あなたの髪に触れる時



「オーバーホール、髪だいぶ伸びやしたねぇ。」
「ん、そうか。」

書類を読んでいる治崎に、玄野がふと声をかけた。

「切ってくれ」
「あいにくこれから買い出しで。そーだ、この近くに新しい美容室、昨日オープンしたらしいですよ。」
「・・・お前の用が済んでからでいい。」
「今日は昼から会合もありやすよ。ちゃちゃっと行って来たらどうです?」

治崎はあくまで玄野に切らせたかったのだが、玄野はそのままバタバタと出かけていってしまった。
取り残された治崎は、しばらく考え込んでいたが、自分の髪を少し摘まんで、大きなため息をついた。

「・・・仕方ねぇな、行くか。」

会合の時間もある。何より、思い立ったから、というだけの理由だった。








屋敷から数分歩いて、小さな美容室の扉を見つけるのは容易だった。控えめな花輪がひとつ飾られていて、カフェ風のオークの扉が住宅街の隙間にちょこんと置かれている。

「・・・」

やはり他人に髪を触られるのは気が引ける。どうしたものかと考え込んでいると、

「あの」
「!」

小柄なエプロン姿の女性が、おず、と声をかけてきた。

「お客さん、でしょうか?」
「・・・あァ、少し切ってもらいたくて。今良いですか?」

どうやらこの店の主人のようだ。声をかけられてしまっては仕方がなく、治崎は外面の笑顔を張り付けてそう言った。女性はぱあっと顔を明るくし、掃除の途中だったのだろう、大きな箒を壁に立てかけ、嬉々として扉を開けてくれる。

「どうぞ!いらっしゃいませ!」
「・・・どうも、」

反射的に切りたいと言ってしまったものの、気が進まないことは変わりない。治崎はなんとか足を動かして、背の高い自分には少し低く感じる扉をくぐり、店の中に入った。

「こちらへおかけ下さい、お荷物お預かりしましょうか?」
「あ、いえ・・・手ぶらですので。」
「ではケープを失礼しますね。」

てきぱきと動き回る小さな女性は、とても嬉しそうだ。新しく自分の店を持って、希望でいっぱいの様子が見て取れる。治崎は観念し、柔らかな椅子に背中を預けた。さらりとケープがかけられ、目の前の大きな鏡に自分と笑顔の女性が映る。

「カットでしたよね。どれくらい切りますか?」
「適当に短くしてもらえますか。耳に触れないくらいで」
「かしこまりました!」

女性はうきうきと準備を整え、治崎の髪に少し触れる。ぐ、と身構えたが、思っていたほどの嫌悪感は無かった。治崎が身構えたのを敏感に感じ取ったのか、女性は少し心配そうな表情を浮かべた。

「どうか・・・しました?」
「あ、いえ。・・・実は触られるのが苦手で。すみません」
「え!ごめんなさい、大丈夫ですか!?」

女性は慌てて手を除けて、そう言った。

「いや・・・大丈夫、みたいです。切ってください。」
「解りました・・・もしダメだったら、すぐ言ってくださいね?」
「ありがとうございます」

治崎にできるだけ触れないように、細心の注意を払ってカットを始める女性。潔癖なのに何で美容院に来たんだとか、憤慨してもよさそうなのに。女性は自分にできることを最大限しようと懸命だった。

「すみません・・・切りづらいですよね。」

治崎が居た堪れなくなってそう言うと、

「いえ!でも、普段はどうされてたんですか?」
「家の者が切ってくれてまして・・・今日はちょっと、都合が。」
「そうなんですね・・・私、出来るだけ触らないようにしますから!・・・あ、髪には触っちゃいますけど」

ふふ、と笑った顔が、鏡に映る。その指先は本当に慎重に、治崎の髪だけを捉えてカットしていく。器用だな、と素直に思った。

髪をすくって、しゃきっと耳障りの良い音が響く。治崎が黙ったので、彼女も話しかけてこなかった。

(案外、平気なもんだな)

人に髪を触られることなんて、いつ振りかも思い出せない。ずっと玄野が切ってくれていたから。

「・・・よし、どうでしょうか?」
「あァ、ありがとう。さっぱりしました。」
「もし平気そうなら、シャンプーしますけど・・・どうですか?」

治崎は少し考え込み、お願いしますと言った。
何故だかはわからないが、大丈夫だろうと思った。

「はい!じゃあ、こちらへ。」

シャンプー台に移動するときに、女性のすぐそばを通った。並んで立ってみると、本当に小さい。寝そべって髪を洗ってもらっている間、治崎は特に症状もなく、女性に頭を預けていた。とんでもなく無防備な恰好で、顔に紙をかけられて。自分でも驚くほど、安心して彼女に任せていた。

(洗ってもらうと、こんなに違うもんか・・・)

さっぱりと洗いあがった髪を、小さな女性は一生懸命にブローしていく。出来上がりは治崎も感嘆するほど、小ざっぱりしていた。

「できましたー!」
「これは・・すごい、ありがとう。」
「いえいえ、切って洗っただけですよ」

それでも嬉しそうな色がにじみ出て、女性の笑顔がまた輝く。

「また来てもいいですか。」

考えるより先に、口がそう言っていた。

「もちろん!お待ちしてますね!」

ぱっと咲くような笑顔。治崎は自然と、また来たいと思っていた。

「お名前、伺ってもいいですか?」
「治崎です」
「治崎さん。初めてのお客様です!嬉しいな」

女性は会計をしながら、カードに名前を書いて渡してきた。

「・・・初めて、」
「そうなんです、オープンしてすぐにお客様が来てくれて、すごく嬉しい・・・」
「俺も、聞いても良いですか?あなたの名前。」
「え・・・」

自分でも、なんでそんなことを聞いたのかわからない。それでも、聞きたいと思った。

「ふふ、そうですよね。私だけ、治崎さんのお名前知ってるなんて。シズクです」
「シズク・・・さん」

繰り返して、カードを懐に仕舞う。

「また来ます。」
「はい!」


短く挨拶をして、屋敷に戻る。会合の時間まではまだ少しあったので、そのまま自室へ向かう途中、ぬいぐるみに扮した入中に声をかけられた。

「えらくサッパリしたじゃねーか、オーバーホール!」
「・・・変か?」
「いいや、似合ってる!玄野、腕上げたんじゃねえか?」
「・・・そう、だな」

入中にそう言われても、治崎はあの店の事を言わずにその場を離れた。














「よ触られるのが苦手で。すみません」
「え!ごめんなさい、大丈夫ですか!?」

女性は慌てて手を除けて、そう言った。

「いや・・・大丈夫、みたいです。切ってください。」
「解りました・・・もしダメだったら、すぐ言ってくださいね?」
「ありがとうございます」

治崎にできるだけ触れないように、細心の注意を払ってカットを始める女性。潔癖なのに何で美容院に来たんだとか、憤慨してもよさそうなのに。女性は自分にできることを最大限しようと懸命だった。

「すみません・・・切りづらいですよね。」

治崎が居た堪れなくなってそう言うと、

「いえ!でも、普段はどうされてたんですか?」
「家の者が切ってくれてまして・・・今日はちょっと、都合が。」
「そうなんですね・・・私、出来るだけ触らないようにしますから!・・・あ、髪には触っちゃいますけど」

ふふ、と笑った顔が、鏡に映る。その指先は本当に慎重に、治崎の髪だけを捉えてカットしていく。器用だな、と素直に思った。

髪をすくって、しゃきっと耳障りの良い音が響く。治崎が黙ったので、彼女も話しかけてこなかった。

(案外、平気なもんだな)

人に髪を触られることなんて、いつ振りかも思い出せない。ずっと玄野が切ってくれていたから。

「・・・よし、どうでしょうか?」
「あァ、ありがとう。さっぱりしました。」
「もし平気そうなら、シャンプーしますけど・・・どうですか?」

治崎は少し考え込み、お願いしますと言った。
何故だかはわからないが、大丈夫だろうと思った。

「はい!じゃあ、こちらへ。」

シャンプー台に移動するときに、女性のすぐそばを通った。並んで立ってみると、本当に小さい。寝そべって髪を洗ってもらっている間、治崎は特に症状もなく、女性に頭を預けていた。とんでもなく無防備な恰好で、顔に紙をかけられて。自分でも驚くほど、安心して彼女に任せていた。

(洗ってもらうと、こんなに違うもんか・・・)

さっぱりと洗いあがった髪を、小さな女性は一生懸命にブローしていく。出来上がりは治崎も感嘆するほど、小ざっぱりしていた。

「できましたー!」
「これは・・すごい、ありがとう。」
「いえいえ、切って洗っただけですよ」

それでも嬉しそうな色がにじみ出て、女性の笑顔がまた輝く。

「また来てもいいですか。」

考えるより先に、口がそう言っていた。

「もちろん!お待ちしてますね!」

ぱっと咲くような笑顔。治崎は自然と、また来たいと思っていた。

「お名前、伺ってもいいですか?」
「治崎です」
「治崎さん。初めてのお客様です!嬉しいな」

女性は会計をしながら、カードに名前を書いて渡してきた。

「・・・初めて、」
「そうなんです、オープンしてすぐにお客様が来てくれて、すごく嬉しい・・・」
「俺も、聞いても良いですか?あなたの名前。」
「え・・・」

自分でも、なんでそんなことを聞いたのかわからない。それでも、聞きたいと思った。

「ふふ、そうですよね。私だけ、治崎さんのお名前知ってるなんて。シズクです」
「シズク・・・さん」

繰り返して、カードを懐に仕舞う。

「また来ます。」
「はい!」


短く挨拶をして、屋敷に戻る。会合の時間まではまだ少しあったので、そのまま自室へ向かう途中、ぬいぐるみに扮した入中に声をかけられた。

「えらくサッパリしたじゃねーか、オーバーホール!」
「・・・変か?」
「いいや、似合ってる!玄野、腕上げたんじゃねえか?」
「・・・そう、だな」

入中にそう言われても、治崎はあの店の事を言わずにその場を離れた。














「よおし、開店だ!」

シズクは自分に気合を入れて、観葉植物の鉢を抱えて外に出た。長らくこつこつと貯金して、やっと自分の店が持てた。開店してすぐにお客さんも来てくれて、前途に希望が見えた気がした。

店の前の掃除をして、植物に水をやって。色々やることはあるけれど、人手は自分だけ。それでもやる気でいっぱいのシズクには、重い鉢植えも苦にはならない。

開店準備を鼻歌交じりで終え、店内の明かりを付ける。

少ない予算で苦労して揃えたものばかりでできた、自分の店。見渡して、うんうんと頷き、扉にオープンの札を掛けに再び表へ出る。

「あ」
「・・・どうも」

ちょうど顔を上げた先に、初めてここで髪を切ってくれた人ー治崎さんが立っていた。

「おはようございます!」
「大変ですね、おひとりで準備は」
「いえ、夢でしたから・・・楽しいんです。」
「・・・いいですね。素敵だ」

自分の見た目を褒められたわけではないのに、どきっとした。マスク姿の治崎さんは、きちっとネクタイを締めていて隙が無い。背が高くて、あまり近くで話すとかなり見上げなければならないだろう。

「治崎さんは、お出かけですか?」
「ええ、少し用で。じゃあ、頑張って下さいね。」

にこりと目元でさわやかに笑って、治崎さんは去っていった。

(はあ・・・素敵な人だな、マスクしててもイケメンだってわかるし。)

シズクは治崎が歩いていった方をしばらく見ていたが、我に返ると慌てて開店準備を済ませた。











あれから月に一度か二度、治崎さんはお店に通ってくれるようになった。だんだんと会話することも増えてきて、治崎さんが来るのを待ち遠しく思い始めていた。治崎さんはスマートで優しくて、とても素敵な人。外で見かける時はいつもマスク姿だけど、髪を切る時は外しているから、素顔を知っていることも嬉しかった。

「こんにちは」
「お願いできますか?」
「もちろん!どうぞ」

少し屈む様にドアを潜って、今日も治崎さんが来てくれた。私は胸がどきどきと喜んでいるのを必死で隠し、治崎さんをいつものように案内した。

「失礼しますね、」
「・・・あの、お願いがあるんですが。」
「はい、なんでしょう?」
「勝手ばかり言ってすみませんが・・・今日、普通に切ってもらえますか。」
「え、」

治崎さんは触れられると蕁麻疹が出るって、前に言ってたのに。

「わ・・・たしは大丈夫、ですけど・・・いいんですか?」
「はい。」

治崎さんはいつもと変わらない調子でそう言うと、それきり黙ってしまった。いつもは、できるだけ治崎さんの体や顔に触れないように気を付けてカットしていた。それでも、普通に切るとなると、はさみを持つ手が頬に触れたり、首もとをかすめることだってある。

「え・・・っと、じゃあ、切りますね。」
「お願いします。」

どきどきしながらカットを進めていくと、私の手が治崎さんの耳をかすめた。

「っ」
「・・・大丈夫、出ていません。」

思わず手を引っ込めそうになったけど、治崎さんがそれを制した。思えばシャンプーのときも少しは触っているから、結構大丈夫なのかな・・・?

「よし、」

何とかいつものカットを終え、シャンプー台へ。

「すみません、おかしな注文をして」
「いえ、でもどうしたんですか?」
「貴女なら・・・、平気かも、と思ったんです。」
「え」

どくん、と胸が弾んだ。

「気にしないでください。」

シャンプーをしながらだったから、顔の動揺はバレていないはず。治崎さんにそんなことを言われて、今私の顔はとんでもなく赤くなっているはず。見られたらやばい、と必死に平静を装った。

「良かったです、なんともなくて」

上ずった声が出たけど、何とか誤魔化して泡を流す。タオルで優しく髪を拭いていると、治崎さんが急にむくりと体を起こした。

「わ、濡れちゃーー」
「シズク、さん」

まだ水滴の残る髪から、ぽたぽたと肩に雫が落ちる。それでも、私を射貫くような目で見ている治崎さんがあまりにも真剣な顔をしていたから、動けなくなった。

「キス、しても良いですか。」
「え、」

黒髪から落ちる水も、そのまなざしも、引き込まれるようだった。縫い留められたみたいに、動けない。

「・・・嫌なら、逃げて。」
「・・・っ、」

ずい、と近寄ってきた速度が、とても速かった。
でも、逃げようとしなかったのは、驚いていたからじゃない。
私は触れて来た唇に抗わないまま、キスを受けた。

「・・・出ない。」
「・・・っ、」

唇はすぐに離れ、治崎さんは小さく何かを呟いた。それが何かを問う前に、また唇が迫ってきた。

「も・・・少し、」
「!」

ちゅ、と確かな質量で押し寄せる唇。私は濡れた手で、治崎さんのワイシャツの胸を押した。

「ん、」
「・・・すみません、急に」
「・・・っは、なん・・・!」

私の手から水分が移って、治崎さんの黒いワイシャツに染みができている。治崎さんの表情はいつもより少しだけ、余裕がなさそうだった。

「触れたいと、思った事が初めてなんです。俺にはこれが、この感情が何なのかが解らない」
「・・・え、」

治崎さんは濡れた髪で、苦しそうに言った。

「それ、って」
「貴女に触れたい。出来るなら、もっと・・・」
「・・・!」
「駄目、ですか」

胸のあたりを握りしめて、端正な顔を歪ませて、治崎さんがそう言った。私は突然の告白に処理が追い付かず、ただぽかんと固まってしまった。

「・・・治崎さ、ちょっと・・・ちょっと待って、」

私は混乱する頭を抱えて、とりあえず治崎さんにタオルを手渡した。髪を拭いてもらって、話はそれからだ。

「迷惑でしたか?」
「いやその、迷惑・・・迷惑じゃ、ないです。」

治崎さんの淡々とした調子で聞くと、どうも調子が狂ってしまう。あれ、私今、多分告白されたんだよね・・・?
自分の手もタオルで拭いて、なんとか落ち着こうとシャンプー台に寄り掛かる。

「整理、させて下さい・・・あの、さっきのって」

腰かけている治崎さんは、私が落ち着くのを律儀に待ってくれている。

「どういう意味か・・・聞いても、いいですか。」
「・・・俺は、今まで他人に触れたいと思った事はありません。潔癖症のせいもありますが。」

ぽとりと落とすような言葉が、少しずつ繋がっていく。低い声にいつもの張りはなくて、治崎さんも混乱しているのがわかった。

「汚いと、思ってしまうんです。人が」
「・・・」

治崎さんは自分の手を見下ろす。真っ白な手袋に包まれた手。いつもしている手袋は、そういうわけだったのかと自然に腑に落ちた。

「でも、貴女は違った」

「どうしてなのか、俺にもわからないんです。」

「・・・いきなりこんなこと、すみません。」

綺麗な曲線を描く眉を潜ませて、治崎さんはいっそう声を落とした。私は理解に努めて耳を傾けながら、なんとかいいえ、とだけ返事をした。この言葉の意味は、子供じゃないしちゃんと解ったつもりだ。

「・・・あの、」
「はい」

おず、と声を出すと、治崎さんは目線を上げないまま答える。人に触れられない人生だったのなら、この人が抱えている思いを言葉にするのは難しい。そして、私には心当たりがあった。

「・・・今、少し触れてみてもいいですか。」
「・・・はい、」

そっと手を伸ばして、治崎さんの頬に触れる。マスクに覆われていた頬は白くて、肌はきめ細かい。睫毛も長くて、琥珀色の瞳がとても美しいと思った。

「・・・どう、ですか」
「嫌じゃない・・・寧ろ、暖かくて・・・」
「私・・・も、嫌じゃありませんでした。さっきの・・・その、キスも」
「っ」

今度は両手を頬に当てて、治崎さんのすっと通った輪郭を包む。胸のあたりがじんと熱くて、心臓はばくばくと打っているけど、何とか言葉を紡いでいく。

「その・・・好き、なんだと思います。あなたのこと。」
「・・・シズク・・・さん、」
「だから、えっと・・・今度からは、突然はやめてくださいね?」
「・・・気を、つけます。」

何とか言い終わると、治崎さんの目が私の視線を捉えた。軋んだように動かなくなる、私の体。

「貴女が好き・・・です、欲しくて堪らない。」

ぞくり、と背筋が粟立つ。低く響く声が、にわかに色めき立ったのを感じた。

「・・・キスしたい。」
「・・・髪、乾かしてから・・・」
「無理です。もう、我慢できないみたいだ」

ぐ、と真っ黒いシャツの胸が近づいてきた。男の人の匂いが鼻をくすぐって、大人しく抱きしめられる。力加減に気を使ってくれているのが解って、くすぐったさを覚えた。
指が私の顎を掬って、上を向かされる。すぐに唇が降ってきた。

「・・・っ」

ゆっくりと確かめるようなキスだった。私の頭はとろりと蕩けて、段々と思考を失っていく。気持ちよくて暖かくて、後頭部に添えられた大きな手が髪を梳いているのにさえ身震いが走る。

「ん、ふ」

唇が私の唇を割り、中に舌が入ってくる。ぬるりと熱い舌が、私の口の中を動き回ると、自然と甘い声が吐息に混じった。

「・・・っち、さ・・・き、さ」

息苦しさに胸を押すと、治崎さんははっとしてすぐに開放してくれる。

「すみません、また・・・」
「い、え・・・だいじょぶ、です・・・」

まだ息の荒い私を心配そうにのぞき込んで、治崎さんは眉を下げた。私は何とか呼吸を整え、掴んだままの治崎さんのシャツを握りなおす。皺になってしまう、と冷静に考えたことがおかしくて、少し笑ってしまった。

「おかしいですか、」
「・・・え、」
「いい年をしてがっつき過ぎました・・・」
「や、違います・・・なんだか、恥ずかしくて」
「・・・恥ずかしい?」
「私も、こっそりあなたを想ってたから。同じ気持ちで・・・その、いてくれて。」
「・・・」
「嬉しいのと、恥ずかしいのと、半々で。笑っちゃいました。」

私が話し終えると、治崎さんはすくっと立ち上がった。私を横抱きに抱いて。

「ひゃ!」
「すみません。ちょっと限界が」
「え、あの・・・限界?」
「理性が持ちそうにない。鍵、閉めてもいいですか。」
「わ、え、ちょ」

ずんずんと進むその歩みは、とてもものを尋ねているようには感じない。決定稿のような言い方だった。治崎さんはそのまま扉の施錠を済ませると、カット台に私をそっと座らせた。

「少しだけ、仕事の邪魔をします。」
「え・・・っと、」
「今すぐ、あなたに思いっきり触れたい」

言うが早いか、唇を奪われた。
甘い言葉にも、治崎さんのキスにも、私の意識は簡単に持っていかれる。
そのまましばらく開放してもらえなかったのは、言うまでもない。





FIN