革の上へと落ちた。好きな女が、こんなにしてまで己を欲している。湧き上がる情欲を吐息に乗せ、ルーファウスはソファの上に膝立ちになった。自身のそれに手を添え、硬度を増したその先端を、はしたなく涎を垂らす蕾にあてがう。

「自分で動いてみせろ」

 囁けば、みみの白い腰に鳥肌がふつりと湧いた。拒否も抗議もなく、おずおずと腰が後ろへと動き出す。動きは遠慮がちなのに、肉壁は迷いなくルーファウスのそれを飲み込んでいった。正常位の時とは形を変えた中の感触と熱さに、ふ、と吐息を噛み殺す。けれど進みの遅いそれに焦れ、骨盤でみみの尻を弾くようにとんと一度突いてやれば、彼女の尻は弾むようにしてリズミカルに揺れ始めた。

「…っ、あ…きもち、い…っふ、あ、」

 みみは一心不乱に腰を振り、快楽を貪る。悦いところだと教えられてしまった奥の突き当たりを、散々指でいじめられて敏感になったGスポットを、好きな強さと好きなリズムで刺激できてしまう。ルーファウスからは吐息も漏れているし、きっと彼もこれで気持ち良くなっている。そう思うと、律動のペースが上がった。もっと、もっと私で気持ち良くなってください。

「はっ…まるで雌犬だ」

 雌犬。恥じらいもなく秘部を曝け出し、四つん這いで、彼のそれに腰を打ち付ける獣。自分の状況をありありと思い描き、みみは哀しいほどまでに欲情した。あの人に、こんな下品な格好をさせられている。ひどい。人としての尊厳を根こそぎ奪われたうえ、今、私は、絶頂を迎えようとさえしている。

「あ…っ、ぁ…ひっ、…も、イ…っく…ぅ…!」

 好き勝手に動くみみの腰にルーファウスもまた、頂上に近いところまで押し上げられていた。こんな、普段の生意気な態度の欠片も無い獣のような振る舞いを見せられて興奮しない方が無理だ。絶頂にびくびくと痙攣しながら窄まる膣で、ぬるぬる扱かれては限界が見えてくる。オーガズムの余韻で細かく震えるみみの内腿に手を差し込み、接合したままで、彼女の身体を横倒しにした。涙をにじませ、とろみを帯びた彼女の瞳がルーファウスの姿を捉える。

「…さて、どうして欲しい?」

 みみの耳に、その声は水の中で聞くような、ぼわぼわと篭った音で聞こえてくる。

「このまま奥で出してしまえば」

 ルーファウスの指先がそろりと伸びて。

「お前の人生は、いとも容易く」

 みみの胎の上を、するりとなぞる。

「私のものになるが」

 お前自身で、俺を選べ。そう圧を込めた瞳が、いつも社長室で見るような余裕の笑みと共にみみに選択を迫る。バカみたいだ、とみみの思考が若干冷えた。選択の余地もないのに、私の口から言わせたがる。自分は確実なことをひとつも言わないで、私にばかり。彼はこうして女性を隷属させているのか。まるで、秘書課に愛人を囲い、子種をバラ撒いて、結果的にお金ですべてを黙らせた――

「…先代みたい」

 ぽつ、と呟けばルーファウスの水色の虹彩に沈む瞳孔がはっきりと収縮した。その顔色の変化に、夢見心地でいたみみの意識が急速に現実味を取り戻す。生温い汗が頬を伝い、失言をどう訂正するか迷って唇を開閉させている間に、彼の表情には自嘲が灯る。

「…そうだ」

 ルーファウスは静かに肯定しながら、みみへの仕打ちを顧みる。嫉妬に狂い、手籠めにしようとした。身体を支配し、心まで屈服させ、挙句にはその未来まで今、奪おうとしていた。俺の執着のせいでみみは、すべてを失うところだった。あの糞親父に人生を踏みにじられた、哀れな女たちのように。
 俺は、結局、親父と同じなのか?
 その自問は一滴の雫のように音もなく落ちてきて、ルーファウスの心に大きな波を立てた。怯えるみみの視線を受け、その唇は戸惑い迷う自分を置いてけぼりにしたまま、雄弁に語り出す。

「お前は、馬鹿親父のような愚かな男に抱かれて、人生を台無しに――」

 するんだ、と死刑宣告のように告げるつもりが、身体を前に引き倒されてルーファウスは息を詰めた。みみの両腕が頭から背へと回り、ぎゅっとルーファウスのことを抱き寄せる。

「台無し、なんて、思わないよ」

 哀しい自傷をすぐにでもやめさせたくて、みみはルーファウスの耳元ではっきりとそう言った。ルーファウス神羅を愛するということは、その血筋を負うということだ。そこまでの覚悟があるかと問われればまだ迷ってしまうが、少なくともそれを嫌だとは思わない。だから、奪うなんて表現をしないで欲しい、私はプレジデントの女たちとは違う。あなたと生きることを、自分で選ぶ。だって、どうしても、この男が好きだから。哀れな女?上等だ。もう、確実な言葉も貰えなくていい。

 ルーファウスが身を起こし、息が混じりあってしまうような距離で、注意深くみみの瞳の奥を覗く。そこに怯えばかりが見えてしまわないように、みみは必死で彼と交わしてきた日々を思い起こした。初めて触れた指先の温度。絡み合った視線。微笑まれたときの、胸の高鳴り。
 みみの唇に、ルーファウスの唇が重なる。体温を含んだ、甘い粘膜同士の触れ合いにみみは目を見開いた。けれど膣の中で息を潜めていた熱の塊が前触れもなく弱りきった奥をぐいと押し込むので、みみはルーファウスの口の中に悲鳴を吐いた。

「ひ、ぁっ!?」

 横向きに畳んでいた足を器用に開かされ、ルーファウスの未だ硬度を保つそれを奥まで穿たれる。細かく断続的に子宮口を押し潰す腰の動きには容赦がなく、あっという間にみみから理性を引き剥がした。抱き締めるように身体を圧迫して押さえ込まれているせいで腰を逃がすこともできない。真上から与えられ続ける信じられないような快感に、口を開いたまま鳴き喚くことしかできない。
 ルーファウスの顔はみみの顔のすぐ横に伏せられ、ふう、と獣のような息を漏らしている。普段の気品や余裕からは程遠い様子に、みみはぞくぞくと寒気にも似た興奮を覚え、すぐに上り詰めた。

「あッ!ふ、ぁ、はっ、も、っ…むり…ぃ…ッあああ!」
「……っ、く…!」

 享受しきれなくなった快感が爆ぜて、頭の中に火花を散らす。ぎゅう、とルーファウスの根元から先端までを濡れそぼった肉で抱き締めてしまえば、彼は苦しそうに呻いて彼自身を勢いよく引き抜いた。腹の上に生温い液体が落ちてくる感覚を覚えながら、みみは微睡みに任せて瞼を閉じる。精液の生臭さと、愛液の酸っぱい匂いに交じって、ルーファウスの香水が香った。


 * * * * *


 みみが目を覚ましたのは広いベッドの上だった。白いシーツのなかで働かない頭を無理やりに動かす。ここは、ルーファウスの寝室だろうか。起きたか、と労わるような声に目を向ければ、バスローブに身を包んだ美しい青年がこちらに向かって歩いてくるところだった。濡れた金色の髪を大きな手が搔き上げ、みみはそれがルーファウス神羅であることに漸く気が付く。濡れた金色の髪は彼の目元を覆う程度に長く、普段精悍で冷たささえ漂わせる彼の顔の印象をかなり幼くしていた。会社では見ることの叶わないその姿に、みみはぽかんと口を開く。とんでもなく、かっこいい。

 暫し見惚れていると、ルーファウスはみみのすぐ傍までやってきた。その雰囲気に先程までの苛立ちや冷たさは無く、まるで社長室でコーヒーを勧めてくるときのように、水でも飲むか、と問うてきた。みみはお願いしますと答え、ついでに今の時刻を訊く。午前1時半だと聞けば溜息を零し、拗ねたように漏らす。おなか、空きました。…お前がシャワーを浴びたら、何か用意させよう。どこまでも柔和で平和なその受け答えに、みみはふふっと笑った。

 よく冷えた水を硝子のコップから一口煽り、嚥下してから、みみは己の手首に赤々と残る痕に気がついた。ネクタイとの摩擦で擦り傷のようになり、薄らと血すら滲んでいる。なのに何事も無かったように接してくるこの男をちくりと刺してやりたくなって、言葉を探した。ふと、意識が消える前に腹の上に吐かれた精のことを思い出す。

「…愚かな男じゃなかったですね」
「愚かなのはお前の方だ」

 ルーファウスは一糸纏わぬみみの背中にバスタオルを掛けてやり、強い語気でそう答えては彼女の首筋をつっと爪の先でなぞった。忌々しい紫色の、人が唇で吸わないと出来上がらない筈の鬱血痕。
 そう言われてみれば、確かに、あの男の誘惑に安易に乗った私にも非はある。でも、そもそも社長が私に好きだとさえ言ってくれればあんなこともなかったのに。この感情をどう伝えるべきか、みみは視線をコップの中の水に落として暫し考える。

「……ちょっと、気を引きたかったんですよ」

 ちろ、と視線だけを向けてルーファウスを見上げる。彼は深々と息を吐き、みみの隣へと腰を下ろした。彼の体重分でベッドが沈み、みみの身体が彼の肩に寄り添うように傾いてしまう。ルーファウスはその至近距離にまで近づいてきた彼女の耳に、囁き声を流し込む。

「なら、やり方を教えてやる」

 気を惹きたい、という理由で今後も男と―今回これだけ思い知らせればもう大丈夫だろうが―寝られるようなことがあっては困る。ルーファウスは伸べた腕で彼女の肩を抱くようにして、その首筋に触れる。

「まずはその男と縁を切り、」

 首筋に触れた手を、背をなぞるようにして下げていく。腰を抱けば、ぴく、と細い肩が揺れた。

「俺の目を見て、」

 みみは、ゆっくりとルーファウスを見上げた。

「最初からあなたしかいない」

 …ですよ。申し訳程度に敬語を付け足し、みみはルーファウスの言葉を制するようにしてそう告げた。何事かを発そうとしていたルーファウスの唇が閉じ、やがてゆるやかな弧を描く。

「…及第点だ」

 そう言った声はどことなく嬉しそうなのにどこまでも偉そうで、みみはすっかり緊張感を失って声を上げて笑ってしまった。昨夜の男と身体の関係には至ってません、という一言は調査報告をしたタークスくんに悪い気がして、墓場まで持っていくことにする。
それにその方がきっと、ルーファウス神羅は私に固執し続けてくれる。
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