物心ついた頃から両親から不当な扱いを受けて来たルーシーは何故自分があんな扱いを受けたのか、そのきっかけを11歳まで知らなかった。父親から受ける暴力の最中や両親の口論、父親の不倫相手から聞いた少ない情報から母親の流産がキッカケであるという事がわかったので、ルーシーは怒りは母親に対しての方が強かった。
その為、先ほどレストランで唾を付けておいた年配の夫婦の女を狙う事にした。
「自分たちのせいで母親が死んじゃうなんて可哀想」
「あいつらが幸せじゃなけりゃ、お前に目ぇ付けられなくて済んだのになぁ」
「恵まれてないあたしの前で幸せそうにしてたんだから殺されても文句ないでしょ」
ルーシーがとんでもない理論を口にするが、デューンは賛同する様にケラケラ笑うだけ。上等なディナーを腹一杯食って、食後に幸せそうな人間の顔を苦痛に染める。それは彼らにとって至極幸福な事だった。
ホテル代を稼ぐ為に何人か既に手に掛けている。慣れない土地での殺しは不便ではあったが、同時に物珍しくて彼らの気分は向上していた。これが旅行。ルーシーは初めて旅行の楽しさを知った。
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「なにしてんだルーシー!」
ルーシーは自身の腹部からドクドクと流れ出て行く血液をひたすらに眺めた。デューンが自分の名前を呼びながら駆け寄って来るのがわかったが、いかんせん何が起こったのかはイマイチわかっていなかった。
熱い。ナイフが刺さったところが熱くて痛い。このナイフはルーシーのお気に入りで、目の前でうずくまっている女の身体を先ほどまで切り裂いていた物だった。
そして、デューンが女を蹴り倒したところでやっと脳みそが現状を理解した。嗚呼、反撃を喰らったんだ、と。
デューンに蹴られ倒れ込み、ゲホゲホと咳き込む女は先ほどレストランでルーシーが目を付けた夫婦と一緒に食事を摂っていた若い女。どうやらあの夫婦の子供はこの若い女だった様だ。
「…いった」
「おいおい、すげぇ血ィ出てんじゃねぇかよ」
「めちゃくちゃ痛いんだけど」
ドクドクと血液が身体の中を駆け巡る音がやけにはっきりと聞こえた。切り傷や打撲、骨折などは良くしていたが刃物で刺された事はなかった為、ルーシーは初めての感覚に少し不思議な気持ちになっていた。ただ経験上、ナイフを抜いたら出血が激しくなる事は知っていた。血溜まりの中倒れ込んだままの女は小さく声を漏らした。彼女は自分に刺さっていたナイフを抜いてルーシーに突き刺したのだ。
「…どう、して……こ、こんな…、こんな事を…」
「はあ?」
「こ、んなむご、い事…!」
「意味わかんないんだけど。あたしが可哀想って思わないの?大人しく殺されればいいのに!今まで幸せだったんだから大人しく死ねよ!」
虫の息である女の絞り出した声を聞くと、ルーシーは無性にイライラとした為その腹を蹴り飛ばした。女は間も無く生き絶えるだろうが、血みどろになりながらも声を上げた。絶対に許さない。どうしてわたしたちなの。フィアンセがいるのに。母をよくも。
彼女が言った通り、女の母親は既に生き物でなくなった様子で倒れていた。母親と娘で、ルーシーとデューンが見張る中散歩に出てしまったのが運の尽きだろう。
イラついている為に自然と力が入ったのか、ボタボタとルーシーの腹部からまとまった血液が垂れたのでデューンも流石に顔色を変えた。
「俺がやっからお前は休んでろよ」
「あたしがやる!あたしがムカついたからあたしがやる!」
「つってもなぁ」
デューンが自分のナイフを取り出して女に近付いたが、ルーシーは彼を押し除けた。押し除けられた彼は微妙な顔をしたが、自我を押し通したら後々面倒臭そうだったので身を引く事にした。
自分の腹部に突き刺さったナイフを歯を食いしばりながら抜き取る。
「母親なんか死ね!これ以上幸せになろうなんて許さない!殺す!しね!しね!シネ!」
デューンを押し除けた後辺りからルーシーはあまりよく覚えていなかったが、後に聞かされ知った。ルーシーの腹部の傷は幾らか浅かった為、デューンの雑で適当な介護でなんとかなったが折角の旅行を恵まれた女に邪魔された、と酷く恨むこととなった。
2023/04/15
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