名前視点





四天宝寺高校に入学した1年生の春。不安と期待で胸がいっぱいだった私の目の前に現れたのが彼だった。

「あれ、自分、見かけへん顔やな?四天中やないん?」
「あ、わ、私、神奈川の方から来たの」
「ほうなん!?わざわざ遠くから大変やったんやなあ。あ、俺忍足謙也言います〜。席、自分の隣な?」
「苗字名前です。よろしくね?」

金髪で不良なイメージは一気に払拭され、明るく優しいその気さくな性格に私は一気に落ちたのだ。我ながら単純。元々自分から声を掛けて友だちを作るのが苦手な私にとって忍足くんという存在はとても輝いて見えたし、救世主にも見えた。それから事あるごとに忍足くんは私に声を掛けてくれて、同じ図書委員になって本の整頓をしたりもした。

「こういうんめっちゃ苦手やねん。サッ!ってやってシャッ!て終わるんが好きやわ」

本を片付けながら忍足くんは言った。中学生の時は放送委員だったらしい。そういえば最初は放送委員に立候補してたな。でも他にやりたい子と被ってジャンケンで負けたんだった。

「ま、苗字さんが一緒なら図書委員でもええわ!」

そんな忍足くんの言葉に思わず頬を赤くしてしまったのは多分、私しか知らないと思う。
私の気持ちなんて露知らず、忍足くんと兄弟の話になった。忍足くんには2つ年下の弟が居て、名前は翔太くんと言うのだそうだ。各言う私は1つ上に姉が居て、3つ下に妹が居る。

「お互い、男だけ、女だけの兄弟やな!」

ニッと笑ったあの忍足くんの幼い笑顔は本当に反則。
そんな幼い笑顔をする忍足くんでも凄く真剣な表情をする事があって、それがテニス部の活動をしている時だった。中学生の間に全国制覇が出来ずに悔しかったという話を聞いた。だから高校でリベンジするのだと。帰りにちょっと忍足くんの練習している姿を見た事があるけれど、本当に格好良かった。本人には恥ずかしくて言えないけど…。

「名前ごめん!数学の教科書貸してくれない?」
「いいよ〜」

ある日、同じ中学出身の名前が数学の教科書を借りに来た。名前は明るく気さくなタイプで…ちょっと忍足くんに似てる。だからすぐに友だちも多く出来ただろう。名前は教科書を借りてからすぐに教室に戻って行った。

「そういや苗字さんて名前、名前っていうねんな?」
「うん、お互いに苗字で呼び合ってるから忘れちゃうよね。」
「ははっ、そこまで忘れはせんけど…名前のが呼びやすいし、名前で呼んでもええ?」
「えっ…う、うん。いいよ。」
「俺の事も謙也って呼びや!何か忍足くんってこそばいねん!」

相変わらずの幼い笑顔に私は翻弄されっ放しで忍足くん…、謙也の言葉に素直に頷いてみせる。名前のおかげで謙也とまた少し近付けた気がする。
謙也の表情を見る度に思う。ああ、私、本当に謙也のことが好きなんだな、って。