苗字先生の噂は学校中に広まった。口は悪いけどとても優しくて適格である、という噂だ。
クラスの女子は女の子の日に腹痛が酷くて保健室に行ったら、お腹を温める湯たんぽを用意してくれて痛みが治まるツボをずっと押してくれたらしい。その子は最初、薬を要求したけど薬は俺と先生で酔い止め以外全て捨ててしもたから断られて腹が立ったけど適格な看護を受けて一気に信頼をおいたそうだ。
また色んな話を聞きたくて昼休みに保健室に足を運ぶ。苗字先生は嫌な顔もせずに「また来たの?」とだけ言った。
保健室に入ると先客が居て足を擦りむいてるのが分かった。それを見た俺はこの前苗字先生と用意し直した消毒液、ヂアミを手にとってその子に近寄る。水でいいとは聞いたけど使うのもええやろ。
その傷は痛々しく、水で洗ったはずなのに血が滲んでおり今にも垂れそうだ。なんて思っている間に垂れてしまった。消毒液を取った俺は垂れた血をまず拭おうと綿球を垂れた血の行く先に付けて上へと拭き取る。

「白石くん」

名前を呼ばれたかと思ったら先生は新しい綿球を俺に差し出した。まだまだこの綿球は使えるのに、と思いはしたが出された綿球を出して今度は傷を消毒した。
結構大きな傷なのと出血もあった為か、苗字先生はガーゼを当ててその子を教室に帰した。

「先生、何で新しいの…」
「不潔だからよ」

一瞬、何のことか分からなくて首を傾げる。不潔って……俺がか?

「まあ、あそこまでする必要はなかったかもしれないけど、身体に染み付いちゃってるみたいなんだよね。」
「身体に染み付いちゃってる、て?」
「私、看護師してたのよ」

養護教諭が看護師の経験があるというのは意外だった。でも先生の知識を聞いていれば納得は出来る。

「看護師を?何か納得出来ますけど…。でも不潔って?」
「新しくて何も触れてないキレイな綿球で一番最初に菌の入りやすい傷を消毒するのが決まりなの。その後は白石くんがやったみたいに垂れた血を拭いてもいいし、傷の周囲を消毒してもいいんだけどね」

なるほど、そんな決まりもあったんか。確かによく考えたら垂れた血なんかは普通のティッシュで拭ったんでもええもんな。
当たり前のことやのに苗字先生の口から説明されると何故か納得する。

「ええ勉強になりましたわ。でも先生、看護師してたっていつの事です?まだ若いんやろ?」
「私、高校の時から専門で勉強してたから20歳から働いてたよ。23で大学1年行って養護教諭の資格取ってきたからまあ、3年は看護師の経験があるの」
「そないに早い時期から進路決まってたんですか?俺の時期には決めてたんや…」
「親がなれなれうるさかったし、私自身他に夢なんてなかったからね」

のんびり大学に行って彼氏でも作りたかったー、なんて言う先生に俺は失礼ながらもこの質問を口にした。

「先生、彼氏おらんのですか?」

黙って頬を抓られたんはおらん、っちゅー答えやと思う。抓られるんは痛かったけど内心ガッツポーズをしとる俺がおった。何淡い期待抱いてんねん俺キショ。
チャイムが鳴って追い出される。少しでも先生と話せてラッキー、なんて千石くんみたいやな。