ちいさな織/ダリル夢/帰還後/甘/裏
「・・・ねぇ、ダリル。」
「・・・ん。」
キッチンに立って羽交い絞めに近い体勢のまま、少しも動けない。
背後にいる男は、短くうめき声だけを返してきた。
私の右肩に顔を埋めて、その表情はわからない。
料理の途中で後ろから抱きすくめられていてはちっとも動けないのに、返事の主は断固腕を解く気はなさそうだ。
「ちょっと、動きたいんだけど・・・。」
「・・・もう少しだけ、我慢しろ。」
はぁ、とちいさく息を吐く。ため息に聞こえないように、配慮はした。
この大きな男は、言葉が少ない上に頑固で、「なにかあったの?」なんて聞こうものなら、絶対に自供しない。
ついさっき、夕暮れ前に調達から帰ってきたらしく、
アレクサンドリアにある私の自宅へ来るなり、この調子だ。
「・・・わかった、せめて、ソファに座らせて。」
私は料理を諦めて、トングやバットを片付け代わりにシンクの隅に追いやった。
逞しい腕をそっと押すと、ようやく拘束が外れた。
何かあったのはわかるけど、
この人‐‐ダリルが普段見せる、強い姿からは想像が付かないほどに、
真実の彼は、繊細で脆い。
ソファに腰かけて、すぐにダリルの腕が私を捉えた。
「んっ」
ついでみたいにキスも降ってきて、私は慌ててそれを受け止める。
かすかに煙草の匂いと、ガソリンの匂い、それから汗。
「・・・誰か、死んだの?」
キスの合間に尋ねてみる。
たぶん、というかきっと、それしかないのだけど。
ダリルは視線をよこさずに、ん、と答えた。
「・・・若い奴だ。」
今日の調達に参加したメンバーを思い出す。若い男が数人いたが、その誰とも深い親交はなかった。
ぼんやりと顔だけを記憶から呼び起こして、薄情で申し訳ないな、と思う。
「・・・あなたのせいじゃない。」
「助けられた」
ぽつり、ぽつりと落とすように話し出したダリルの話によれば、その男性の仲間3人が同時にピンチに陥り、ダリルはそのうち2人は救出したようだ。
彼のせいじゃない。本心だった。
『外』に行くことは命がけで、誰もがその責任と重圧を感じる。
戦場なのだ。
一瞬でも気を緩めれば、死ぬ。
「・・・私も、行けば良かったな。」
ダリルは私の髪を掬って、指に巻き付けている。
私の唇から漏れた言葉は、本心だった。
「・・・駄目だ。」
ダリルとこういう関係になってからは、私は調達に行っていない。
もし今回の調達に私もいたら、死んだ彼のことも助けられたかもしれない。
「私もまだ、戦えるよ。」
「お前は街に必要だ。」
「医者ならイーニッドがいる。」
終末前に看護士の仕事をしていた私を、ダリルも、リックもとても丁重に扱ってくれる。
だけど、私だってアレクサンドリアで生きているのだから、
ナースだったから調達に行かない、戦わない、では、納得がいかない。
「・・・これ以上、心配事を増やすな。シズク」
「・・・わかった。」
ダリルの言葉に強い圧を感じたので、この話はもうしないことにする。
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