Philia


揺れ動く記憶


 ゆらゆらと波に揺られながら宛もなく所謂航海をしていたつい先程、今現在はバケツをひっくり返したような土砂降りの雨に視界を奪われぐらぐらと小舟にしがみついてる。だが如何せん私にはこんな荒れ狂った海や、先程までの穏やかな航路に役立つ知識は小指の先ほど程度で、この偉大なる航路の海では今までの経験なんて無に等しいものになっていて。
 それを私は約2秒後に味わうハメになった。

「な、んだ……コレ?」

 ぼやける視界の中で捉えたそれは、だんだんとこちらへ大きさを増しながら向って来ようとしている。
 ガチガチと寒さと恐怖で歯を鳴らし、涙か雨か頬濡らす私の頭上にそいつは――……サイクロンは襲いかかった。

 ガタンッと鈍い音がしたと思うとそのまま、私の乗ってる小舟は岩にぶつかりぐるりと転覆してしまった。
 どうする事も出来ない私は、縁を掴む手を無意識的に手元にあるモノに移し、視界が回転したと思ったらボシャリと冷たい海に落ち、生まれつき泳げないのとパニックに陥ったのとで、滑稽にもバタバタと手足を振り乱すしかなく、だがそれは無残にもゴンと何か硬いのに後頭部を打ち付けて無駄なものになってしまった。
 意識が薄れるなか、私は悔しい気持ちでいっぱいだった。

『くそッ! やっと自由になったのに! なんで! どうして!!』

 ぐらぐらと視界が周り、苦しさが押し寄せるなかまたもやゴンッと何かに後頭部をぶつけ、もう何も考えられず、そこで私の意識が途絶えた。










「……――! っ――……!」

 グワングワンと回転するように浮上していった意識のなかで音が聞こえ頬に冷たいモノが接触しているのを感じながら、目をゆるく開けた。薄くぼやける視界の中で、私は自分は死んでしまったのかと思った。

「……ッ!」
「っああ、やっと気付かれましたね! あなた大丈夫です? 溺れてましたよ?!」

 “動く骸骨”という現象が“死神”というワードを引っ貼り出して、声すら出せずにドキンっと心臓が痛いほどうるさく波打たせて生きている事を確認する。

「……っここ、は?」

 未だにぐらんぐらんと揺れている脳内に眉間を寄せ、どうやら床に寝かされていた身体を起こせば、掠れたような音が喉から出てこれは自分の声だと気付いたが。
 自分、の……声? 自分って……。

「はい、お水です! 申し訳ありません、多くありませんで」
「……、い、いいえ……ぁ、ありがとうございます」

 その動く骸骨が差し出してくれたのは、コップに入った1杯のお水だった。だけどそれはコップの半分にも満たない程だったが、有り難く頂戴した。

「っん、……ハアっ! あり、がとう、ございます」
「いいえ。……気分はいかがですか?」
「え、まぁ。……落ち着きました」

 まだ少し目眩のような症状があるが、状況が分からずにそう答えると次に今いる場所はどこなのかとその疑問が浮かんできた。

「あ、あの……ここ、は?」
「え? ああ、ここは魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)のどこかです」
「フ、フロリアン・……トライアングル……」

 目眩や吐き気がおさまってきたからか、頭の中を動かしてもいくらかマシになったようで、動く骸骨が言う“魔の三角地帯”がどういった場所か脳内で確認した。

「あ、失礼いたしました。あなたのあまりの美しさについうっかり。わたくし死んで骨だけ名をブルックと申します! あなたのお名前お伺いしても?」
「へ? うつッ……ブ、ブルックさん。え、えっと私のなまえ……」

 目眩がいくらかマシになった頭に、歯の浮くような台詞で名を尋ねられ、そこでハタリと先ほどから感じていた違和感が形を成してきた。

「あ、あの私の名前……ナンデショウ?」
「……クイズですか?」
「どうなんでしょう? 私も今自分自身にクイズを出してます」

 一瞬にして乾いた空気がそこを包んだ。影の差す海の上で何ともおかしな話だが、時間にしてものの3秒足らず船の軋みそして波の音しか聞こえなくなった。

「えっと……それは、恐らく記憶喪失? になるのではないでしょうか?」
「そ、そういう事みたいですね」

 


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