結果的に言うとバレー部の先輩たちは五色と苗字のイザコザを知っていた。
まず御陽気な天童が「あ、春高予選の時チアガールの子口説いてた中学生でしょ?」とはじめましての挨拶をする五色に対して開口一番言い出した事から始まった。
「え、あの話って本当だったのか」
山形が視線を迷子にさせる五色へ向けて驚いた様に言ったので「去年1年だった子だから、2年のチアの子だよ」と面白そうに天童が補足し始めた。
「観客席でそりゃーもう、大きい声だったって!」
「やるねぇ」
天童のオーバーな動きと解説を聞くと、獅音が感心した様に五色を見た。
やっぱり知られていたのか、と彼は居た堪れなくなった。憧れの、そして勝手にライバルに認定した牛島の前でこんな色恋の話をされるのは非常に嬉しくない事態であった。
しかし苗字への想いを隠すのは彼女に失礼だ、そう判断して致し方なく受け入れる事にした。
▪︎
五色が「はい!運命を感じたので!」と受け入れたせいか天童がしつこく去年の話をするもんだから、監督の鷲匠が怒声を上げその話はお開きとなった。
あの出来事を知らなかった筈の1年の柴田たちにも知られてしまった。そんな部活初日を終えた翌日、一目惚れの相手である苗字名前と再会出来ることになった五色。
バレー部2年の川西がなんと苗字と同じクラスで、彼女の周りの友人たちが新入生五色工の話題を本人に出していたらしい。
ので「それとなく話を聞いてもいいけど」とのこと。
川西から伝えられた「飯食った後でいいから昼休みに屋上に来いってよ」という言葉通り、五色は爆速で屋上に向かっていた。
よもやこんなにすぐ恋焦がれた苗字に会えるだなんて思ってもみなかった五色は、心優しい先輩・川西に感謝してもしきれなかった。
半年ぶりの対面、そして会話に五色の心臓は早鐘を打っていた。
川西に教えてもらった道順で無事屋上に辿り着いた五色は、爆走したせいで乱れた前髪を手櫛で直しつつ呼吸も落ち着かせ屋上の扉をギィと開けた。
「こ、こんにちは!」
「あ…久しぶり…?五色くん、だったよね?」
屋上のベンチに腰掛けていた苗字の姿は半年ぶりに見ても美しくて、そして可憐で。
自分が口にした挨拶に気付き驚いた様子で此方を振り向いた彼女の顔を見ると、思わずブルルッと身震いしてしまった五色。しかも名前を覚えられてるという個人的サプライズにより感極っている。
「半年ぶりに名前を呼ばれた!」「認識されてる!」「綺麗だ!」「嬉しい!」「好きだ!」といった感情が頭の中で暴走し、何を言っていいかわからなくなってしまった五色。
自身の顔を凝視したまま黙り込む新入生に、苗字は困った末に言葉を選んだ。
「ええーっと、とりあえず入学おめでとう」
「ぁ…あ…ありがとうございます!!」
「ちょ…そんな畏まらなくていいよ…!」
直角!レベルまで腰を曲げて感謝を告げた五色の声のボリュームや仕草に苗字は驚く。なんという後輩力なんだろう、と。
「とりあえずベンチに座って話す?」という苗字からのたいへん有難い提案により、五色は彼女の横に座らせてもらった。流石に気恥ずかしくて距離は取ってしまっているが、これは感無量である。
これは入学早々幸先良いので、このまま行けば牛島よりも活躍して1年エースになれる筈だ!と五色は内心浮かれていた。
「えーっと…早かったけど、ちゃんとご飯食べて来た?」
「はい!しっかり食べました!」
苗字の問い掛けに五色は勢い良く返答した、のだが。
「苗字先輩を待たせてはいけない!」というのもあったし「早く会いたい!」というのもあった五色は昼飯を過去最高速度で完食していた。その後食堂から屋上まで広い校内を爆走して来たのだ。それ故に、苗字が先に到着していた事に少しの違和感があった。
「…あの、苗字先輩は食べましたか?」
もしや昼食を摂っていないのでは?という意味合いの五色からの問い掛けに、苗字は眉を下げて答えた。
「私、食堂で食べるのちょっと苦手でね」
言うと、ベンチに置いていたビニール袋から購買部で買ったであろうおにぎりを取り出した。苗字は「だから1人の時は屋上で食べてるの」と補足した。
五色はその食事量に心底驚いた。「え!それだけ!?」と。
「おにぎり1個!?それだけで足りるんですか…!?放課後まで保つんですか!?」
「あ、もう1個は食べたからこれ2個目なの」
「…昼におにぎり2個!?」
「で…でも部活前にも軽く食べるよ?運動部だから流石にね…」
「よ…良かったです…」
五色も大喰らいという訳ではないが、育ち盛りだし運動部だしで三食しっかり食べている。今まで女子の食事を気に掛けた事がなかった故に「女の人ってこれが普通なのか?」と異文化知識を会得してしまった気分であった。
うんうん1人で考え始めた五色だったが、苗字が今し方取り出したおにぎりをそのまま袋に戻した事で不思議そうな顔をした。
「食べないんですか?」
「あ、うん。もう1個食べたし後で食べようかなって」
苗字の言葉に「そういうものなのか」と納得しかけた五色だったが、途端にハッとした。
「食事を終えてから屋上に来て」と苗字は言っていた、と五色は川西から聞いた。それはつまり、五色が食堂で食事を済ませている間に"苗字は屋上で1人おにぎりを2個食べる予定だった"のではないか?と。
それだというのに五色は爆速で食事を済ませ、あまつさえ屋上まで全力疾走して来てしまった。
五色はベンチからバッと立ち上がると焦った様子を見せながら謝罪した。
「す…すみません!俺がいたら食べ辛いですよね…!」
「え、いや!ぜ、全然…!元々そんなに食べるタイプじゃないだけだから!気使わせてごめんね!」
「いや、俺!食べ終わるまで背中向けとくんで!!」
先ほど苗字は、食堂で食事をするのが苦手だと言っていた。きっと食事する姿を誰かに見られるのが苦手なのかもしれない。
そう瞬時に察知しての言動、気遣いであったが、苗字に盛大に止められた末にベンチに戻されてしまった五色であった。
▪︎
「えっと。一応、確認なんだけど…」
五色をやっとこさベンチに座らせると、苗字はおずおずと本題に入った。自ずとぴしりと五色の背筋が伸びる。
「川西くんから、五色くんが私に会いたがってる、って聞いたんだけど…」
「そ、そうです!俺、苗字先輩にずっと会いたかったんです!」
「…えーっと、なんとなく察してはいるんだけど、なんでか聞いてもいい?」
半年前自身が漏らしてしまった好意を苗字がしっかり認知しているのだと知ると、五色は覚悟を決めた。
入学早々ではあるが、まずは意中の人へお気持ち表明しお近付きになろう。そうして苗字と交流しながらバレー部のエースになろう。
五色は再び立ち上がると自身の思いの丈を語り始めた。
「あの日…!俺、苗字先輩が試合を応援してるところを見てたんです!あ、いや!勿論バレーも観てたんですけど…!」
初めは試合中の選手等、主にライバル視している牛島ばかり目で追っていた五色。しかし選手だけではなく客席からの声援も一流なのだな、とふと客席へ視線を向けた彼の目に飛び込んで来た誰よりも美しいチアガール。それが苗字だったのだ。
「俺、こんな綺麗な人見たことないと思ったんです!美しいって言葉は、苗字先輩の為にあるんだって!」
「え!私…!?」
「はい!だから、絶対すぐ話しかけなきゃと思って…!すみません!」
「い、いや!五色くん、私そんなんじゃ…」
段々とヒートアップして行くお気持ち表明に苗字は非常に戸惑った様子でそれを否定した。が、即座に「そんな事ないです!!」と五色。
ここまで直接的、且つ真っ向から褒めちぎられる事など人生で初めてであろう苗字は、驚きや照れ臭さ等で涙目になっていた。
しかし五色工は止まらない。
「俺!苗字先輩が好きです!!ひ…一目惚れしたんです!」
頭の中の天童が「言っちゃえ言っちゃえ!」と背中を押した結果、五色は半年ぶりに苗字へ想いを告げたのだった。
20260410