あの時から苗字さんは俺に声を掛けてくれることが多くなった。…それは嬉しいけど、複雑すぎる。あんなに高嶺の花だと思っていただけに彼女の変貌っぷりは俺だけではなくクラスの皆も驚いていた。あんな彼女を見せられて驚かない人が居るなら逆に見てみたいけどね。

「幸村くん、おはよう。」
「おはよう、苗字さん。」
「今日は……ふふっ、黒と赤ね。似合ってる。」
「登校早々にパンツ見てくるの止めてくれないかな?」
「ごめんなさい、幸村くんのパンツが何色か気になって気になって…。夜も眠れないの。」
「俺のパンツは君の睡眠を妨げるほどのものではないと思うけど…」

これがもう日常茶飯事になってきつつある。そんな光景に慣れてきた苗字さん親衛隊の奴らはこぞって俺を羨ましそうに見てくる。何なら代わるか?毎日パンツを見られる俺の身にもなって欲しい。
そして苗字さんについて分かったことがもう1つある。それは……

「幸村くんなら女の子用のショーツも似合いそう…」
「何それ、喧嘩売ってる?」
「幸村くんったら…。そんな事ないのよ?私は思ったことを言ってるだけで…」
「こら、嬉しそうな顔をするな。」

ほんのり頬を赤く染め、うっとりとする苗字さん。俺が少しキツイ事を言うとこんな反応をするようになった。どうやら彼女は生粋のMらしい。俺に虐められたいとか思っているのだろうか…。

「幸村くんになら私、合わせてMになれる。」
「そんなこと頼んでないんだけど…」
「はあ、つれないんだから…。」

だからそうやって恍惚な笑みで俺の暴言(と言うほどでもないけど)を受け入れるのは止めろ!どうしてそうなった!俺のあの憧れの苗字さんはどこに行ったの!

「幸村くん、今日は何飲む?」
「だからいいから。俺がまるでお前を使いパシリにしてるみたいじゃないか。」
「幸村くん…!今、お前って…!」
「反応するポイントそこか?」

普通、使いパシリに反応すると思ったんだけど彼女はどうやら違うらしい。相手してきてだいぶ疲れてきたぞ。

「いいのよ?これからもお前って呼んで?おい、とかでもいいから…。すぐに私だって分かればそれで…」
「何の話してるの?俺はこれからも苗字さんとしか呼ばないからね?」
「酷い…」
「お前とかおいとかで呼ぶ方が酷いと思うんだけど…」

めそめそと泣き真似を始める彼女を置いて登校すれば彼女は慌てて駆け寄り、俺の隣に並んだ。…こうして黙って歩いていると普通のカップルに見えるかもしれないっていうのに…。こう、手でも繋いで…。
靴箱に到着すれば神業のような早さで彼女は俺の靴箱を開け、そこに入っているラブレターを俊敏に除け、上履きを俺の足元に下ろす。俺が上履きを履くと俺の外靴をまた俊敏に靴箱に入れてから両手で俺にラブレターを差し出すのだった。ここまでされるのは本当に居た堪れない。

「はい、どうぞ。」
「…ありがとう。…あのさ、こういうことしなくていいから。」
「どうして?」
「どうしてって…。まるで主従関係みたいじゃないか。君と俺が。」
「主従関係……」
「俺はどちらかと言うと友だちの方が…」
「主従関係になれば…私はメイド服を着て…幸村くんに首輪でも付けて貰えるってことよね…?」
「ちょっと待て。」

どうしてそっちの発想にいきついた?苗字さんのメイド服は正直見てみたい。絶対可愛いと思うけど首輪って…犬か!ああ、そう。そうだった。彼女はドMだった。でも俺専用のドMならいいかも。そう思ったけれど俺のことが好きでそうなりたいのならラブレターをこうも平然として渡さないよな?ってことは誰に対してもどMになりうるってことだよな?
俺は額に手を当てて頭を悩ませながら教室に上がった。俺の後ろで幸せそうにニヤけている苗字さんは恐らく、俺に飼われる妄想でもしているんだろう。人の気も知らないで。