「あの糞女を殺したいのに」
刺されてからというもの、ルーシーは事あるごとにそう口にしていた。腹の傷は完治はしていないものの動く事は出来るようになっていた。
キッチンに立って水を飲んでいたデューンは面倒臭そうに彼女を振り返った。
「しつけぇなぁ、何回言うんだよ」
「だから、殺したいのに殺しちゃったからムカつくの。殺さなければ殺せたのに!」
「俺だってあの女にはムカついてんだからなぁ」
血塗れのルーシーを担ぎ込めばホテルで面倒になる事は頭の足らないデューンででも想像は出来たので、泊まる予定だったホテルには戻らず彼女を抱えながら人気の無い裏路地でしばらく看病したのだ。折角旅行だ良いホテルだとはしゃいでいたというのにあの女のせいで、と2人は考えていた。その為あの場で殺した女に彼らの怒りは向かっていた。
ルーシーが身動きを取れる様になったのでシカゴへ戻って来たが、女に刺された事はひたすらに根に持っていた。
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それから数日経ってもルーシーの怒りはふとした瞬間に舞い戻って来ていた。趣味の最中、食事中、行為中、睡眠中、至る所でタイミング関係無く怒り狂った。その結果、今度はデューンがブチ切れたのだ。ルーシーに。
そして大喧嘩の末一週間ほど彼はこの家に足を踏み入れていない。ルーシーの懐にずっと滞在していた女への怒りは、病み上がりにデューンに殴られまくったことで綺麗さっぱり何処かへ吹っ飛んで行ってしまった。
ひとりで過ごす中、彼女は毎日デューンの事を考えていた。いつ帰って来るのか、とか何をしてるのか、とか、趣味に没頭してるのか、とか死んでないか、とか。
殴られたが同じ分返した為大したことでは無いし、怒られても仕方がないとは少なからず思っていたのでデューンに対して怒りは湧いていなかった。
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夜中、恵まれていないことに手持ちの金が少なくなって来たのでルーシーは恵まれていそうな人間を殺しに出掛けていた。少量の札束と売れそうな腕時計を戦利品として持ち帰り帰宅すると、部屋にはデューンがいた。二週間ぶりのご帰宅であった。
「おかえり」
何か文句でも言ってやろうとは思ってはいたが、本人を目の前にしてみると別段そんな気持ちも湧かなかった為ルーシーは軽く声を掛けた。椅子に座って此方へ顔を向けていたデューンが口を開いた。
「よぉ、頭冷えたかぁ?」
「なんかどうでも良くなった」
「そりゃなにより」
ケラケラ笑って言ったデューンにルーシーも軽く微笑んだ。この二週間で何故あんなにもあの女に憤怒していたのか彼女は理解したのだ。
「また旅行行こ」
デューンとの旅行を楽しみにしていたからだ。生まれて初めての旅行を、恵まれた女に刺され邪魔された事がムカついてムカついて仕方がなかったのだ。
ルーシーの言葉にデューンはニヤリと意味深に笑った。
「そんなお前に朗報」
「なにニヤついてんの」
「良い話だぜ。あとこれやるよ」
バサリと投げ付けられたのはモスグリーンの布。床に落ちた布を拾い上げると、それは婦人服だった。シンプルなデザインのワンピース。自分の瞳の色と同じ色だ、とルーシーは嬉しい気持ちになった。
「どうしたの、これ」
「殴ったから詫び。感謝しろよな、金集めて買ったんだぜ」
「ありがと、ちゃんと着る。それで?」
彼はこの二週間で良い出会いをしたと告げた。
殺しの現場を目撃されたルッソ・ファミリーというマフィアの男に声を掛けられたのだと。今度組織を抜けて金持ちが乗る列車をジャックをするから、趣味の合う仲間が欲しいらしく勧誘されたらしい。デューンは二つ返事で了承したのだとか。
話を聞いている最中からルーシーのモスグリーンの瞳はギラついていた。列車にホイホイ乗る事ができるような恵まれた人間を殺す絶好の機会だ。おいそれと見逃す訳にはいかない。
「あたしもやりたい!」
「そう言うと思ってたぜぇ。近々ラッドに話しに行くぞ」
「いつやるの?」
「さあな。フライングなんとかっていう蒸気機関車に乗ってニューヨーク行くとかは聞いたけどな」
持っていたナイフや札束、腕時計。そして渡されたワンピースをベッドに放り投げてルーシーはデューンへ駆け寄った。
「しっかり聞いといてよ!なんで聞かないの!」
「覚えてねぇよ一々。お前が聞け」
趣味を共有出来る素晴らしい場所がセッティングされたと2人は認識していた為、彼らは言い合いはしたものの機嫌は良さそうであった。
大陸横断特急フライング・プッシーフット号。彼らの運命を左右する大きな事件が起きる特別舞台だ。そこで何が起きるのか、2人はまだ知らない。
2023/04/17
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