此方へ歩み寄って来る音が聞こえ、うっすらと瞼を開いた。
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王都テッペリンが崩壊する1ヶ月程前。
人間掃討軍北東方面部隊長の肩書を持つヴィラルは何の因果か地上に上がって来た人間たちと因縁関係になり、螺旋四天王の元を転属しながら戦って来た。
そうして行く内にヴィラルは螺旋王ロージェノムの元に就く事になった。
ロージェノムは1000年以上生きる不死に近い存在で、ヴィラル達の様な獣人を作った創造主である。
ヴィラルは長く人間たちと戦って来た事で疑問を抱いていた。
人間とは獣人よりも劣った生き物だと遥か昔から彼らは教えられて来た。だというのに、四天王であるチミルフ、アディーネが次々と敗北し自身も負け続けていたのだ。
「…人間とは何か。その答え、本当に知りたいか?」
人間たちは本当に獣人たちよりも劣っているのか?
ヴィラルのその疑問を受けたロージェノムはそう語り掛けた。
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ヴィラルは"眠らずとも壊死せず、自然治癒する身体"をロージェノムから賜った。
しかし自然治癒する身体になったと聞かされても彼はあまり実感が湧かなかった。
その際にロージェノムはヴィラルをとある場所に連れ出した。
「ここは…?」
「死なぬ身体に疑問を抱いているな」
真っ暗だった部屋に明かりが灯されると、そこには地面に伏せっている女がいた。
明るくなったと気付くと彼女はゆっくりと起き上がりロージェノムへ首を垂れた。
その風貌にヴィラルは少々動揺した。
長い事手入れされていない延びっぱなしの髪、元々白かったのであろう煤汚れた穴だらけのワンピース。頭を下げている為に表情はまだわからない。
「ギニルよ」
ロージェノムにギニルと呼ばれた女は頭を上げると立ち上がり、彼に近寄った。
ギニルが近寄った途端、ロージェノムは自身の力を使い彼女の腹部を傷付けた。
「ぁ…ッ!」
「!!」
腹部から血を吹き出し膝を付いた彼女。突然のことにヴィラルは目を見開いた。
ギニルの腹部を貫通していたロージェノムの指から伸びたドリルを仕舞われると、彼女はそのまま力無く倒れ込んだ。
「ら、螺旋王…!一体…」
「見ていろ」
一体何を見せられているんだとロージェノムへ視線を向けたヴィラルの言葉に被せ、彼は倒れ込むギニルへ視線を向け続けた。
意味がわからなかったが言われるがまま地面に倒れ込む彼女へ視線を向けたヴィラルは、思わず自身の目を疑った。
「な…!」
腹部から流れ地面にまで広がっていたギニルの血が、じわじわと彼女の元に戻っていたからだ。
地面に流れていた血だけでなくギニルの着たワンピースに付いた物も彼女の傷に戻って行く。
まるで傷が再生している様だった。
「これが死なぬ身体だ」
そう告げたロージェノム。そしてすっかり傷が再生したギニルの姿に、ヴィラルは困惑する以外他に無かった。
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あの力をもってしても、ヴィラルは人間に勝つ事ができなかった。
螺旋力を手にした人間に、獣人は何をしても敵わないのだから。
"眠らずとも壊死せず、自然治癒する身体"
ロージェノムがこれをヴィラルに授けたのは彼を強くする為ではなく、彼を螺旋王ロージェノムの永遠の生き証人とする為だった。
「…クソ」
なんと愚かで惨め。
自身の愛機エンキドゥドゥのコックピットの中でヴィラルは小さな悪態を付いた。
人間に呆気なく敗北し、その後ロージェノムが敗北し崩壊したテッペリン。
だというのに瓦礫だらけの中傷一つない。
自分をこんな身体にしたロージェノムはもう死んだのだろう。
「……」
"こんな身体"と心の中で自身を罵った所で、ヴィラルはとある人物を思い出した。
自分と同じ様な身体を持つギニルという獣人だ。
あの日ロージェノムに連れられた部屋は詳しく覚えていないが、死なない身体だと言われていたしきっと生きているだろう。
エンキドゥドゥを起動させ瓦礫の山からなんとか起き上がると、ヴィラルは歩き出した。
テッペリンが崩壊しロージェノム亡き今、彼の当面の目的は無くなってしまった。その為、ヴィラルはなんとなくあの獣人を探してみる事にしたのだ。
チミルフも、アディーネも、シトマンドラも、グアームも、そしてロージェノムも。皆ヴィラルを残して死んでしまった。
そのきっかけを作った人間たちをすぐに追い掛ける事も出来たが、何故かその気持ちは湧いて来なかった。
ギニルという獣人に会いたいとも別段思ってもいなかった。
本当になんとなく。使命を失った今、彼の脳裏に彼女のあの正気の無い表情がふと浮かんだだけ。それだけ。
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魂の抜けた様な、もはや生きているのかもわからない様な表情で此方へ視線を向けるギニルにヴィラルは妙な感情を抱いた。
それは同情なのか、それとも哀隣なのか。
「おい、立てるか」
瓦礫を全て退けてもギニルは立ち上がらなかった。
ヴィラルが声を掛けると、漸く彼女はゆっくりと立ち上がった。だがヴィラルをただ見詰めるだけで何も言わない。
「…何か言えんのか」
「ありがとうございます」
感謝の言葉を吐いたものの感情は一切感じ取れなかった。
そこでヴィラルはロージェノムから過去説明された話を思い出した。
ギニルは作り出されてからすぐに治癒力がある事が発覚し、それからロージェノムの"死なない実験体"となったのだと。
彼の手中に収まる者は自我が合ってはならないという鉄則のルールがある。ならばきっと彼女には感情が無いのだろう。無いものを感じ取れる訳がない。
「螺旋王は逝去された」
しかしロージェノムが死んだ事は説明した方が良いだろうと判断し、ヴィラルはそう告げた。
案の定ギニルは反応しなかった。どうしたものかと眉を顰めたヴィラルだったが、言葉の意味がわからないのだと判断してわかりやすく告げる事にした。
「…螺旋王は死んだ」
王都の戦士として、今まで仕えた者の死をその様に口に出すのは憚れたが致し方がない。
死んだ、という言葉はどうやらわかったらしい。ギニルはゆっくりと口を開いた。
「違う」
ロージェノムは1000年程生きていた。
ヴィラルですら彼の死は信じられない事だ。
「…信じられないのも仕方がない。俺も信じ難い」
そのヴィラルの言葉を理解しているのかは定かではないが、ギニルは何も言わずそのまましゃがみ込んでしまった。
自我の無いロージェノムの為の実験体として長い時間過ごしていたギニルにとって、現在の状況はイレギュラーが多過ぎて混乱しているのかもしれないとヴィラルは判断した。
ロージェノムは基本的に彼女を部屋から出さないと言っていた。
それが突然部屋が崩壊し、知らない空の下瓦礫に埋もれて訳がわからない状況の中、仕舞いにはロージェノムが死んだと突然告げられたのだ。キャパシティオーバーであろう。
「…お前は、これからどうするんだ」
しゃがみ込み、ただひたすらに一点を見続けるギニルを暫く待っていたヴィラルは痺れを切らし意地の悪い問い掛けを彼女に投げかけてしまった。
ロージェノム亡き今残された獣人たちの目的は明確に無い。目的も住処も失い、今後今まで狩っていた人間に追われる側になる可能性も有る。
死ぬ事は無いとしてもここまで自我の無いギニルと態々行動を共にする義理はないのだ。
しかしヴィラルは何故だかギニルを放っておく事が出来なかった。
ロージェノムによる残虐な扱いを目の前で見てしまったからか、はたまた同じ様に死ねない身体だからなのか、それは定かではない。
ヴィラルに問われたギニルは今度は両手で頭を抱え始めた。小さく何かをボソボソと喋っている。
「……い、ぁ…、」
何を言っているのかは把握出来ないが、きっと本人なりに考えているのだろうとヴィラルは考えた。
言葉も知らない、自我もない、事態も把握出来ない。
答えられる可能性は限り無く低いが、彼女が連れて行ってくれと願うのなら、可能な限り叶えてやろうとヴィラルは思ったのだ。
言葉とも思えない音を漏らし続けるギニルに、ヴィラルは再度問い掛けた。
「お前はどうしたい。何を考えている。言えないか」
ヴィラルの問い掛けを聞いたギニルはまたしても小さく何か音を吐き出したが、次第にその両目からボロボロと涙が溢れ出始めた。
ギニルが口から漏らしていた音は次第に嗚咽に変わって行き、そうして彼女は閉じ込めていた感情というモノを子供の様に吐き出した。
「…、……い…痛い、も、イヤ…!」
蓋をしていた感情がついに溢れ出したのだ。
怖い。やだ。と知っている限りの言葉を繰り返し、ギニルはそのまま泣き崩れてしまった。
その姿を見下ろしていたヴィラルは、何も言わずにそっと彼女の背中に手を添えた。
20260609