結局、彼女は目を覚まさなかった。
昨日意識が途切れる直前彼女は笑っていた。それを見た俺は、彼女が目を覚ますと思っていた。しかし彼女は目を覚まさなかった。何か他に原因があるだろうと先生は言う。自殺じゃなくても、目を覚まさない理由が。でも期待せずにはいられない、彼女が今日目を覚ますのではないかと。
「カラ松くん、なまえちゃんの具合はどう?」
「トト子ちゃん!それがもうすぐ目を覚ますかもしれないんだ!」
「本当!?早く目、覚ますといいねえ!」
トト子ちゃんがそう言った瞬間、心電図に映っている一定の波が小刻みに揺れて始めたのが見えた。すると慌てたように看護師の相田さんが部屋に入ってきた。それからすぐにデカパン先生が駆けつけ、俺たちは病室から追い出された。俺は何が起こったのか全く理解できず、ただ立ち竦んでいた。
「今日はもう面会は難しいので、明日改めていらしてください」
そのあとどうやって帰ったのかは覚えていない。特別何かがあったようには見えなかった。帰ってからみんなに彼女はどうだったかを聞かれたが何も答えられなかった。目が覚めるかもしれないと意気込んで出掛けたはずの俺が、青ざめた顔で戻ってきたのだから誰もそれ以上聞くことはなかった。こんな状態で帰ってくるなんて思ってもいなかっただろう。自分自身思ってもいなかった。
それでも確かめなければ。明日もう一度センシングをして彼女に何があったのかを。安定していないからセンシングは不可能だと言われても、頼み続けよう。彼女が目を覚ます可能性が消えたわけではない。一つ一つ解決していけば彼女は目を覚ますのだから。
次の日、デカパン医院へ受付開始の時間に着くよう家をでた。なるべく早く彼女の問題を解決したかった。幸いなことに、彼女の容態は落ち着いていたのでセンシングはすんなり受け入れてもらえた。
*
目を開けるとそこは小学校の校舎裏だった。なぜ、小学校…?辺りを見回しながら歩いていると幼い女の子の声と、泣いているような声が聞こえる。二人いるようだ。声がするほうへ歩いていく。近づくにつれて聞いたことある声のような気がして歩いていた足が速くなる。
「返して!返してよ!私の、カラ松くん!返してっていってるの!聞いてる!?返しなさいよ!」
そう言いながらなまえの頬や頭そして体を思いっきり叩いている幼い女の子がいた。二十歳過ぎた女性が、うずくまり幼い女の子に叩かれているなんとも奇妙な光景だった。なんだ、あれは。
彼女は小学校の頃いじめられていた。もちろん俺たちやトト子ちゃんが原因だ。その現場を見かけるたびに守ってきた。もちろん未然に防げることは防いだ。しかしずっと一緒にはいることはできなかったので、すべての事から守るのは不可能だった。体育の時なんかは特にそうだったので、トト子ちゃんに気にかけてもらうよう頼んでいた。そう、トト子ちゃん、に…。
「やめろ!やめてくれ、トト子ちゃん…」
「カラ松、くん…」
幼いトト子ちゃんは俺を見て一瞬固まったが、すぐにどこかへ走っていってしまった。
そういえば、一度だけ頬を腫らして帰ってきた日があった。「なんでもない、転んだだけ」と言い続ける彼女にそれ以上聞くことはできなかった。それは、トト子ちゃんがしたことだったから俺たちには言えなかったのかもしれない。俺たちがトト子ちゃんのことを好きなのを知っていたから。だから、お前は…。そうだとしたら昨日、トト子ちゃんの声に反応したということか。
「なあ、守るよ。お前を苦しめる全てから。それがたとえ俺達の大好きなトト子ちゃんだったとしても、俺はお前を守るよ」
「無理だよ…どうせトト子ちゃんのこと突き放せないでしょ。だって、だってカラ松、トト子ちゃんのこと好きじゃない!」
「お前がそれを望むならお安い御用さ。それに俺の一番は、昔も今もお前だよ」
そう言い彼女の目を真っすぐ見ると、彼女の瞳から涙が溢れていく。俺がトト子ちゃんを好き?笑っちまうな…。好きは好きでも恋愛感情じゃない。ただの幼馴染としての好きだ。それ以上でもそれ以下でもない。最初からお前のことが好きだったんだ。だから安心してくれ、トト子ちゃんからだって守って見せる。だから、頼む。また俺の隣に戻ってきてくれ。
「…本当?私も。昔も今も、カラ松がずっと一番だよ」
泣きながら笑う彼女が、消えていく。
「待ってくれ!なまえ!」
意識が途切れる。
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