あいつとの視線/爆豪夢/微裏


俺に向ける視線。
あいつとの、視線。

違うなんて、おかしいだろ?

こっち向けよ、なあ。

苛々するくらい、胸が熱いんだ







「おい。」

「あ、爆豪くん。」

朝の気持ち良い日差しの中、唐突に背後から声を掛けられ振り向く。
ミルクティみたいな色の髪をした、不機嫌そうな双眸がこちらを見ていた。

「おはよう、いい天気だね。」

「…おう。」

爆豪くんは、教室ではいつも怒鳴ったり爆破したりしているけど、こうして朝ばったり会うときは口数が少ない。
視線が重なるのも、最初の「おい」の時だけ。
立ち止まる私を数歩追い越して、止まる。

「…歩かねぇんか。」

遅刻すんぞ、とこちらを見ずに言って、私は慌てて後を追う。
一緒に行こう、という意味なのかな。

最近朝の通勤や登校時の敵事件が多く報道されている。
多分、ううん、きっと、爆豪くんは心配してくれてるんだ。
都合よく解釈し、おずおずと隣を歩かせていただく。

「…」

と、言っても、楽しい会話があるわけではない。
ただてくてくと一緒に登校するだけ。
でも、それでも嬉しく感じる。

(最近、毎朝一緒に登校してるなぁ)

(爆豪くん、前はもっと早く行ってたのに。私に合わせてくれてるみたい)

「…何ニヤニヤしてんだ。」

「あ、いや、ナンデモナイデス。」

嬉しいな。
だって彼は、入試の時からの、私のーー




「あ、シズクさん!」

「緑谷くん。」

少し歩いたところで、ふわふわヘアの緑谷くんに声をかけられた。

「あ、かっちゃんも。おはよう…」

「デクてめえ、俺はついでかよ」

めら、と瞳を燃やす爆豪くん。

「いや、あの…」

「ま、まぁまぁ!遅刻しちゃうし行こうよ、二人とも!」

いつもの小競り合い(一方的な)が始まる前にと、私は慌てて2人の間に割り込む。
爆豪くん、緑谷くんがいると急に攻撃的になるよね。
幼なじみみたいだし、「喧嘩するほど…」ってやつかな?

3人で歩き始めると、ようやく爆豪くんも舌打ちひとつで納めてくれた。
私を真ん中にして、不思議なトリオの完成だ。
といっても、ここ数日はこのメンバーでの登校が続いている。

緑谷くんも、ニュースのこと心配してくれてるのかな?
なんて、さらに自分に都合のいい解釈をして、緑谷くんと今日の授業のことなどをお喋り。
爆豪くんは、緑谷くんが合流したあとは全く喋らない。

「でね、今日の授業で新しい技を試したくて…」

「シズクさんの個性、救助向きだもんね!13号先生の授業、評価トップだもんなぁ、すごいよ!」

「えへへ、そうかなぁ」

緑谷くんは素直に直球で褒めてくるので、つい照れてしまう。
隣で大きな舌打ちが聞こえた。

「あんま調子乗ってっと、またケガすんぞ。」

緑谷くんには聞こえないくらいの声で、爆豪くんに釘を刺される。
そう、私は以前、授業で大ケガをしたことがある。

「あはは…気をつけます。」

私の個性は、確かに救助向きだと自分でも思う。
「声」を自在に操る個性だ。
自分の声を増幅して、広範囲に届けたり、逆に狙った相手にのみ届けたり。
味方に秘密の内容を聞かせることも、敵に増幅した大音量を聞かせて攻撃することもできる。

以前授業で耳朗さんと一緒に、大音響の限界を高める訓練をしていたとき、反動を見誤って自分に声が逆流したことがあった。
鼓膜を傷つけ、三半規管も少しだけどやられちゃって。
まともに立てない私を解放してくれたのが、爆豪くんだった。

「自滅すんのは勝手だがな、周りの迷惑も考えやがれ。」

「ちょっとかっちゃん!そんな言い方ーー」

「いいの、緑谷くん」

自分がいけなかったのも、爆豪くんなりの優しさから来る厳しい言葉だっていうのも、わかってる。
咎めようとした緑谷くんを、私は袖をつんつんと引いて止めた。

「…でも…」

「大丈夫、爆豪くんの言うとおりだよ。」

もっともっと、コントロールを磨かなくてはいけない。
もう爆豪くんに迷惑かけちゃ、だめだ。
私は、大丈夫、心配しないで、という意味を込めて、緑谷くんに微笑んだ。


「…チッ!」

「あ、爆豪く…」

「…行っちゃったね、かっちゃん。」

早足に遠ざかっていく背中を、緑谷くんと2人で何も言えずに見つめていた。













ー教室にて

「なぁ、なんか爆豪機嫌悪くね?」

上鳴くんが、お昼の時に近づいてきてそう言った。

「はは…そうかな、何でだろ?」

「そっか、シズクが知らねーんだったら、誰もわかんねーな。」

「え!?そんなことないよ、他にも…えっと、切島くんとか?」

「いやー切島も知らねーって!今日も朝一緒だっただろ?なんかあったん?」

上鳴くんはそう言って、自然に私の正面の席につく。
こういう所、すごく自然で違和感がなくて、女の子にももてそうなのに。

「うーん、あったといえば…あったかも?」

「マジ!痴話げんか的な!?」

大きな声と発言内容に驚いて、パスタを巻いていたフォークを取り落とす。
と、近くに来ていた耳朗さんがトレイで上鳴くんの頭をすぱーんと叩いた。

「なに騒いでシズク困らせてんの、アンタは。」

「いってー!」

耳朗さんも同じテーブルについて、私は少しほっとした。
痴話げんかだなんて、私と爆豪くんはそんなんじゃ…
思い返すと頬が熱くなって、私は自分の顔を両手で挟んだ。

「シズク、次コイツが騒いだら、音量MAXで喰らわせてやんな。」

「あはは…過激だなぁ、耳朗さん。」

「ひっでーな、俺の扱い雑すぎない!?」

(耳朗さんと上鳴くんのほうが、痴話げんかみたいに見えるんだけど…黙っておこう。)

2人のやりとりを微笑ましく見つめていると、いきなり背後からがちゃん!と大きな音がした。
びっくりして振り返ると、ちょうど食器を返しているところの爆豪くん。

「…」

うん、こっちをにらんでる。
しかも、ものすごく、無言で。

(……怖いんですけど!)

目が合ったまま、金縛り状態の私。
爆豪くんはしばらくそのままでいると、急にこちらに向かってずんずんと近寄ってきた。

「ひっ」

耳朗さんの引きつった声が聞こえる。
上鳴くんは、目をそらして口笛を吹いている。

大股で近寄ってきた爆豪くんは、仏頂面のまま私の目の前にやってきた。

「…」

「え…っと、」

怖い。怖すぎる。
無言なのが、余計に怖い。
私が何も言えずにいると、爆豪くんはおもむろに私の腕を掴んだ。

「ひゃっ!?」

「…黙ってツラ貸せや。」

あ、これカツアゲされるときの台詞だ。テレビとかで聞いたことある。
なんて現実逃避の呑気な考えを浮かべながら、されるがままに食堂をあとにすることになった。
背後から耳朗さんと上鳴くんの「シズクが拉致られたー!プロヒーローを呼べー!」という声が聞こえる。

ああ、お母さん、お父さん先立つ不孝をお許しください。

ずるずると半ば引きずられるように、私は爆豪くんに連れられていくのでした。





















ああくそ、胸クソ悪い。

朝からアイツが出てくる曲がり角を凝視する。
最近朝の敵事件が多い。
アイツはぼーっとしてて、個性もモブだし、たまたま家も近い(らしい)。

(あと10秒待って現れなかったら、置いて行ったる。)

曲がり角を睨み付けながら待つこと数分。
クソ、結局待っちまったじゃねぇか!
サラサラの黒髪が、のほほんと現れた。

アイツーシズクはそのまま右折し、こっちを一度も見ないまま歩き始めた。
…このアマ、俺に気づかねえだと?
俺はすぐついていくのも何なので、アイツがこっちに気づくのを待ってみるも、サラサラはどんどん進んでいく。
クソが、なんつーシャンプーの匂いさせてやがる。
アイツが通ったあとに花みたいな…、何か解らねえけど、めちゃくちゃいい匂いがする。

「…おい。」

「あ、爆豪くん。」

振り返って笑う顔が、苛々するくらい…可愛いんだ。
おう、と何とかそれだけ返す。
一緒に行くぞ、とか、ここまでの道で変なやついなかったか、とか、
言いたいことは色々あるけど…出てこねえ。

朝2人で登校する。
会話こそなくても、隣にアイツがいることが、俺の眉間から皺を取り去る。
ああ、いい朝だなちくしょう。

俺が満足していると、目前にボサボサの頭の野郎が見えた。
げ。

「シズクさん、おはよう!」

…クソナードが、邪魔しやがって。
アイツとデクは挨拶を交わし、当然のように同じ歩調で歩き出す。
…気に入らねえ。
ムカつくが俺だけ離れて歩くのも癪なので、仕方なくそのまま歩く。

しかし、シズクはデクとよく話す。
授業のこと、好きなヒーローのこと、個性を使った新技や戦い方のことなど、内容は色気のねえ話だが、話が途切れることはない。
自分が嫉妬にまみれていることはわかっちゃいても、それを打開できるわけでもねえ。
今更アイツとべらべらお喋りなんてー



小っ恥ずかしくて、できるもんか。



そっぽを向いて(ただし聞き耳は立てて)いると、アイツの個性の話になった。
デクの野郎、手放しで褒めやがって。
新技開発訓練の時に、アイツがどんな目に遭ったか忘れたんか?
今思い出しても身の毛のよだつ、背中中が泡立つような感覚。
あれはーー








今日の戦闘訓練は、個性をさらに応用し新しい戦い方、技を開発するらしい。
俺は一人森林エリアで、規模を絞った爆破や爆風を使った小回りのきく移動方法などを試していた。

近くで耳を揺らすような爆音が響いていたので、イヤホンのアイツか誰かがいるのだろう。
俺は自分の訓練に集中し直し、伝う汗を拭った。

と。

きいいん、と高い音のあとに、女の悲鳴が聞こえた。

「…シズク!!シズク!!!誰か、誰か来て!!!」

シズクの名前が聞こえた時、俺はほとんど同時に駆け出していた。
すぐ近くで、森の中で倒れているシズクと、その傍らで青ざめる耳女の姿があった。

「何があった!」

「わかんな…っ急に、個性が、シズクに逆流したみたいになって…!」

狼狽える耳女を退かせ、シズクの呼吸を確認する。息はあるが、目を見開いて浅い呼吸を繰り返してる。
ショック症状かもしれない。
専門的な事はわからねえが、今すぐリカバリーのババアんとこ連れてかねえと。

「シズク!おい、聞こえるか!しっかりしやがれ!!」

俺は籠手をその場に脱ぎ捨て、シズクを背中に担いだ。
コイツの個性は声の操作だ。
恐らく増幅した大音量が逆流しでもしたんだろう。
できるだけ背中のシズクに負担にならないよう、全速力で森の中を駆け抜ける。

クソ、クソ、クソ!

返事がない。
その目が俺を映していない。
まさか、と想像する悪いことばかりが、俺の頭を逡巡する。
流れる汗が鬱陶しい。
シズクをしっかりと抱える。
死んでも落とすもんか、死んでも助けてやる。

シズク、起きろ。
頼むからーー




「かっちゃん、そんな言い方ーー!」

気付けばデクが珍しく俺に向かって強い目をしていた。
俺は今、なにか言ったか…?

「いいの、緑谷くん。」

爆豪くんの言うとおりだから、と続けたシズクの目に、長いまつげが陰を落とす。

ーーやめろ。

デクに向かって、笑うな。
こっち見ろや。

苛々がピークに達し、俺はシズクとデクを置いて歩き出した。
だめだ、これ以上コイツといたら、余計なこともっと言っちまう。
今は離れよう、デクに預けるみてえで死ぬほど癪だけど。











朝のことがあって、俺は一日いつもより段違いで苛々していた。
授業中何度もシャーペンの芯を折るし、戦闘訓練では火力を上げすぎだと何度もオールマイトに窘められた。
何もうまくいかねえ。

挙げ句の果てにゃ昼飯の時に、シズクとアホ面が仲良く飯食ってる所見ちまうし。
クソが…朝から何なんだ、今日は。

つい手に力が入る。
さっさと食って、屋上にでも行こうと席を立つ。
食い終わった食器を返そうとしたとき、自分でも気づかねえ位に力んでいたようだ。
がちゃん!と派手な音がした。
反射的にシズクのいる方を振り向くと、バッチリこっちを見ていた。

(チッ…怯えてやがる。)

俺はその時、何を考えていたのか。
ほとんど無意識にシズクの手を掴んで、食堂を後にしていた。



頭が熱い。
俺を見る目。
俺以外を見る目。
そればかりが気にかかる。

なあ、シズク。
お前の目に移るものは、俺だけになんねえのか?

馬鹿みてえな嫉妬だってわかってる。
でも、それでも。
握った手が壊れそうなのも、鈴みてえな声も。
花の匂いの髪も。

全部、俺のもんにしてえんだ。
















「…ば、爆豪く、あの…」

「うるせえ、黙ってついてこい」

シズクの手を引いて、屋上のドアを開く。
雲一つねえ、青空だ。

「い、痛いよ…手。」

「!」

慌てて手を離す。
振り返ると、すっかり怯えた目で俺を見ている。
やべえ、やっちまった。…でも、

(その目も、いい)

「…爆豪くん…?」

「悪ぃ、手…あと、これも。」

「え?…っ」

噛みつくように、唇を奪う。
ついにやっちまった。
でも、もうどうでもいい。
俺の唇の間に、シズクの小せえ唇がある。
これが噛まずにいられるかってんだ。

「んん!」

優しく噛んだが、シズクのうめき声が漏れた。
堪らず下も割り入れる。
青空の下、俺はシズクの歯列を夢中でなぞっていた。

「んう、うっ…ふ、」

「っは、エロ」

少し離した唇から漏れた吐息ごと、また噛みつく。
シズクの目にはみるみる涙が溜まって、息苦しそうに頬も染まった。

ああ、もうコイツの表情は。
何で、こんなに俺を揺さぶるんだ。

頭を抱え込んで、腰も抱く。
がっちりホールドしたシズクの体は、森で抱えた時と変わらず頼りない細さだった。
唇を噛み、頬を擦りつけて、髪に指を差し入れる。
サラサラと流れていく髪が、儚くてまた苛立った。

「…きだ、シズク。」

「っふ、え…?」

息も絶え絶えなシズクの肩に顔を埋める。
唐突に解放されて、喉が鳴るほど懸命に息を吸っている。

好きなんだよ、畜生。

「…もう言わねえぞ」

「…えっ、嘘、だって」

デクを見て微笑むな。
アホ面と楽しそうに飯食うな。
言いてえことはいっぱいあるけど…

「…もう、ケガすんなよ。」

「…っ、爆豪くん、わたしも…」




ずっと、

入試の時から、ずっと。






「…俺は、嫉妬深えからな。」

「…ふふ、知ってるよ。」

昇ってた血がさあっと冷めて、俺はシズクの体を離した。
そしてもう一度抱きしめる。
今度はそっと、壊れないように。






end.