朝いちばんに目を覚ましたのは、ルーファウスだった。

カーテンの隙間から細い光が差し込んでいる。コスタの朝特有の、どこか湿り気を含んだ柔らかな光だ。それが、ベッドの上に落ちている白いシーツと、その上で静かに眠るみみの輪郭を淡く浮かび上がらせていた。

腕の中には、まだ昨夜と同じように、彼女が収まっている。

小さく丸くなって、彼の胸元に頬を押し当てるように眠る姿は、いつもの仕事中に見せるきりっとした秘書の顔とはまるで別人だ。乱れかけた前髪が頬にかかっていて、その下から、長く濃い睫毛が眠りの影を落としている。

ルーファウスは、しばらくの間、ただ黙ってそれを見つめていた。

呼吸は規則正しく、時折、ふわりと小さく口元が動く。そのたびに、胸板の上に伝わる温度が変わるようで、彼のほうまで不思議と穏やかな気持ちになった。

「……よく眠っているな」

誰に聞かせるでもなく、ごく低く呟く。

右腕の中にいる彼女の頭に、左手をそっと伸ばした。乱れた髪に指を差し入れ、根元から毛先へと、丁寧に梳くように撫でる。カシスブラウンのゆるいウェーブが、指の間をさらさらと零れ落ちた。

頬にもそっと指先を滑らせる。柔らかな肌が、ほんの少しだけ体温を主張して掌に触れる。その感触が、妙に胸に染みた。

(……生きて、隣にいる)

ただそれだけのことなのに、やけに重く感じる。あの長い「不在」の時間を思えば、腕の中に確かな重みとして存在していることが、今でも少し信じられない。

指先が彼女のこめかみから耳の後ろをなぞり、さらにゆっくりと首筋のあたりまで降りていく。布団の端に触れ、軽く持ち上げた拍子に、そこから素肌がわずかに覗いた。

白いシーツと朝の光の狭間で、細い鎖骨と、その下のなめらかなラインがちらりと露わになる。

ほんのそれだけの露出なのに、脳裏に昨夜の光景が一気に蘇った。

熱で頬を染めて、力の抜けた目で彼を見上げてきた顔。呼吸が追いつかず、名前を掠れた声で何度も呼ぶ唇。触れられるたび、重ねた手に力を込めて彼を確かめるようにしていた指先。何度も波に攫われ、最後には泣きそうな顔で「お願い」と縋りついてきた姿。

(全部、俺だけが見た)

そこまで思ったところで、胸の奥がずきりと鳴った。

今さらのように、はっきりと自覚する。

自分の中にこれほどまでに強い独占欲があったのか、と。

誰であってもいいわけがない。みみのあの表情も、あの声も、あの無防備な姿も、他の誰にも見せる気などさらさらなかったことを、昨夜の瞬間瞬間で痛感していたはずだ。

けれど、こうして落ち着いた朝の光の中で、改めて彼女の素肌に触れ、眠る顔を見下ろしていると、その事実が別の形で胸に突き刺さってくる。

(こんなにも、独り占めしたいと思っていたのか)

仕事も権力も、神羅の名も、彼にとっては「手段」であることが多かった。奪い、取り返し、手中に収めることはあっても、「離したくない」とまで思ったものは多くない。失っても代わりが利くものばかりだったからだ。

だが、腕の中の彼女だけは違う。

誰かに見られるのも、誰かに触れられるのも、笑いかけられるのも、できることなら全部、自分ひとりのものにしておきたいと——そんな子どものような願望を抱いている自分が、確かにここにいる。

「……やれやれ」

苦笑が漏れる。

そんな自分を、どこか滑稽にさえ感じながらも、否定する気にはなれなかった。あの夜を経てしまった以上、今さら「適度な距離を保った副社長と秘書」に戻るつもりも、戻れるとも思っていない。

寝顔を見つめながら、ルーファウスはそっと指先で彼女の頬をもう一度撫でる。

「君は、本当に……」

そこまで言って、言葉をそこで切った。

あまりにも直接的な言い回しは、まだ本人が起きていないうちに口にするには、あまりに照れくさい。代わりに、彼はただ、少しだけ腕に力を込める。

引き寄せられたみみが、むにゃ、と小さく口を動かした。まつげがふるりと震えたあと、また落ち着いた寝息へと戻っていく。

その仕草が可愛くて仕方がなくて、ルーファウスはもう一度、彼女の髪に顔を埋めた。

胸の奥に根を張った独占欲は、もはや消すべきものではない。守るべきものとして、彼の中に居座りはじめている。

(君が望むなら——)

それを、鎖ではなく拠り所に変えていけばいい。

海鳴りの音が、窓の外から穏やかに響いていた。朝は静かで、まだ誰にも邪魔されない。

ルーファウスは、その時間が許す限り、腕の中の彼女を撫でながら、ひとり静かに思考を巡らせ続けた。