「あの、幸村くん…。」
「…何?」
「話があって…。」 

とある日の朝にそうやって声を掛けられるのは日常の一部だと言ってもいいほど茶飯事だ。大抵はこの後昼休みに告白をされるというものなんだけど今回はどうも違う。それは俺に話があると言った相手が苗字さんの親友の絵里香ちゃんだということだ。いくら何でも親友の好きな人に告白したりはしないだろう。俺はすぐに昼休みを空ける約束をした。

「幸村くん、今日は黒赤だね。」
「だから覗くな。」
「……じゃあもう覗かないからそのパンツ頂戴。」
「おいこら、何に使うつもりだ…!」

相変わらずの苗字さん。周囲からは高嶺の花だと言われている彼女なのに朝からこの変態発言。絵里香ちゃんに俺が呼び出されたとは知らずに呑気にパンツの色をチェックしてきた。新色パンツを履いてきた日には発狂しそうだな、この調子だと…。しかもパンツ頂戴とか…、本当に何に使うんだ。男じゃないんだし1人でする時のおかずにするわけでもなさそうだし…。

「1人でする時におかずにして、それが終わったら部屋に飾るの」
「絶対にやらない。」

立海のマドンナの面子が悉く崩れていく…。俺の憧れた苗字さんは何処に行ったのか…。
頭を抱えながら授業を受け、昼休みには弁当を済ませてから絵里香ちゃんの元に急ぐ。俺の姿を見れば絵里香ちゃんは周りに苗字さんが居ないのを確認してから俺を屋上へと誘導した。屋上はもはや何か聞き出したり話をしたりする時のワンパターンだな。

「俺に話って何かな?」
「……あのね、こんな事言っちゃいけないと思うんだけど…。」

言いにくそうに口籠る絵里香ちゃんを見てますます告白疑惑が頭を付き纏う。しかしそれはあっさりと間違いだったと気付かされた。

「名前は本当に幸村くんが好きなんだよ。」
「……え?」
「それで、幸村くんと仲良くなるにはどうしたらいいかなって相談されたの。…だから、名前は可愛いし、積極的に挨拶して何気ない会話から始めていけばいいんじゃないの?ってアドバイスしたら…話すのに気が動転してあんな変態発言をしちゃったんだと思う。それが引っ込み付かなくなって今も続いてるんだと……私が何を話したらいいかちゃんとアドバイスしなかったから…。だから、名前のこと嫌いにならないであげて?あの子はあの子なりに一生懸命なの…。」

……そんなこと真剣に言われても。それに絵里香ちゃんに非はないよね。何話すかなんてそれこそ自分で考えないといけない事だし、それにここ数週間苗字さんと会話をしてて分かったけどあれは気が動転したレベルじゃないと思うよ。気が動転しただけならメイド服買ったり、俺のパンツ手帳なんて作らないだろう?…なんて酷い現実を絵里香ちゃんには言えず、俺は彼女の肩に手を置いて微笑んだ。

「そうか、大丈夫だよ。ありがとう。親友を心配してのことだったんだね。」
「本当は名前の気持ち勝手に言ったりしちゃいけなかったとは思うんだけど…ごめんね。最近のあの子、本当に見てられなくて…。」

だよね。見てられないよねあれ。今日に至ってはパンツ要求してきた挙句におかずにするとか女子らしからぬ事を言い出したしな。俺は絵里香ちゃんに激しく同意をして頷いた。すると屋上の扉を開く音がする。その音に俺たちは自然とそちらに視線を向けた。

「幸村くーん!あのね、」
「あ、名前…」
「……何だい?」

苗字さんの手からタッパーが落ちる。そのタッパーからサンドイッチがいくつか零れ落ち、足元に散らばる。彼女は慌ててそれを拾ってまたタッパーの中に詰め込んだ。そしていつものあの変態な発言はなく、後ろめたさを隠すような表情で首を横に振る。

「ご、ごめんね、何でもないの。」

足早に苗字さんは屋上を去った。何だったんだ?用事がないなら話しかけたりなんて……。そこまで考えて俺は気が付いた。俺の手が絵里香ちゃんの肩に乗っていること。絵里香ちゃんが今の苗字さんを見てられないと言って両手で顔を隠した後だったこと、そして昼休みに2人きりで屋上に居たというこの状況。……もしかして、勘違いした?そう、俺が勘違いしていたように彼女も勘違いしたのかもしれない。絵里香ちゃんが俺に告白したんじゃないかって。
この時の俺の予想が後に判明する。昼休みから放課後まで一切苗字さんは俺に声を掛けてこなかった。