「あの人は?」
「えー…全然タイプやない。」
「…ほんなら、あの人は?」
「デブとかチビとか無理。」
「もう!」

名前と教室で校内のイケメンたちウォッチング。それもこれも私に好きな人すら出来ないという危うい状況になったからだ。私は別に危ういなんて思っていないけど名前的にはちょっとくらいいいなって人が居ないと女子力は磨かれないというのが持論らしく、彼氏なんかは出来なくてもいいからとにかくあの人格好いいな、と思う程度の人は居た方がいいとのこと。そうは言われてもこの学校内で探そうとするなんてもってのほか。だって別に惹かれる人とか居ないし…。
名前は同じクラスの忍足くんが格好いいなって思っているらしい。確かにひよこみたいな可愛い頭をしていて元気で気さく。おまけにテニス部のレギュラーで全国大会まで行くほどの実力の持ち主で親は医者で将来も有望。見た目だってイケメンに部類されるが大して興味が湧かない。名前は忍足くんを見るだけでほっぺを紅くして見惚れてしまったりしている。可愛いな。私も好きな人が出来ればそんなになるのだろうか。机に頬杖をついてぼんやりと忍足くんを眺めているとその隣に白石くんが来て2人で話し始めた。名前はすかさず白石くんを指さす。

「ほんなら白石くんは!?」
「え?」
「めっちゃ格好ええやん!包帯とか巻いとってミステリアスやし!」
「ああー…うん。」

私と名前に気付くと忍足くんは相変わらずニッと人の良さそうな笑みを浮かべる。それに気付いた白石くんも眉を下げながらこっちを見て笑ってくれた。確かに格好良い。ジャニーズにでも居るんじゃないか、いや、ジャニーズなんかよりも格好いいと思う。でも…何でか白石くんには全く惹かれないのだ。見た目よし、頭もいい、おまけに彼はテニス部を全国大会に2年連続で導いた部長だ。女子にも優しく、逆ナンされることもあるという。しかし全く惹かれない。これにはちゃんとした理由があった。

「白石くん…完璧やんな」
「せやね、テニス部では聖書って呼ばれとるらしいよ」
「顔も、性格も、運動神経も、頭の良さも完璧やんな」
「うん!ほら、白石くんが格好良く見えてきたやろ?」
「うん…格好ええよ。でも…気持ち悪い」
「え!?」

ぽつりと呟いた私の言葉に名前は目を見開いて驚く。私がそんな呟きをした時に限って教室の中は静かで瞬く間にその声が白石くんの耳にも届いた。しまった、と思ってからでは遅い。白石くんは後頭部を掻きながらようけ話したこともあらへんクラスメイトなんかに気持ち悪い言われてしもて参ったなあ、なんて顔してる。怒らない。ほら、気持ち悪い。普通そこは怒るところだ。私はろくに話したこともない相手のことを悪気がないとは言え、悪く言ったんだから。忍足くんは白石くんに気にせんとき、と慰めながら昼のランチを嗜みに教室を出て行った。

私が悪い。それは分かっている。謝るべきか?それは是だ。
あの後名前と教室でお弁当を食べ、私は担任に呼ばれて資料室に向かっている。5限目の授業の資料を取りに行かされるのだ。名前も誘いたかったけれど名前も委員会の用事で生憎誘いは出来なかった。1人廊下を歩きながら白石くんに謝らなければならないと考えつつ、心のどこかで面倒だなと思っていた。どうせ彼のことだから「気にせんといて」とか言ってすぐに許すのだろう、天下の白石さまだからね。だからどう言えば許してくれるのだろうかとか、そんな不安要素は微塵もない。
資料室のドアを開ける。その瞬間、ガタンと大きな音が鳴った。誰か居るのだろうか、静かに中に入って様子を探る。

「ちゃ、ちゃうねんて…ほんまに…私からしたんとちゃうんよ…」
「どっちからとか聞いてないねん!お前、俺のよな?俺が居るんに何で他の男とキスするんって聞いてんねん!」
「わ、私ちゃんと断ったんよ…!蔵ノ介と付き合うとるから辞めてって言うたんよ…!」
「断っといて何やすやす触られてんねや!」

なんだ、男女の痴話喧嘩か。最初はそう思っていたのに女の子の声から聞こえる名前に思わず足をとめた。蔵ノ介。そう聞こえた。蔵ノ介って…白石くん?あんな名前なんて珍しいからそんなに同じ名前が居るとは思えないし、ひとまず姿を確認しようと顔を覗かせた。そこには同じクラスのあの白石蔵ノ介くんが居て、彼の前で座り込んでる可愛らしい女の子は…きっと彼女さんだろう。
白石くんはその彼女さんの胸倉を掴んで顔を近付ける。

「前も言うたやんか…俺、お前のこと好きすぎて頭おかしなりそうやねん…ほんまは誰の目にも晒しとうないんよ…」
「ご、ごめん…ごめん…!」
「謝らんでええ。好きって言うて…?」

「好きやで」

普段と違う白石くんに私の胸は高鳴っている。彼女さんに凄んで脅しをかけるような愛の言葉に代わって答えたのは私だ。そんな私の声に白石くんは初めて私に気付いたらしく、驚いた表情で振り返る。彼女さんも驚いた表情を見せるが、次第にぼろぼろと涙を流していた。

「苗字さん…?何で…」
「次の授業の資料取りに…。……白石くん、好きやで」
「あ、いや、えっと…」
「彼女さん、怖がってるやん。辞めたり?」

自分の本来の姿を見られて焦っているのか、白石くんは大人しく彼女さんの胸倉から手を離した。彼女さんは未だに震えて泣いている。私は彼女さんを一瞥してから白石くんに視線を戻した。

「さっき、気持ち悪い言うたやんか。あれで嫌な気持ちにさせたと思うから、謝る、ごめん。」
「い、いや…別にええねん。傷ついたけど…。それより、今見たことっ」
「私が気持ち悪い思うたんはな、白石くんが完璧すぎるからやで。さっきもそうやったけど、私気持ち悪い言うてんやん。そこ、普通怒ってええとこやん。何で話したこともない女に気持ち悪いとか言われなアカンねんって」
「……まあ、せやけど…」
「皆白石くんのこと王子様みたいに思うてるやん?彼女さんもそないに可愛い子居ってさ」
「…否定はせえへん」
「完璧すぎて…人間じゃないみたいで気持ち悪いねん。せやから全く惹かれんかった。でもごめん、それも誤解やったみたいやな」

私の言葉に彼女さんが顔を上げて驚いた顔をする。それに気付いて私は眉を下げて笑った。

「彼女さんさあ、白石くんのどこが好きなん?私らライバルになるし、教えてくれへん?」
「……く、蔵ノ介は…格好ええし、優しいし、頭も良くて、運動も出来て…自慢の彼氏で…。」
「ほんなら、何で今泣いてるん?白石くん、優しいん?」
「や、優しないっ…怖い…!思っとった人と違うとった…束縛強いし、すぐ怒るし、さっきなんて突き飛ばすしっ…」
「っ……!」

彼女さんの言葉に白石くんは固まる。さようなら、と告げて彼女さんは立ち上がって資料室から出て行ってしまった。そんな姿を見送るわけでもなく、私は次の授業の資料を探しながら口を開く。

「完璧な自分を演じるからこうなるんや。最初から人間くさいとこ出したらええねん」
「そんなんっ…」
「そんなん俺じゃないって言いたいん?私はパーフェクトな白石くんよりもさっきみたいに束縛の強い人間じみた白石くんのが好きやわ。人間誰しも欠点あるんやし、そういうんを受け入れてくれる子と付き合うたらええねん」

言いたいことだけを言いきって資料を持つと、私は資料室を出た。傷心中の白石くんを置き去りにして。だってきっと彼の心の中はあの彼女さんのことでいっぱいなんだもん。そんな人を慰めて先生の頼まれごとをパアにした挙句に内申下げるような真似はしたくないしね。ま、白石くんが私のものになってくれるっていうんだったら話は別だけど。

翌日、白石くんは変わった。周囲からは「残念なイケメン」のレッテルを貼られてしまったが、以前より彼は生き生きしていると思う。白石くんの本質を知っていた忍足くんは彼の変化に特に戸惑うこともなく接していて、そんな忍足くんに名前はますます惚れてしまったらしい。何故かその後は忍足くんと名前の仲が急接近して付き合いだすことになった。ちくしょう、羨ましいな。

「ねえ名前。名前は白石くんに告白せんの?」
「したけど返事もろてへんわ」


end...