謙也視点





この四天宝寺高校はほぼ四天宝寺中からの持ち上がりで外部から受験する人間やはたまた外部に進学する生徒は合わせてだいたい20%ほどや。せやから新しい友だちを作ると言うてもなかなか叶わんのが現状で、俺は新しい出会いよりもテニス部に入って再び全国制覇を目指す方に懸けようと決めた。
でもそんな俺の隣の席に居た子は中学では見掛けたことが無く、また1人で座っているのを見て恐らく外部から受験をして入学した子やと分かった。新しい友だちが出来るなんてラッキーやん。1人で居る彼女に俺は気兼ねなく声を掛けた。

「あれ、自分、見かけへん顔やな?四天中やないん?」
「あ、わ、私、神奈川の方から来たの」
「ほうなん!?わざわざ遠くから大変やったんやなあ。あ、俺忍足謙也言います〜。席、自分の隣な?」
「苗字名前です。よろしくね?」

苗字さんは緊張しているのか、若干引き攣った顔をしている。俺はそんなことを気にせずに苗字さんの肩に手を置いてポンポン、と軽く叩いた。……あ、引かれた?何かめっちゃ睨まれとる気がする。
そんな苗字さんを見て、俺は彼女と仲良くなりたいと何となく思った。だから最初、放送委員になりたかったんを我慢して苗字さんが役を引き受けた図書委員になった。放送委員に立候補した山田にはジャンケンでグーを出すように予め頼んでおいた。

「でも忍足くんって真面目だよね。」

さっさと終わらせたい俺に反して苗字さんは遅くもなく早くもなく…そんなペースで本を片付ける。背伸びして高い位置に本を返そうとする苗字さんを見て何だか可愛いなって思った。

「ま、苗字さんが一緒なら図書委員でもええわ!」

気付いたらそう言っていた。その後は恥ずかしくて苗字さんの顔を見れへんかった。
何でかは分からん。分からんけど、そう思った。
そう思った翌日から俺は自然と苗字さんを視線で追うようになった。何か話題、と考えていたところに翔太に貰ったぶどうの形の消しゴムが目に入る。俺はその消しゴムを見て兄弟の話をすることにする。

「ケンヤ、部活行くで!」
「おん。ほんなら苗字さん、また明日な!今日は図書当番頑張りや?」
「うん、ありがとう。」

同じクラスの図書委員だからといって同じ日にカウンター当番をするとは限らない。少し残念に思うもののクラスも部活も同じユウジに声を掛けられては鞄を持ち、苗字さんに一声かけて部活に向かう。あーあ、苗字さん、マネージャーとかやらへんかな。そしたら俺がテニスしとるとこ、見せられるのに。そう思いながら練習をしていれば図書当番を終えたであろう苗字さんが友だちと帰る姿を見掛けた。こっち、気付いてくれへんかな。
そんな時、俺に僅かながらチャンスが訪れた。それは、あの時苗字さんと一緒に帰っとった友だちが苗字さんに教科書を借りに来ていた時の事やった。

「そういや苗字さんて名前、名前っていうねんな?」
「うん、お互いに苗字で呼び合ってるから忘れちゃうよね。」
「ははっ、そこまで忘れはせんけど…名前のが呼びやすいし、名前で呼んでもええ?」
「えっ…う、うん。いいよ。」
「俺の事も謙也って呼びや!何か忍足くんってこそばいねん!」

別にこそばい事はない。他の女子でも俺の事は忍足くんって呼んでるし、男子だって仲の良いヤツでも忍足って呼ぶヤツはそう呼んどる。ただ名前に呼んで欲しくてそんな嘘をついた。
そこで初めて気が付く。ああ、俺、名前の事好きなんやなって。