きっとこのまま堕ちていく/鬼灯夢/裏/


地獄の奥底、閻魔庁。
閻魔大王の第1補佐官である、鬼灯さま。
地獄においてその名は広く知られ、多くの獄卒が鬼灯さまの指示の元、働いている。

今日はそんな鬼灯さまの1日を密着取材すべく、記者である私は閻魔庁にやって来ていた。


「よーし、とことんお願いして、許可をもらうぞ!」

意気込んで地獄の門を抜ける。
同僚の小判は以前、鬼灯さまの密着取材を試みて手痛い失敗をした。
その事を社でぼやいていたのを思いだし、私はひとりほくそ笑む。
あの小判が出来なかった仕事、私が大成功させたら、小判、どんな顔するだろう。

「むふふ・・・なんとしても、特ダネゲットしてやるわ」

私は二股に分かれた尾を揺らしながら、閻魔殿へと急いだ。




場所は閻魔庁、私の目の前に立っているのは、今回の目的である閻魔大王の第一補佐官、鬼灯さま。


「構いませんよ。」
「へ?」

交渉もほとんどしないうちに、快諾してくれた。
それに驚きすぎて、私は間抜けな声をあげてしまった。

「えっと・・・あの。本当によろしいんで?」
「ええ。密着取材、一週間ですよね。受けましょう。」
「うーんと、なんか聞いていた話と全然違って混乱していますが、ひとつよろしくですニャ。」

私は人型の猫又。
見上げるほど大きな鬼灯さまの長身に向かって、とりあえずは深々と頭を下げた。
いいのかな、これで。
小判は相当警戒されてる、なんて言ってたけど。
まぁ、それでもお仕事はしなくっちゃ!
鬼灯さまのあれやこれ、うちの雑誌のトップに飾ってやるんだから!

もふもふと頭を撫でられながら、私の野望は人知れず燃え盛っていたのだった。
動物好きだって話は、本当だったみたい。

そんなこんなで、私の鬼灯さま密着取材は幕を開けた。





「ここが焦熱地獄です。」
「うう・・・とても暑いんですね、当たり前ですけど」
「まぁ基本的に八大地獄はどこも暑いです。」
「暑いっていうか、熱いですニャ・・・」

視察についてきた私は、早くも暑さに参っていた。
よく平気だな、この人たち。
鬼灯さまは涼しい顔で、獄卒たちの報告や相談を受けている。
てきぱきと指示を出す姿からは、暑さなんて感じない。

「ちょっと休みますか?」
「うう、いえ。大丈夫ですニャ」
「シズクさんは猫ですし、暑さは堪えるでしょう。」
「頑張りますニャ、お仕事ですから・・・」

汗をふきふき、メモを取って写真も撮らせていただく。
最初の条件で、カメラマンは同伴しない、というのが鬼灯さまが出した唯一の条件だった。
私も少しはカメラの心得があるし、特に気にはしてなかったんだけど。
一体どういう意味だったのかは、よくわからない。

「次は大焦熱地獄ですが。」
「ひええ、更に熱いんですかニャ」
「舌、出てますよ。」

暑さは堪えるものの、鬼灯さまは吃驚するほど取材に協力的だ。
このチャンスを棒に振るわけにはいかない。
気合を入れて、鬼灯さまの後を追う。
ああ、冷たい水がほしいニャ。


大焦熱地獄へ移動してすぐ、目の前が蜃気楼のように揺れているのに気付いた。

「シズクさん、大丈夫ですか?」
「うう、少しめまいがするだけ・・・です」

強がってはみたものの、上がり切った体温はもはや自分ではどうしようもない。
ふらつく足取りで鬼灯さまに促され、近くの岩に腰かけた。

「すみません・・・お仕事の邪魔をして、」
「いえ、無理はいけません。今水を持ってきますから」
「重ね重ね、すみません・・・」

鬼灯さまがふ、と笑ったように感じた。
ふらふらだった視界も、ぐらぐらになってきた。

お水を取りに行ってくれた鬼灯さまの背中を見送ることなく、私はその場に倒れこんでしまう。
ああ・・・チャンスが。
特ダネが、出世が遠のく。
悔し涙も枯れてしまったみたいに、頬を流れることはなかった。





(ああ、何か冷たい)

(きもちいい)

「・・・さん。」

(暑いのは嫌ニャ、もっと涼しくしてほしい)

「シズクさん。」

(・・・・・・ん?)

「シズクさん、大丈夫ですか」
「ニャ!?」

がばりと飛び起きると、目の前に鬼灯さまの顔。
勢いあまって頭突きをしてしまった。

「・・・い、いたい」
「元気そうですね。」

けろりとしている鬼灯さまの頭は、石でできているんだろうか。
額を抑えて呻く私に、冷たいお水を差しだしてくれる。

「あれ、私・・・」
「倒れられたので、医務室に運びました。体調はどうですか?」
「・・・!私ったら、なんてご迷惑を!」
「いえ、迷惑なんかじゃないですよ。あの暑さを連れまわしたのは、私の落ち度です。」
「はわわ・・・本当にごめんニャさい・・・!」

冷静になると、なんて醜態を晒してしまったんだろうと背筋が寒くなる。
ひたすら謝るしかない。

「あの・・・取材、もうダメですよね・・・?」
「?」
「お仕事、邪魔してしまいましたし・・・」

また、鬼灯さまの唇が緩んだ気がした。
いや、見た目にはほとんど変化はない。
ただそんな気がしただけ。

「そうですね。」
「ああ・・・やっぱり・・・」
「埋め合わせをしていただく、というのはどうですか。」
「??」

この人の言葉は、聞いているのに疑問符が聞こえない。
無表情だし。

「埋め合わせ、ですか」
「はい。明日しっかり休んで、体調を整えておいてください。」
「え?」





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