謙也視点





その日の夜はよく眠れへんかった。何度携帯のライン画面を開き、名前に連絡しようとしたことか…。返事はしたんかとか、その後どうなったんかとか、気になることは沢山あった。それを素直に聞けない自分に嫌気が差す。
枕にぼふんと顔を埋めてまた悩む。頭の中、名前でいっぱい過ぎるとか俺重症やろ……。そうして翌日も何も変わらない朝を迎える。

「おはよう、謙也」
「お、おお、おはよう名前っ…」
「あのね、昨日…」
「お、俺、白石に呼ばれてん!ごめんな!」

昨日、何や。何なん、昨日何があったん。知りたいのに知りたない。村上と付き合うようになったとか言われたらショックで立ち直れん…。そう思ったら思わずその場を離れることしか頭に無く、登校してきたばかりやと言うのに俺は教室から出て行った。
休み時間毎に名前は俺に声をかけようとしてくるけど俺はとことんそれを避けた。教室から出て行ったり、用も無いトイレに何度も足を運んだり…。放課後になって廊下を名前から逃げるように歩いていれば図書管理のお姉さんに声を掛けられた。

「ちょっと忍足くん。」
「あ、はい…?」
「昨日も当番サボって何やってるん?」
「へ…と、当番……」
「図書当番やろ?苗字さん、1人でやってるんよ?」
「は!?ウッソ、すんません!」

俺は何を勘違いしとったんやろ。名前が声を掛けてきてたんはこの図書当番のことで村上の事やない。慌てて図書室に駆け足で向かい、中に入って名前の姿を探す。本棚を2つ挟んだ所に名前が背伸びをして一生懸命本を片付けているのが見えた。

「名前!すまん!俺……」
「しー…。」

名前に声を掛けると思った以上に大きい声が出てしまい、名前に静かにするように宥められる。そんな姿も可愛いなんて思ってしもうとる俺はすでに末期なんは自覚済み。名前は本を片付けながら口を開く。その声は小さいものだったが隣に居た俺はちゃんと聞き取ることが出来た。

「良かったよ。昨日も忘れてたんでしょ?」
「ん、あ、ああ。白石に呼ばれとってそのまま部活行ってしもて…」
「最近よく白石くんに呼ばれるね?」

隣でクスクスと笑う名前に思わず恥ずかしくなって僅かに頬を赤くして頷く。名前の手の届かんところは俺が片付ける。名前は相変わらず小声でありがとうってお礼を言うてくれる。この笑顔や。ホンマに…めっちゃ可愛え。

「……私、謙也に嫌われたかと思った。」
「へ!?な、何で……」
「だって私が話そうとしても逃げていくし…目、合わせてくれないし…。」
「それは…」
「…遊園地で何か嫌われるような事したかなあって」
「ちゃうねん!」

俺は思わず本を落とし、名前の両肩を掴んでいた。声を上げてしまったけれどもうそれどころじゃなくて俺は思ったままをぺらぺらと口にする。

「き、昨日、見てしもてんっ…!名前が村上に告白されてるん。せ、せやからっ、村上と付き合うようになったって聞くん怖くて…。嫌いになったわけちゃう…、そんなわけあらへん…!こないに好きやのにっ…!」

しまった、と思った時にはもう遅い。ハッとして名前の顔を見てはそれはもう真っ赤で。こないな顔、村上にも見せたんかと思ったら胸が何だかモヤモヤした。数秒沈黙し、ここまで来たらもう言うしかないと腹を括った。

「名前のこと、めっちゃ好きやねん…。ごめん…。」
「どうして謝るの?」
「どうしてって……」

もしかしたら名前はもう村上の彼女かもしれへん。そうなったら俺のこの気持ちは名前にとって重荷になってしまうに違いない。一昨日告白出来んかったんも悔やまれる。名前の問いかけには答えられずに口籠っていると名前の方から口を開いた。

「私だって、謙也のこと好きなのに…」

静まる図書室に響く名前の声。俺は耳を疑った。だって今、名前が俺のこと好きって……。
自然と身体が動いて名前の両肩を掴んでいた手を離し、名前を抱き締める。抵抗されへんかった。凄く温かくて名前のいい香りが鼻孔を擽った。この後どうしてええか分からずに抱き締めたまま固まっとったらぱちぱちと拍手の音がする。その音を合図に慌てて名前から離れるとそこには苗字さんが居った。

「んなっ……苗字さんっ…!?」
「名前、忍足くん、おめでと〜。両片想いからやっと脱出だね。見てて焦れったかったよ〜」
「あ、ああ、ありがとうっ…!」

俺も名前も動揺して苗字さんを見つめる。彼女は携帯を取り出して何かを打っていた。

「白石くんにも上手くいったって伝えておくね〜!」
「え!?」
「いやあ、彼の全面協力には思わず感服したよ。それじゃあ末永くお幸せに。」
「ま、待ってーや!」

軽く手を振って去ろうとする苗字さんを慌てて呼び止める。彼女は足を止めて「なに?」と問いかけた。

「じ、自分らめっちゃラブラブやったやん?せやのに白石くんて…感服て…何か他人行儀やな…」

俺の問いかけに彼女は呆気らかんと暴露した。元々俺たちが両片想いやったこと。ランチタイムでのあーん事件と隣に座らせたんは苗字さんの考案で、ダブルデートは完全に白石の考案。村上も元々苗字さんに告っとったんを白石がとっ捕まえて無理やり協力させたっちゅーこと。そして最後に名前が小声で苗字さんに問う。

「ま、まさか名前と白石くんが付き合ってるって…」
「え?ないない。忍足くんと名前をくっ付けさせる為に必要だって白石くんが言うからそう言っただけ。…あ、白石くんからラインだ。おめでとさん!だって。」

俺たちににこやかに携帯画面を見せてくる苗字さん。この時俺と名前は絶対同じこと思っとったと思う。白石可哀想って。じゃーねー、とその場から居なくなった苗字さんを見送って互いに視線を合わせる。そしたら名前が笑うから俺も釣られて笑ってしもた。
こうして一緒に笑い合えるだけで…めちゃめちゃ幸せや。今度は白石に俺が協力したらな!ふと名前の手が俺の腕に当たった。それを合図に名前の手を握り、再び向かい合って視線を合わせた。

「名前…その、白石とか苗字さんの協力があらへんとここまで来れへんかったけど……。こんな俺やけど、付き合うてください。」
「はい。」




「白石のがヘタレやーん」
「はあ?しばくぞ?」
「白石くんってやっぱり怖い……」


fin.