目を覚ますと相田さんや他の看護師さん達が切羽詰まった顔で慌ただしく動いていた。消える直前にあいつが、ありがとうさよならと言っていたような気がした。はっきりと聞こえたわけではないが、口の動きがその言葉を指していたと思う。
「あの、相田さん…なまえは…」
「松野さん起きられたんですね。それが…」
俺を見る相田さんの表情は暗く、途切れた言葉の続きが良くないことだと嫌でもわかった。やっぱりだめだったのか。笑いながら消えていく彼女が頭から離れない。あれでもう満足だって言うのか。俺はあの言葉からまた始めようって、昔のことなんか忘れさせるくらいお前のこと幸せにしたいって、本気でそう思ったんだ。なのにお前はもういいのか?
彼女が眠っているであろう隣の病室を見つめる。
「心肺、停止です」
隣の部屋から微かに聞こえた言葉に、病室にいる全員が顔を伏せた。絶対守るってそう言ったのに、何でお前は俺の前から消えようとするんだ。どうしたら俺はあいつを救えるのか、守れるのか。…もう、わからない。それでもやっぱり俺は……。
「あの、なまえとセンシングさせてください。今ならまだ間に合います。絶対連れ戻してみせます」
「ダメです!1日2回するのは危険です!」
「お願いします!あいつを、なまえを失いたくないんです……」
「…準備してください。死にはしないとは思いますが、何かあると思ってくださいね。それと、先生には事後報告しますので一緒に怒られてください。それでもよければ」
「相田さん…!ありがとうございます、よろしくお願いします。」
これで、最後だ。
*
「おーい、カラ松くん」
「ん…なまえ……?」
「残念、トト子でしたー!もう、カラ松くんってばせっかく追い出してあげたのにまた来たの?」
「追い出したって…フッ俺はなまえが起きるまで何度だって来るさ。それよりなまえは?」
「私はカラ松くんのことを想って追い出してあげたのに、カラ松くんはなまえちゃんのことばっかり…本当にやんなっちゃう!…でもさあ、トト子知ってるよ、これが最後のチャンスなんでしょ?」
「っそれは……!」
「そんなカラ松くんに優しいトト子からのプレゼント〜!今から30分以内になまえちゃんを見つけることができたら返してあげる。はい、スタート!」
「え、ちょっ、え!?」
「頑張ってね〜」
突然の事に戸惑うが、トト子ちゃんの言葉を聞いて安心した。トト子ちゃんが俺を追い出したってことは、彼女の意志で戻って来ないというわけではないようだ。彼女の中に住み着いているだけあって、トト子ちゃんにはこれが最後のチャンスというのもわかるらしい。30分……短いな。とにかく彼女が行きそうな所を片っ端からあたってみよう。
*
相変わらず街には誰もいなかった。これなら見つけやすい。とりあえず彼女の家から行くことにした。家に入って探そうとすると、馬鹿にするように「そんな簡単な所にいるわけないでしょ」とトト子ちゃんの声が聞こえた。トト子ちゃんの姿は俺には見えないが、あっちには俺の事が見えているらしい。ここにはいないという事がわかったので、急いで次の場所へ向かう。
小さい頃に見つけた二人だけの、秘密の場所。まあ秘密の場所といっても、家の近くにある駐車場のことだが。二人になれればどんな場所でもよかった。車の後ろに座れるような石が置いてあるので、そこに座ってよく話した。
ここにも彼女はいなかった。あの頃彼女が座っていた石の上に花が置いてあるのが見えた。手に取ってみると、それは俺が彼女にあげた誕生日プレゼントの、花で作った格好の悪い指輪だった。それでも彼女は綺麗と言って喜んでくれた。しかしあげた次の日に、無くしてしまったと泣きながら謝ってきたのだ。それがなぜここに……。
「それね、なまえちゃんが私にくれたの」
恐らく彼女はあげたのではなく、奪われたのだろう。トト子ちゃんの言葉に俺は反応せず、指輪を持ったままその場をあとにした。
その後、行く場所すべてに俺が彼女にプレゼントした物が置いてあった。それは全部、彼女が無くしたと言っていたものだった。
「それもくれたの」「捨てようとしてたからもらったんだー」「あ、それはトト子の誕生日にくれたやつ」「欲しいって言ったらいらないからあげるって言ったのよ」「それはなんでもらったんだっけなー忘れちゃった」
彼女を探せば探すほど、知りたくないことばかり見つけてしまい自然と足が止まる。そうだよな、プレゼントを全部無くすなんておかしいよな。気づいてやるべきだったよな。俺はお前を祝ってるつもりだったが、お前は辛い思いをしていたんだな。これ以上そんな思いをしないように、このまま眠ってしまうのが彼女にとっては一番なのだろうか……。
「あと5分だよ、大丈夫?」
トト子ちゃんの言葉にはっとした。今、俺は何を考えていた?彼女にとって一番?違う、それは俺が失敗したときのための口実だ。しっかりしろ、何のためにここまでやってきたんだ。絶対連れ戻すと約束しただろ。 彼女を見つけて、謝って……そうだ、誕生日プレゼントを一緒に買いに行こう。もう絶対に奪わせなどしない。
あと、5分……。思い当たる場所はすべて行った。しかし彼女はどこにもいなかった。果たしてあと5分で見つけられるだろうか……いや、見つけてみせる。こんなところで立ち止まってる場合ではない。どこに行くかなんて考えずとにかく走る。じっとしていたら見つけられはしない。いつも隣で笑ってくれた彼女を失いたくない。これからもずっと今まで通り隣にいたいし、いて欲しい。俺の隣がお前の居場所、そうだろう?……あれ、俺のとな、り?ゆっくりと立ち止まり、隣を見る。そこにはただ、街並みが広がっているだけだ。それでもきっと彼女はここにいる。そう、俺の隣に。何もないそこに両手を伸ばし、抱きしめる。
「見つけたぜ」
「っカ、ラ松っ」
「ごめんな、気づいてやれなくて」
何もなかったそこに、彼女の姿が浮かび上がった。今度こそもう大丈夫だ。抱きしめる腕に力を籠め、ゆっくりと目を閉じた。
トト子ちゃんの声はもう、聞こえない。
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