「嶺二ってね、お父さんに似てるの」
嶺二のとなりはとても居心地がよくて、ずっとここにいられたら、そんなふうにさえ考えてしまう。私たち、結婚したらきっと上手くいくわ。そう私が言えば、あなたはうまいこと乗っかって転がしてから、ぜんぶ笑い話にしてしまうのでしょう。
それにしても、こうして嶺二とならんでソファーに腰かけて彼が出演したテレビ番組を見るという行為には、いつまでも慣れない。テレビの画面の向こうと自分のとなりに嶺二がいるというのは、彼がふたりいるように錯覚してしまう。そんなふたりの嶺二を見ていて、思ったことを私は口に出していたわけなのだが。
「そうなんだ? たとえば、どんなところが?」
「イイカゲンなところ、とか」
「えっ!? なまえちゃんってば、ぼくのことそんなふうに思ってたの!? 嶺ちゃんショックー!」
「あーえっと……うん」
「否定しないのね」
嶺二は、一瞬だけわざとらしく肩を落としたけれどすぐにもとの姿勢にもどり「そっかそっか、なまえちゃんのパパに」と私のことばを確かめるように転がしただけで、それ以上なにも言わなかった。自分でも、扱いに困る話題を振ってしまったと後悔している。私の父は、数年前に病死したのだ。私は違和感を感じさせないように注意しながら、話を変えた。
「嶺二、社長から聞いた? 新曲のこと」
「聞いた聞いた! もちろん、作曲はなまえちゃんでしょ? 楽しみだなーっ」
「うん、頑張るね! それで、打ち合わせが来週の土曜の夕方に入ることになったんだけど、たしか嶺二、その前に仕事入ってたよね? 大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶ! りょーかいっ」
嶺二は鼻歌をうたいながら、手帳にペンを走らせる。機嫌が良いと鼻歌をうたいだすところ、毎年欠かさず手帳を購入して、予定を自分の文字で残すところ。嶺二とは早乙女学園からの付き合いだけれど、そこに自分の父親の存在を見いだすようになったのは最近のことだ。父親が好きだったかと尋ねられたら、同年代の女性となんら遜色ない返答をするとおもう。それじゃあ、嶺二のことは。
***
「意外と時間かかったよね。他の仕事入ってなくてよかった。あ、ねえなまえちゃんは?この後、暇?」
「うん、特に用事はないかな」
「じゃあ、一緒に食事でもどう?」
嶺二は笑って、愛車の鍵を指先でくるりと弄んだ。どうやら私を送ってくれるつもりらしい。彼にとっては、シャイニング事務所の人間と寮まで一緒に帰るというのは別段珍しいことではないのかもしれないけれど、私は嶺二と同じ時刻に同じ場所での仕事から帰るのははじめてだった。食事の誘いを断る理由もなかったので、了承して一緒に駐車場へと向かう。夜8時の駐車場にとめられている車はそれほど多くなかったので、嶺二の車は私でも見つけることができた。嶺二に助手席側のドアを開けてもらって、そういえば彼の車に乗るのもはじめてだなあと、おもった。
「この間ロケで食べたイタリアンが美味しかったから、次はなまえちゃんと来たいなーって、思ったんだ〜」
「そうなんだ! 楽しみ!」
私にとって車と言えば、父親のそれであった。父が乗りこなしていたのは、シルバーの軽自動車だった。必要最低限の広さしかなくて、おまけに古くて燃費も良いとはいえず、車内にはエンジン音がいつも低く響いていた。それ以外の車に乗るのは、ずいぶんとひさしぶりだった。嶺二の車は広いうえにエンジン音がほとんどしないから、すこし落ち着かない。私は不自然にならない程度に、車内を見渡してみた。CDプレイヤーの周りには、厳選されたのであろうCDが2枚だけ置いてある。余計なものはなにひとつなかった。
「なにか、流そうか?」
私がCDを見ていたことに気づいたのか、嶺二が気を利かせてくれた。父親の車では、いつも何かしら音楽が流れていた。スピーカーからの微かな振動が脚にさわる感触、狭い軽自動車に満ち満ちた音、私はそれらが好きだった。
「ううん、いいの。嶺二の声があるんだから、他にBGMは必要ない」
「嬉しいねえ。そんなこと言われたら、嶺ちゃん頑張っちゃう! よーっし、一曲披露しちゃうぞ〜」
それ以上に、早乙女学園に入学してからは、嶺二に魅せられた。だから、知らず知らずのうちに父親の存在を脳みその片隅に押しやっていたのかもしれない。それか、もしくは。
嶺二は、学生時代に私が作った曲を歌った。世間の耳に届くことのない、私と嶺二ふたりだけの曲。それを私のためだけに歌ってくれたのが、たまらなく嬉しかった。当時のことが、脳裏に浮かぶ。この曲は、私が嶺二のパートナーになったとき、お近づきの印にとプレゼントしたものだ。それを嶺二はいたく気に入ったものだから、私たちは波長が合うのかもしれないと、ぼんやりとだが確かに直感した。その直感があながち間違いではなく、こんなに長い付き合いになるなんて、当時の私たちはおもってもみなかったかもしれない。最後まで歌い終わったところで目的地に到着したようで、後ろ向きに進む車内で、私は嶺二に拍手をおくった。
「あー美味しかった! 誘ってくれてありがとね」
「どーいたしまして! 気に入ってもらえたみたいでよかったよ」
隠れ家的な雰囲気のちいさなイタリアンレストランでの食事を終えて、ふたたび車に乗り込む。嶺二は一瞬、エンジンをかけるのをためらったように、私には見えた。そうしてしずかに走り出した車は、寮の方角とは反対に曲がった。ハンドルをまわす嶺二の手に、力がこめられる。
「ちょっと、寄り道させて?」
そう言った嶺二が連れてきたのは、ちいさな山の中腹だった。人工的な光から離れた場所であるから、自然の光がいつもよりはっきりと見える。それらを結んで見覚えのある星座を紡ぎながら、私はおもいだす。
告白されるなら、星空の下がいいなあ。だって、ロマンチックでしょう?
「遅くなって、ごめん」
いつかの私のことばに、嶺二の台詞が重なった。差し出された嶺二の手の上には指輪があって、夜空の星をひとつ乗せて光っている。嶺二が、反省会と称して自分が出演したテレビ番組の鑑賞会をするときには決まって私も部屋に呼ぶわけも、私が、嶺二と父親を重ねてしまうわけも、ほんとうはわかっていた。「自分のパパに似たおとこはお嫌いかな?」なんて、嶺二はいたずらっぽく微笑む。必死に隠そうとはしているが、そこからは拒絶に対する不安がたしかに感じ取れて、私はぶんぶんと首を横に振った。そうして嶺二に抱きついて、ありったけの愛をこめる。自分から嶺二に触れるのは、これがはじめてだった。
「嶺二、好きだよ。大好き。だから、結婚しよう」
「えっ!? それは嬉しいんだけど、ちょっと気が早いんじゃない!?」
「女の子は、父親に似た男の人と結婚するっていうでしょ」
私と嶺二は顔を見合わせて、どちらともなく笑いだした。ひとしきり笑ったあと、嶺二が私の左手を取って、薬指に指輪を飾った。いつもの、私の手を引くときや背中を押すときのような力強さはそこにはなく、まるで壊れ物を扱うような手つきであったから、どきんと心臓がおおきく高鳴った。ここにたしかに恋はあったのだと、あらためて感じさせられた。
「だけどやっぱりそれは、恋人らしいことちゃんとしてからにしよっか?」
いつになく真面目な声色が、骨の随まで響く。私は、しずかに目を閉じた。待ちわびた甘い熱が今、はじまりを告げる。
//20150308【添水様一周年に寄せて】