そのあとも、波は何度も訪れた。

ルーファウスは急がず、ただ丹念に、同じ場所を、同じ速度で、時折わずかに変化をつけながら触れ続けた。みみの身体がどう反応するのかを、まるで記憶させるように確かめながら。

そのたびに、みみは小さく声を上げ、身体を震わせ、やがて力を失って彼に預ける。それを抱き留め、落ち着くまで待ち、また次の波を呼ぶ。繰り返すうちに、みみの思考はとろとろと溶け、ただ身体の感覚だけが残っていった。

最後の波が引いたあと、みみは完全にぐったりとしていた。腕も脚も思うように動かず、胸が上下するのを感じるだけで精一杯だ。

ルーファウスは、その様子を見下ろしながら、深く息を吐いた。

(……ここまでだ)

そう判断し、彼はゆっくりと彼女を抱き直す。乱れた呼吸が落ち着くまで、髪を撫で、背中をさすり、何もせずに待つ。ここから先へ進めば、もう後戻りはできない。その一線を越える覚悟が、彼女にあるかどうか――それだけを、確かめたかった。

「……今日は、ここまでにしよう」

低く、穏やかな声。

みみは、半分とろけたままの意識でその言葉を聞き、少しだけ眉を寄せた。そして、ゆっくりと彼の服の裾に手を伸ばす。

力の入らない指で、控えめに、きゅっと引いた。

「……るー……」

声はまだ掠れているが、その響きははっきりしていた。

「……そのままで、大丈夫、なので……」

一度、息を整える。

「……最後まで……」

おねだりというには、あまりに控えめで、あまりに必死な声音だった。

ルーファウスの動きが止まる。

彼は一瞬、目を伏せ、それからゆっくりとみみを見下ろした。熱に霞んだ瞳の奥に、迷いはもうなかった。あるのは覚悟と、抑え続けてきた欲と、それでもなお彼女を大切にしたいという意志だけだ。

「……後悔、しないな」

「……しません……」

小さく、しかし迷いのない返事。

それを聞いたルーファウスは、何も言わずに立ち上がった。衣服を一つずつ外し、最後に彼女の前へと戻る。

均整の取れた身体が、ランプの淡い光に浮かび上がる。無駄のない筋肉のラインと、積み重ねてきた時間が刻まれた輪郭。それを目にした瞬間、みみは思わず息を呑んだ。

「……すご……」

自分でも驚くほど素直な言葉が漏れる。恥ずかしさに頬が熱くなるのに、目を逸らせない。恐れよりも、見惚れてしまう気持ちのほうが勝っていた。

一方で、別の不安も胸をよぎる。

(……大丈夫、なのかな……)

彼の存在感は、はっきりと分かるほど大きい。自分の身体が受け止めきれるのか、痛みで苦しくなってしまうのではないか。そんな心配が、遅れて湧いてきた。

けれど、その不安を見透かしたように、ルーファウスはすぐに彼女のそばへ戻り、視線を合わせる。

「無理はさせない」

静かに、断言するように言った。

「ここまで、時間をかけた理由を忘れたか?」

みみは、はっとする。

確かに彼は、最初から急がなかった。触れ方も、進み方も、すべてが「慣れるため」のものだった。身体が拒まないように、怖がらないように、少しずつ。

「……うん……」

「痛いなら、すぐ止める」

「……でも」

彼女の頬に手を添え、親指でそっと撫でる。

「今の君は、もう『痛みだけ』を感じる状態じゃない」

その言葉通り、みみの身体は、すでに彼の存在を拒まないどころか、自然と受け入れる準備が整っているのを、自分でも薄々感じていた。わずかな違和感はあっても、それ以上に、奥のほうで待っている熱を、確かに想像できてしまう。

「……るー……」

不安よりも、信頼のほうが勝る。

その名前を呼ぶ声に、すべてが込められていた。

ルーファウスはそれを受け取り、ゆっくりと彼女を抱き寄せる。動きはどこまでも慎重で、彼女の呼吸と心拍に合わせるように進めていく。

そして、最初のわずかな痛みが過ぎ去ったあと――みみは、驚くほど早く気付いてしまう。

(……あ……)

苦しさよりも、じんわりと広がる感覚のほうが勝っていることに。

それは、彼が時間をかけて身体をほぐし、慣らし、安心させてきた結果だった。触れられるたび、抱き留められるたび、みみの中に積み重なっていたものが、ここで一つの形になる。

「……大丈夫、だな」

耳元で囁かれ、みみは小さく頷く。

「……うん……」

その声には、もう迷いはなかった。

コスタの夜は静かで、波の音だけが変わらず続いている。

その中で、二人はついに、最後の一線を越えた。それは衝動ではなく、積み重ねた時間と信頼の延長線上にある、静かで確かな選択だった。

---

ルーファウスは、みみの上に静かに覆い被さったまま、腰をぴたりと止めていた。

深く繋がりながらも、一切動かない。その代わりと言うように、彼はゆっくりと上体をかがめ、みみの唇に柔らかなキスを落とす。

最初はそっと触れるだけの口づけだった。触れて、離れて、また少し長く触れて。形を確かめるように、唇の端を撫でてから、今度は真正面から重ねる。

「……ん」

みみの喉から、自然と小さな声が漏れる。

彼の手が、シーツの上でみみの手を探し当てる。指先に触れると、そのまま絡め取るように握った。いわゆる恋人繋ぎの形に指を絡ませ、ぎゅっと力を込める。

「みみ」

唇が離れた一瞬に、低く名前を呼ぶ。

目と目が合う。いつもは冷静な青い瞳が、今はひどく近く、どこまでも熱を帯びている。その視線に射抜かれて、みみは思わず息を飲んだ。

すぐに、再び唇が塞がれる。

今度は最初から深い。息をする隙を探さなければいけないはずなのに、不思議と苦しくない。舌が触れ合い、絡まり、離れて、また求め合う。長い時間をかけて「練習」してきた動きが、今はどこか自然な呼吸のようですらあった。

恋人繋ぎにされた手に、時折ぐっと力がこもる。そのたびに、指と指の間の熱が増していく。繋いだ手だけで、彼がどれほど自分を大事に扱おうとしているかが分かってしまって、胸の奥がじんと熱くなる。

「……はぁ……っ」

長いキスの合間に、ようやく空気を吸い込む。頬は火照り、目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。息を整える暇もなく、また唇が重なる。

何度も、何度も。

舌が絡み合うたび、意識がふわりと浮くような感覚に襲われる。頭の芯がとろんとして、どこに力を入れればいいか分からなくなっていく。気づけば、さっきまで気になっていた下腹部の違和感も、輪郭がぼやけていた。

代わりに、妙なもどかしさだけが、じわじわと意識の隅に残る。

(……動かない……)

深く繋がっているのに、ルーファウスは一向に腰を動かそうとしない。ただ、みみの上に覆い被さり、手を強く握りしめ、延々とキスだけを続けている。

ゆっくりと、ねっとりと、息が続かなくなるほど長く。

「……るー……」

唇が離れた隙間に、かすれた声で名前を呼ぶ。自分でも驚くほど甘く掠れた声だった。

「あの……」

何かを言おうとして、言葉が喉で溶ける。何を望んでいるのか、自分でもはっきり口にするには勇気がいる。その代わりに、身体のほうが先に動いてしまった。

ぐずぐずと、彼に擦り寄る。

腰を少しだけ揺らし、胸元にしがみつき、繋いだ手をぎゅっと握り返す。自分でも抑えきれないむず痒さが、身体の奥からじわじわとせり上がってきて、じっとしていられなくなる。

「……もぞもぞするな」

頭上から、苦笑混じりの声が落ちる。

「俺の理性に、あまり優しくない」

言葉とは裏腹に、その声はどこか楽しそうですらあった。みみがふるふると首を振る。

「だって……」

言い訳を探して、うまく見つからず、結局そのまま彼の胸に顔を埋める。

「……るーが……キス、ばっかりするから……」

掠れた抗議に、ルーファウスの喉から低い笑いが漏れた。

「キスは、嫌いか?」

「き、嫌いじゃ……ないです……」

「なら、問題はない」

即答だった。

そう言って、また唇を重ねる。今度は先ほどよりもゆっくりと、じっくりと味わうように。舌の動きも、口づけの角度も、ひとつひとつ確かめるように変えながら、長い時間をかけて絡め合う。

「……っ、ん……」

みみはもう、頭の中まで甘く痺れていた。繋がっている場所のもどかしささえ、次第に「彼の温度を確かめるもののひとつ」として溶け込んでいく。腰の奥がじんじんと熱を持ち始める頃には、抗議する気力も薄れていた。

繋いだ手のひらに、汗が滲む。指先が震える。

ルーファウスは、そのすべてを掌の中で受け止めながら、ただひたすらキスを重ね続けた。

動かない代わりに、繋がったままの時間を、ゆっくりと、丁寧に、ふたりの間に刻み込むように。

---

やがて、キスの合間に落ちる言葉も、指先の力加減も、目を合わせた瞬間の視線すら、どれもが同じことを語り始める。

——焦らない。

——急がない。

——でも、離れない。

みみは、いつの間にかそれを理解していた。

だから、もどかしさが募るたびに、ほんの少しだけ腰を揺らしてしまう自分を恥ずかしく思いながらも、それでも彼の胸にしがみつくことだけはやめなかった。

ルーファウスは、そのすべてを「可愛い」と思いながら、なおも自分を抑え続ける。

彼女を急いで大人にするのではなく、彼女自身が自然と「欲しい」と思えるまで――。

夜は、波の音と、長く甘いキスの音だけを伴いながら、静かに更けていった。

---

じれったさが、とうに限界を越えていた。

深く繋がったまま、ルーファウスはただキスだけを重ね続ける。指を絡め、唇を何度も味わい合ううちに、みみの中で「違和感」はとうに溶けていた。代わりに残っているのは、じんじんと奥で熱を持ち続ける、どうしようもないもどかしさだけだ。

「……るー……」

唇が離れた一瞬に、みみはかすれた声で名前を呼ぶ。涙の名残で少しだけ濡れた瞳が、至近距離で彼をとらえる。頬は火照り、唇はキスで少し腫れている。その顔を見ただけで、彼の胸の奥がきゅっと締め付けられた。

「どうした」

落ち着いた声音を装うのも、そろそろ限界に近い。それでも、ルーファウスは最後まで彼女に選ばせようとするかのように、静かに問いかけた。

みみは繋いでいた手をぎゅっと握りしめる。視線が揺れ、ためらいが喉元で何度もつかえたあと――絞り出すように言葉が零れる。

「……うごいて……」

掠れた、泣き出しそうな声。

「……おねがい……るー……」

その一言で、理性の端がばきりと音を立ててひび割れた気がした。

こんな顔で、こんな声で、自分の名前を呼んで頼られて――どうして冷静でいられるだろう。抱き潰してしまいたい衝動が、喉元まで上がってくる。

ルーファウスは、ぐっと奥歯を噛みしめた。

(落ち着け)

ここで衝動に任せたら、今まで積み上げてきたものが台無しになる。彼女が恐怖ではなく、ちゃんと「欲しい」と思って差し出してくれた気持ちに応えるためにも、最後まで自分でブレーキを握っていなくてはならない。

みみの額にそっと唇を押し当てる。ひと呼吸、ふた呼吸。彼女の鼓動と自分の鼓動の速さを確かめるように、静かに息を合わせた。

「……分かった」

耳元で、低く告げる。

「痛かったり、怖くなったら、すぐ言え」

「……うん」

みみは、小さく頷いた。指先を絡めたまま、その手を頼るようにぎゅっと握り返す。

ルーファウスは、繋いだ手に力を込めたまま、ようやくほんの少しだけ腰を動かした。慎重に、彼女の表情を確かめながら、ごく浅く。

みみの喉奥から、抑えきれない息が漏れる。

「……っ」

痛みというよりも、今まで感じたことのない深さへの戸惑いと、そこからじんわりと広がる熱。彼女の眉が一瞬きゅっと寄り、すぐにほどける。

「……大丈夫か」

「……うん……」

かすかな声。けれど、そこに怯えはなかった。

ルーファウスは、何度も何度もその反応を確かめるように、浅い動きを重ねていく。急いだり、深く突き進んだりはしない。あくまで、彼女の身体が自分の形を覚えていくのを待つように。

すぐそばで目を合わせ、唇を重ね、言葉より長い時間をキスに費やしながら、ふたりだけのリズムをゆっくりと見つけていった。

---

どれくらい時間が経ったのか、みみにはもう分からなかった。

痛みはとうに消えていて、代わりに、ルーファウスの動きに合わせて胸の奥から押し寄せてくる波だけが、何度も何度も身体をさらっていく。

名前を呼ぶ声も、息の音も、触れ合う肌の感触も、すべてが混ざり合って、頭の中は真っ白だ。何度目かの頂きに攫われたあと、力が完全に抜けてしまい、みみはそのまま、彼の胸に半ば沈むようにして崩れ落ちた。

ルーファウスは最後まで彼女を抱きしめたまま、その細い身体をしっかりと支え続けた。彼自身の高ぶりもぎりぎりのところで昂ぶりを鎮めるように、彼女の髪に顔を埋め、肩越しに荒い息を誤魔化す。

やがて、波が完全に静まった頃。

小さな寝息が耳元で聞こえ始めた。

「……みみ?」

呼びかけると、彼女は僅かに身じろぎし、くたりとルーファウスの胸に頬を押し付ける。瞼は重そうに半分だけ開いて、すぐにまた閉じた。

「……ねむ……」

か細い一言が、彼のシャツにくぐもって消える。

ルーファウスは、ふっと笑みを漏らした。さっきまであれほど必死に名前を呼んでいたのに、今はすっかり力が抜けて、腕の中で小さく丸まっている。

「……寝ていい」

彼は囁きながら、シーツを引き上げ、彼女の肩までそっと掛ける。自分の体温が逃げないように、みみを胸にぴったりと抱き寄せた。

コスタの夜風が、カーテンをわずかに揺らす。波の音が、遠くで絶え間なく続いている。

ルーファウスは、腕の中の温もりを確かめるように、彼女の背をゆっくり撫でた。先ほどまでの熱の余韻が、まだそこに微かに残っている。

(……やっと、隣にいる)

何年も願い続け、手放しそうになって、それでも諦めなかったものが、今は静かに胸の中で眠っている。

彼は目を閉じ、彼女の寝息に耳を澄ませた。

ミッドガルに戻れば、また戦場のような日々が待っているだろう。父との権力争いも、アバランチの動きも、タークスの立ち位置も、どれひとつとして軽くはない。

だが、少なくともこの三か月――。

「……君を、甘やかすために使う」

小さく呟いた言葉は、みみには届いていない。

それでよかった。

彼女には今はただ、眠っていてほしい。何も考えず、何も怖がらず、彼の腕の中で安心して息をしていてほしい。

ルーファウスは、うとうとと眠りに落ちていくみみの髪に、そっと口づけた。

夜が、静かに深くなっていく。

やがて彼自身も、彼女の安定した寝息に引き込まれるように、ゆっくりと瞼を閉じた。