カラ松が私を見つけてくれた瞬間、悪夢は終わった。久しく開ける瞼は今までで一番重かったかもしれない。眠っていた病室は窓が開いていて、心地よい風を感じる。久しぶりに見る空は、雲ひとつない晴天だった。
「えっ…なまえさん!?起きられたんですね……!」
「はい、今起きました」
「せ、先生呼んできます!」
たまたま通りかかった相田さんは私が起きているのを見ると慌てて病室を出て、すぐにデカパン先生を連れて戻ってきた。体調やどこか変な所はないかを聞かれ、私が眠ってから今日までの事を詳しく説明してくれた。私はセンシング中に起きた出来事をはっきりと覚えているので、もう大丈夫ですと伝える。それを聞いたデカパン先生は少し声のトーンを落とし、カラ松の事を話し始めた。カラ松は2回続けてセンシングしたせいでまだ眠っているそうだ。意識に入る側でそれをしたのは初めてのことだったので、目を覚まさない限り彼の身に何が起こっているのかわからないらしい。考えられる症状は部分的記憶喪失や一時的記憶喪失といった記憶に関する事で、最悪全ての記憶がなくなってしまうかもしれないそうだ。もちろん特に何もないという可能性もある。カラ松が全てを忘れてしまったらそれこそ一から始められていいのかも、なんて思うけどそれはそれで寂しい。でも、生きてさえいればなんとかなるから大丈夫だよね。
話が一段落すると、今後について相田さんが泣きながら説明してくれた。私は少しリハビリすればすぐ退院できるらしいので、カラ松が起きる前に元気になって驚かせてやろう!と意気込みリハビリに臨んだ。
*
私は一週間のリハビリを終え、退院することになった。カラ松はまだ、目を覚まさない。デカパン先生や相田さんにお礼を言い、カラ松の顔を見てから帰ろうと病室へ向かおうとしたところで声をかけられる。
「目、覚ましちゃったんだね」
「……トト子ちゃん」
「なまえちゃんのせいでカラ松くんにいじめてたことばれちゃった」
「その腹いせにまた何かしにきたの?」
「随分強気なのね。カラ松くんが守ってくれるって?心配しなくても大丈夫、なまえちゃんにはもう何もしないよ。なまえちゃんには、ね」
「……それってカラ松に何かするってこと?好きな人にそんなこと、できるの?」
「ふふ、勘違いしないで。私別にカラ松くんのこと、特別好きじゃないよ?私の事を見ないでなまえちゃんのことばっかり見てるから振り向いてほしい、ただそれだけ。私の近くにいる男の子は誰にもあげない」
「なにそれ……お願い、カラ松に何かするのだけはやめて。私だったらどうなってもいいから、何でもするから、カラ松にだけはやめて!」
「ふーん。何でも、ね?」
*
眠っているカラ松の病室に入り、隣に腰を掛け手をそっと重ねる。ねえカラ松、私のために頑張ってくれてありがとう。本当はずっと一緒にいたいんだけど、だめみたい。トト子ちゃんがね、私がカラ松の傍から離れたら何もしないって。そんなひどいことなんてされないって思うんだけど、それでも心配なの。私の居場所はカラ松の隣だけだったけど、カラ松の居場所は私の隣だけじゃない。私にはカラ松の隣しかなかっただけで、カラ松には他にもたくさんある。だから、私が隣にいなくても……。そんなことを思っているうちにだんだん泣きそうになり、もう帰ろうと手を放し立ち上がった瞬間、腕を掴まれた。
「どこに、いくんだ……?」
「び、っくりしたあ。お手洗いに行こうとしただけ、どこにもいかないよ」
「そうか。……あれ、なんで俺病院にいるんだ?」
「えっ?」
突然起きたカラ松に驚いたが、いつも通り接しようと平静を装った。しかし次のカラ松の言葉を聞いたらもう、平静ではいられなかった。デカパン先生から事前に聞いていたとはいえ、どこかで絶対覚えてくれているはずだと思っていた。カラ松ならきっと忘れないって、信じてた。でもそれは私の願望なだけで関係ない。それに忘れたくて忘れたわけじゃないはず。
私は覚えてる。カラ松が私のためにしてくれたことも、想いも、言葉も……全部私の中にある。カラ松からいっぱい色んなものもらって、これ以上何か貰おうなんて贅沢すぎるよね。そう自分に言い聞かせた。
「ねえ、何で私の手、掴んだの?」
「何でって言われてもな……何でだろうな?俺にもわからない。ただ、お前が遠いどこかに行っちゃうんじゃないかって」
「ふふ、何それ。変なカラ松。……お手洗い、行ってくるね」
病室を出ると同時に、涙が溢れた。これからもカラ松の傍にいたいよ、離れたくない。まだちゃんと好きって伝えてないんだよ。だから、また俺が守るよって、言ってよ……。
そんな思いも、目の前にいるトト子ちゃんのせいで叶わない。泣いている私を見て笑っているトト子ちゃんを思い切り睨み付け、カラ松に何かしたら許さないからと言い残し私は病院を出た。
いつのまにか降り始めた雨は、私の涙を隠すのにちょうどよかった。
「助けて、カラ松……」
呟いた言葉は誰にも届かず、静かに消えていった。
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