私は最初、とても驚いた。
謙也は整形外科医を目指すものと思っていたのに、小児科医になったからだ。侑士は予想通りの外科医。私は内科医を目指して3人で研修医として日々頑張っている。幼い頃から3人一緒で、同じ大学の医学部を出て医師の国家資格も取り、晴れて4月から同じ大学病院の研修医になったのだ。毎日が勉強勉強で、患者によっても訴えが違ってそこから主の病気を導き出すのは大変なことだ。不定愁訴を言う人も居る、痛くても我慢する人も居る。その人の性格や個性に合わせてケアをしていかなければならない。救急当番日には救急車の対応をし、そうでない時は病棟で仕事、外来もたまに降りて見学をさせてもらう。
朝だけでもハードな勤務を済ませ、食堂に行くために小児科を通っていたら謙也が子どもたちと楽しそうに話していた。

「おしたりせんせー!あそんで!」
「ええで!トランプか?」
「サッカー!」
「アカン、たけるくんは安静にしとかなアカンのやから」
「でもトランプつまらんー!」
「何言うとんねん、ほら見てみい!浪速のスピードスターのカード切りっちゅー話や!」
「おおお!すげー!!」

たけるくん、の前で猛スピードでトランプをきってみせている。子どもが好きで、昔から自分よりも小さい子と対等に話していた謙也。子どもと遊べて偉いねえ、なんて言うたら「俺が遊んでもろとるからな!」だって。そんなことを言える謙也が凄いと思うし、尊敬もする。私は逆に子どもは苦手だから。あんな幼い身体に点滴が繋がれ、やせ細った男の子、謙也は見るだけで苦しいだろうな。そんな謙也を見て私は小さく笑みを浮かべ食堂へと足を進める。食堂には侑士が先に来ていて手を振ってくれた。

「お疲れ〜」
「お疲れさん。謙也まだなん?」
「うん、小児科んとこ通ったら子どもらと遊んどったわ」
「昔っから子どもの相手すんの得意やもんなあ」

あはは、と笑って侑士と向かい合って食事を摂る。

「…名前は今何してるん?」
「今は病棟の人診させてもろとるよ。侑士は?」
「オペの助手につかせてもろとる」
「早くね?」
「助手だけやから見学が多いわ」

こうやってお互いのことを食事をしながら話し合えるのはいいことだと思う。そうして2人で話していると謙也が息を切らせて走ってきた。

「遅なったわ!」
「ほんま遅い。」
「遊んどってん」
「見た見た」

3人が揃うとまた情報の交換やその部署によっての仕事の仕方の話が始まる。こんな充実をした日を送っていた。
研修医と言えど、何ヶ月かするとやはり訪れるものがある。それは患者の死。私も何人か看取りをしたり、死後判定や死後の処置を見学させてもらったり、死亡診断書を書かせてもらったりしていた。それはきっと侑士も同じやと思う。侑士は心を閉ざすのが得意とか言うて人の死を真っ直ぐに見たりするようなことはあんまりない。壁を作って、患者より一線置いて仕事もしている。だからこそ、冷たい人間なのだと思われがち。謙也は侑士のような器用なことは一切出来ない男だ。素直すぎて…私は、それが心配だった。

「……謙也?どうしたん…?」
「……たける、容体急変してん。俺、近くに居ったんに、何もしてやれんかった…」

雨の日、勤務を終えて帰ろうと傘を差すと玄関口に謙也が立っているのが見えた。声をかけると、そんな返答が。ああ、謙也にもついに来たんだ、と思いながら足を進めることなく傘をまた閉じる。

「…私ら、まだ研修医やもんな」
「研修医とか関係ないで…研修医やろうが医者は医者や。俺は…あんな幼い命を助けるために医者になったんに…何もしてやれんて、どういうことやねん…」
「…私、謙也は医者には向いてへんと思ったよ」
「……やっぱ、そうよな…あんなに俺のこと慕ってくれた子ども1人助けてやれへんのに…」
「ちゃうねん」

謙也の横に立ち、背中をそっと撫でる。

「侑士はな、きちんと切り変えが出来る人間やねん。仕事は仕事、死んだ人は死んだ人、生きとる人は生きとる人。でも謙也はちゃう。ほんまに優しいねん。優しすぎて、それがこういう時に自分を追い詰めてまう。こうやってウジウジしとったら、次の患者さんなんて診れへんやんか」
「………」
「たけるくん助けてあげれんくて、ウジウジしとる間に助けられる命がまた無くなってくで…?そうなったらたけるくんも悲しいんやない?たけるくんが一生懸命生きとる間に、謙也だって一生懸命たけるくんと向き合ってたやんか。それじゃあ、いかんの?それじゃあ、医者として失格なん?」
「………」
「侑士みたいな医者は絶対必要や、やけど…謙也みたいな医者だって、絶対必要なよ。謙也、人の絶対的な命を決めるんは神様やから。たけるくん、謙也に遊んでもろて幸せいっぱいやったんよ、嬉しかったんよ。やからもう、十分ええよって神様に言うたんよ。せやから神様がたけるくんを迎えに来たんよ」
「名前……」
「謙也のそういうところ、私も、侑士も、名前もめっちゃ好きやけどなあ。帰ったら名前に慰めてもらい。名前も同じこと言うと思うで。たけるくんは幸せやったって」

最後にぽん、と背中を叩いた。強くなろう、人として、医者として。謙也みたいな心の優しい医者は患者には絶対必要だ。そしてたけるくんには空の上から謙也を見守っていて欲しい。そう思って私はまた傘を開いて家へと足を進めた。

「たける…死んでへんけど…」

後日、元気になって退院したたけるくんを見送った謙也を見付け、死んだ言うたやないか!とどついたら「急変したとしか言うとらんで?」と言われた私の立場一体何これ的な。



end...

シリアスと思わせといてからのギャグ( ´,_ゝ`)