あの日、俺も進路相談を終えて帰宅した。しかし頭の中は苗字さんのことでいっぱいだった。氷帝に行くと言っていた。東京から近いとは言え、県外に行くことに変わりはない。俺はこれからもずっと高校に行っても大学に行っても彼女とああやって過ごしていくんだと思っていた。このまま立海大付属高校に行って、立海大に行って…。 「幸村くん、おはよ〜。……わ!今日は新色だ〜!ワインレッドだね、似合うよ〜!…ってことはグレーのパンツはもう履かないってこと?」 「苗字さんおはよう。うん、そうだけど…あげないからね、グレーのパンツは寿命を全うしたけどあげないから。」 「ケチー…」 不貞腐れる彼女は相変わらずで、少しだけ戻った学園のマドンナに男たちは目を奪われたものの、すぐにまた肩を落としているのが分かる。 こうやって彼女が俺の隣で変なことを言ってくるのももう数ヶ月…。そう思うと寂しさが纏わり付いて仕方ない。それに氷帝っていうと跡部のところじゃないか。彼女は見た目も良く、仁王に当てた態度みたいに気の強いところもある。そんな彼女を跡部が気にならないわけがない。もし氷帝に行って彼女が跡部に心変わりでもしたら…。そう思うとまた寂しさがこみ上げ、眉を下げるしか出来なかった。 「……こら、俺のかばんを勝手に開けて何してるの。」 「え、えへへ…」 「まだ匂いを嗅ごうと考えてるね?」 ふと下を見ると彼女が俺のかばんを勝手に開けてヘアバンドを手にしているのが見えた。まだ諦めてなかったのか。そしてもう片方の彼女の手には水色のヘアバンドが握られている。見た感じ、お手製だろうか。意外と家庭的なところもあるんだな。 彼女の知らない一面が垣間見えるとまた愛しさが込み上げてくる。……ちょっと待てよ。何でだ?どうして俺は愛しさが込み上げてくるんだ?何で跡部の事が気にかかったんだ?俺は彼女と友だちとして過ごせたらいいのにと思っていたのに。 俺は自然と彼女の手首を掴み、教室を出た。もうすぐ1限が始まるというのに。彼女の手首を掴んだままずんずんと階段を登り、屋上に向かう。 「幸村くん?何処行くの?幸村くん…!」 彼女の声を無視して屋上に到着すれば俺は彼女を抱き締めてしまった。 「君は……」 「あらやだ幸村くんったら。君じゃなくてお前って呼んでくれていいんだよ?」 「…お前って呼んだら…君はここにずっと居てくれるのかい?」 「……え…?」 「君が望むなら、お前って呼ぶ。首輪だって付けてあげるし、いじめてあげる。ヘアバンドも使用済みのをあげるから…だから、行かないでよ。」 「幸村くん……」 ああ、何を言ってるんだ俺は。俺は変態なんかじゃない。おかしいのは苗字さんだ。苗字さんなんて居なくなったって……。そう思うのを止める。現に昨日は凄く寂しかった。普通の挨拶をして、必要な事は話していたはずなのに寂しかった。 「何で氷帝なの…。立海じゃダメなの…?」 「……夢があるから…叶えるには氷帝が1番都合いいの…。」 「その夢は俺よりも大事なの…?俺と離れてでも叶えたい夢なのかい?君は俺が好きなんだろう…!?」 我ながら困った質問をしてしまったと思う。でも止まらないんだから仕方ない。更に抱き締める手に力を込めれば苦しそうにうっ、と唸ったから少し力を緩めた。 「お前って呼ばれても、首輪付けられても、ヘアバンドくれても私は行くよ。氷帝に。」 「……その程度の気持ちってことだよね。」 「ううん。…離れたって簡単に変わらない気持ちってことだよ。」 彼女の言葉にハッと顔を上げる。俺が取り乱してるというのに苗字さんは笑っていた。その笑顔に俺は安堵し、今度は優しく抱き締めた。本当に大丈夫な気がしていたんだ。彼女の言葉は魔法のように俺に降り注いだ。 「離れてもね、気持ちは隣だから。」 「うん。」 「会えなくても、今こうして幸村くんと居られるこの時間は本物だから。」 「そうだね…。」 「会うことが出来る時間は幸村くんの傍に居たいから…」 「俺も……。」 俺たちは互いに額を合わせて微笑み、そして離れるべき時、俺たちは再会を約束して離れた。 「……おい、何してるの。」 「不法侵入です。」 高校の間はあまり自由は利かなかったものの、大学に入ると俺も一人暮らしを始めていた。中学の時の予想通り俺は立海大、苗字さんは氷帝の大学。ずっと離れた状態は続いたけれど平気だった。他に誰かと付き合うことも無く、あれだけ変態的な発言を繰り返したりする彼女だったけど延々とプラトニックな関係が続き、今日も大学の講義を終えて家に帰ってきたんだけど…。 「それ犯罪って言うんだよ?知ってる?」 「幸村くん!このパンツ新色!」 「人の話を聞け。」 俺の下着の引き出しを勝手に開けてパンツの物色をする彼女は相変わらずです。見た目はあの頃と違ってだいぶ大人っぽくなったと思います。まあ、成人近いので…。そしてそんな彼女を好きな俺も、相当な物好きで相変わらずです。 Happy end !! |