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これでも読んでいなさい、と渡された絵本を読んでいた#name#がふと顔をあげると、すぐ隣のスツールに腰かけた太宰が#name#くらい小さな子供のように腕を振り回している所だった。
「やだやだ、死にたい!」
取り上げられた薬瓶に手を伸ばして太宰が声をあげた。
死んでしまいたい、だとか退屈だ、とか太宰が口にするのは本当にいつもの事だし、連日の自殺未遂をギリギリの所で森が止めるのもいつもの事だ。
初めの頃こそ太宰が自殺を試みる度におろおろと泣きそうになっていた#name#だったが、森にひきとられて一年が経つ頃にはどうせ森が止めに来るだろう、と大抵の事は放っておけるようになっていた。
「#name#ちゃんもね、見てばっかりいないで止めておくれよう」
「……だっておじさま。にいさま、わたしがなにをいっても、このしにかたならいたくもくるしくもないはず、っていいますよ」
「はぁ……太宰くんも。#name#ちゃんはまだ小さいんだから、あんまり危ないことは……」
「怪我する前に森さんが飛んでくるんだからいいじゃん」
「……そもそもだね、太宰君」
ため息をついた森が口を開く。太宰の名を呼ぶその声色からおどけたような雰囲気が消えたことを感じて、#name#はそうっと太宰を見た。彼が目配せをしたので#name#は視線を手元の絵本に戻した。
こういう時、なんの話しをしているのか全くわからないが、とにかく#name#が聞いて良い事は無い、と何となく知っているから出来る限り彼らから意識を逸らすようにしている。
頭の上で行われる言葉のやり取りをとにかく聞かないように必死に絵本を読む。森が#name#に渡すのは外国の童話を翻訳したものが多く、今読んでいる話もそうだ。悪い魔法使いに呪いをかけられ、百年間眠っていたお姫様が王子様の口づけで目を覚ます話。めでたしめでたし、で終わるその話が#name#は好きだった。
困っているお姫様のもとに王子様が助けにくる。この童話に似た話はたくさんあるけれど#name#は特に、この話が好きだった。百年ものあいだ幸せな夢を見ていられる、お姫様が羨ましくてついページをめくる手がおそくなる。王子様が眠りを妨げてしまうことに、寧ろやめて欲しいと訴えたくなるくらいだ。
朝、ベッドから抜け出すのが億劫なように空想の世界から抜け出すことは怖いことだと#name#は心から思う。
幸せな夢から無理やり覚まされたのに、どうしてこんなにも幸せそうなのかと、最後のページで幸せそうに笑うお姫様の顔にそっと指を這わせていると、太宰が冷めた声で#name#を呼んだ。
「行こう」
太宰の声は先程まで響いていた冷えきった刃のような色こそなかったけれど、そっと見上げた彼の榛色の瞳がにぃっと細められていたことが気にかかった。
次はどこに行くのだろうか。いつも通りひんやりと冷たい太宰の手を握って診療所後にする。#name#ちゃんに怪我させないでね、と頼りない声をあげる森の声が背中に響いていることも、やっぱりいつも通りだった。