忌々しき安寧の日々

「お前は私に何を望むと言うの? 人間如きが」
そう、凄んでみせた時、鄭妃はきょとん、と目を見開いて、なんでも無さそうに口を開いた。
「お茶を飲んで、お菓子を食べながらお話なんて如何でしょう? 妾、生憎と世俗の事は何一つ存じ上げません。お外からいらした、そして旦那様のお知り合いとあれば、きっと博識な方なのでしょう」
「お前、馬鹿なの? 私は人間じゃないのよ? お前みたいなただの人間に話をしてやる道理なんてないわ」
吐き捨て、蔑んだ目を向ける。気まぐれに蘭陵王の邸に訪れてみれば、妻だという女に出会った。美しい顔の蘭陵王に相応しいだろう、美しい女はまるでこの世の汚泥、憎悪、嫉妬等まるで知らぬというような顔をしていて、それが余計に気に触る。
あの男はこんな女を妻にしているのか。蘭陵王の事は人間にしては気に入っていたけれど、女の趣味だけは理解できそうになかった。
「えっと、貴方様は仙女様だと長恭様は仰っていましたわ。仙女様とお話出来るなんて、妾、とても嬉しくって……」
「はぁ?」
人間如きが、何を言っているのか。あまりに馬鹿馬鹿しい事であったが、心底軽蔑したような目を向ける虞美人の様子など、まるで目に入らぬと言った様子で女は破顔している。この様子ではこの女は虞美人がどんな嫌味を言ったとしても気にかける素振り一つ見せないだろう。いや、そもそも嫌味に気付くかどうかすら、甚だ怪しい。
「本当に馬鹿ね。お前なんかに話す事なんて無いと言っているでしょう」
「でも、もうお茶を用意してしまいました。そうですわ、なら、長恭様のお話を聞いてくださいませ。誰かに会うなんて、滅多にないんですもの」
「はぁ?」
思わずおかしな声が出た。何をふざけたことを言っているのだろうか。流石に付き合っていられないと踵を返した虞美人の手を、鄭妃はギュッと掴んだ。深窓の姫君かと思いきや思いのほか強い力に少し驚く。
「さぁ、さぁ!」
酷く楽しげな声にもう目眩がした。彼女を黙らせることもこの腕を振り払うことも容易だったが、蘭陵王の手前それは少しはばかられた。
「……しょうがないわね、」
少しだけよ。
鄭妃に腕をひかれるままに席に着くと、甘く垂れた目元がパッと華やいだ。本当ですのね、と笑って、虞美人の目の前の椅子に座ると、鄭妃は酷く楽しげに口を開いた。